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WORLD END
帰れなくて忘れたくて

 力を増したシャドウ旭の足元から、一輪の大きな薔薇が咲き誇りシャドウ旭の腰から下の部分になる。椅子の脚には鉄の車輪が生え、両手は剣の刃先だけがスーツの袖を破り伸びている。

『我は影、真なる影―――…殺されても、文句言うなよ?』

 旭の影が高らかに笑い声を上げると、アリスが柱の陰に身を隠して叫ぶ。

「みんな、くるなのっ!!」

 旭の影は巨大化した体を揺らし、アリスの合図で間合いを取った神在たちへ勢いよく襲いかかる。
 一番近距離にいた本牧へ、腕の刃が振り上げられると、度重なる連戦で疲弊していた本牧は、日本刀では受け流しきれずにはね飛ばされた。うまく受け身を取れずに背中を強かに打ちつけてしまう。もう一撃加えようと旭の影が剣を振り上げた瞬間、銀の弾丸が躍り出て本牧の窮地を救った。

「拉致、暴行、殺人未遂。現行犯ってヤツだな」

 特に本気で思っているわけではないが、夏川がそう呟いた瞬間、色めき立った様子で旭の影が間合いを取り直して夏川に狙いを定めなおした。
 神在は、既に精神統一して詠唱に入っている。呼び出されたペルセフォネが神在の頭上へ浮かび上がってカラフルな球体から紅色の珠を選んで矢に変えた。
随分とアップテンポなギター音とハイハットの連打からバスドラムとタムへ流れるドラム音が、神在の銀色の光から流れ出す。口早なその曲を神在は詠唱し始めた。

「―――そいつは酷い、どこまでも胡散臭くて安っぽい宝の地図でも」

 男性ボーカルの曲に合わせて、神在は声質を低くして歌う。歌詞が入った瞬間から空中に炎の柱が何本も次々に立ち上り、旭の影を貫いてゆく。
 旭の影は、炎の柱の直撃を何度も食らいながらも、夏川を長い剣の腕で跳ね飛ばした。夏川は受け身を上手く取るが、直撃を受けたダメージは夏川の行動を鈍くする。
 そこに旭の影は両腕の剣を広げ、体を独楽のように回して本牧と夏川を切り裂いた。クレオパトラが出した防具で、ある程度弾かれるも、若干の鮮血が迸る。
 旭の影は夏川を狙い定めていたのだが、近距離攻撃である本牧も避けきれずに、剣が頬を掠めた。
夏川は袖を若干裂かれ、二の腕から血が滴る。

「―――誰もが口々に、彼を罵った、デタラメの地図に目が、眩んでるって」

 神在は迷わず歌い続け、続いて放たれる炎の柱で怯んだ瞬間を逃さず、本牧が日本刀で斬り掛かる。大きな手応えと共に旭の影足下に生えた片側の車輪がガクリと崩れた状態へ持ち込んだ。
すかさずアリスが星形のステッキを振り回して興奮しながら叫ぶ。

「シューイチないすっ!今が総攻撃チャンスなのっ」

 本牧と夏川はお互いに視線を合わせると旭の影へ走り寄り、がむしゃらに斬り続けたり、連続で銀弾を打ち込んだり、果てには蹴ったり殴ったりと何でもやって攻撃の手を緩めない。

「ダイスケ、シューイチ、一旦引くなのっ!ユイコおねーさまのデカいのくるなのっっ」

 ある程度ダメージを与えた矢先、アリスの声が聞こえ、2人とも間合いを取りながら神在の方角を確認した。
ペルセフォネの前には、今まで見たこともない巨大な炎の球体が浮かび上がり、巻き添えを喰らわないように2人は必死で大きく間合いを開けた。

「―――容易く、自分自身を値踏みしやがって、世界の神ですら――君を」

『アギダイン』

 ペルセフォネが神在の歌の合間に唇をそう動かすと、巨大な炎の球体は旭の影を包んで真上へ炎を立ち上らせた。

「―――笑おうとも、俺は決して笑わない、船は今嵐の真ん中で―――世界の神ですら、それを、救う権利を欲しがるのに―――」

 神在の歌が一曲を歌いあげると、炎の柱は徐々に消え失せ、旭の影は巨大化した姿から元の黒服の姿へ戻っていた。
ふと、誰ともなしに旭本人が目覚めた事に気がつく。

「―…だりぃ。だりーけどさ、」

 そう旭が呟くと、立ち上がって自らの影に近寄る。

「アサくんっ…!」

 駆け寄ろうとした神在を夏川が腕で制した。夏川は肩で息をしたまま首を振って神在を見つめた。それを察して、旭を見守る神在。
 その様子を、本牧も疲労で突き立てた日本刀に寄りかかりながらじっと見つめる。

「お前、俺だわ」

 旭の言葉にこくりと肯く旭の影。金色の瞳は真っ直ぐに旭の目を見詰める。
頭をガリガリと片手で掻きながら、旭は自分の内面と向き合った。

「俺、バカだから難しい事よくわかんねーけど、お前が言ってんのは、なんとなくわかる。そういう汚ねーとこ、こうやって突きつけられると結構キッツイな」

『………』

 旭の影は黙ったままだが、静かに表情を穏やかにした。
その様子に危機感が消えたと判断本牧は、床に腰を下ろしながら、日本刀を鞘に納める。本牧と対称的に、夏川は未だに身構えたままの体制で神在の前にいた。
 神在は本牧と夏川を確認した後、自分の手のひらを見てから顔を上げ、旭の動向を見守りなおした。
 アリスは羽根をパタパタと羽ばたかせて本牧の隣へ寄ると、本牧に頭をグリグリと撫でられた。
全員が静かに見守る中、旭はひとつ溜め息をつく。

「別に見ない振りしてたわけじゃねーんだ。それだけで生きてるわけじゃないから、とりあえず、置いといてた」

 旭の影はゆっくり肯く。彼は、わかっている、とでも言いたげに口の端を歪めて薄く笑った。
『それだけで生きているわけじゃない』、その言葉に全員が何かを思い出した様子を見せる。神在は俯き、本牧は視線を一瞬だけ逸らし、夏川は数秒間目を伏せ、アリスは首を傾げた。
 そして、全員が旭に視線が戻る頃、もう一度、旭の口が動く。

「あの頃の俺には戻れねーけど、今の俺なら納得してるし、突き進むしかないっしょ。俺だし」

『…お前は、俺がいるのに納得してるのか』

 旭の影がゆっくり口を開く。旭はその金色の瞳を真っ直ぐ見つめて、応える。

「誰でも言えない事ひとつやふたつあるっしょ」

 肯定の答えに、満足げに旭の影が肯くと、旭の影の周囲が煌めきだす。
段々と旭の影の姿が光に包まれて見えなくなり、光が落ち着く頃、姿形が変化していた。

『俺はお前…お前は、俺。』

 蝋で出来た両翼、銀の胸当てに薄い翠の長袖装束、頭はオリーブの冠と黒の短髪。
焼けた肌の顔には目元だけを銀の遮蔽物が仮面のように覆い、その中央部分を翠の透き通るガラス板がはめ込まれている。
左肩から二の腕にかけてベルトが巻き付けられており、手首まで伸びたそのベルトは左腕に盾を巻き付ける。
背に大きな十字架を背負い、足下は深緑のロングブーツ。

『挑戦し続ける者、イカロス。無謀でも、挑戦し続ける限り、お前の力になろう…』

 イカロスと自らを名乗るペルソナは、翠の光を放ち、旭の手元に一枚のカードとして残った。

「戦車…」

 タロットカードに模したそれを見るなり、神在が呟く。
手元のカードを旭が握ると、彼は崩れ落ちた。

「アサくん…っ!」

 駆け出す神在を今度は誰も止めず、皆それに倣うように旭の元へ駆け寄った。


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