聖騎士とフシンジンブツ
その日は、いかにも洗濯日和という表現が似合いそうな陽気だった。暖かな日差しが燦々と降り注ぎ、人々は心なしかうきうきした様子で町中を行き交う。
もっとも、この日は休日なので、始めから皆気分は上がっているはずなのだが。
「騎士様、こんにちはー」
「こんにちは」
前方から走ってきた子供が、満面の笑顔を浮かべて手を振ってきた。それに応えてやると、さらに歓声を上げて駆けていく。
騎士様。その男の見た目は、どこからどう見てもそれそのものであった。
確かに、彼は王立騎士団に所属している。鎧も、その支給品を少しばかり加工したものだ。
しかし騎士団が使用しているマントは紅の布地だが、彼が今纏っているのは山吹色。さらに言うならば、腰に吊っている剣も支給品ではなく自前のもの。
──その男は、騎士団に在籍していながらギルドにも所属しているという、奇特にも程がある人物なのである。
だから、普段はギルドから授けられた“山吹”という名を使っているし、装備品もそれに合わせた色で統一している。
名に使われている色を自分の、所謂イメージカラーのようにする。それは、ギルドに所属する者たちの暗黙の了解のようなものだった。
そして与えられる名は、基本的にその人物の髪の毛の色を指して付けられる。
ギルド員の全身が真っ赤になっていたり真っ青になっていたりするのは、そのせいでもあった。決して、彼らのセンスが前衛的なわけではない。
山吹は、思わず軽く息を吐いた。ちなみに現在は、騎士団の方の任をこなしている真っ最中である。所謂、町中のパトロールという奴だ。
歩く度に、鎧の金具が擦れ合って微かな金属音を立てる。山吹自身はこの音が嫌いなわけではなかったが、身を潜めて行動するのに不向きなのは明らかだ。
が、ここで鎧を脱いでしまったら。どう逆立ちしても身なりが騎士に見えなくなってしまうので、彼は少しばかり我慢してそれを着ている。
と、雑踏の中にぽつりと抜き出ているものが見えた。布で包んではあるが、どうやら槍の先っぽのようだ。
大方、ギルドに所属している竜騎士の誰かだろう。山吹の脳裏に真っ先に浮かんだのは、全身を紫色で固めた青年の姿である。
しかしあくまで何度か姿を見かけている程度で、あまり印象に残っているとは言い難い。
とにかくその彼が紫色で、コンビを組んでいる少女が梅の花のような紅で統一されていたことくらいしか覚えていなかった。
「ねえ、お兄さん」
不意に声を掛けられ、山吹は若干の動揺を押し殺して振り返る。そこには、彼の胸ほどしか上背のない少女が立っていた。
見事なまでの、白髪頭である。ある程度の光沢はあるようだが、言葉で言い表すならばやはり白髪だ。
「何?」
「あのね、あそこに怪しい人がいるよ。フシンジンブツ」
その言い方がいかにも覚えたての言葉を自慢する幼子のようで、山吹は思わず笑みを零した。
必然的に、口調も柔らかくなる。
「不審人物、っていうのは、どこかな」
「ほら、あそこあそこ」
少女が指さした先には、なるほど、確かに不審人物としか形容しようのない者が佇んでいた。
深緑色の装束は、明らかにこの国で用いられている形とは無縁のものだ。山吹は、確か遙か東の方にあるという国で、このような服装をするということを小耳に挟んだ覚えがあった。
口元をすっぽりと覆っているマフラーのような布地が、その人物の性別を曖昧にしている。
元々明らかに体の線が出にくい服装の上、表情も水を打ったような無表情なのだから、男なのか女なのかよくわからない。
とにもかくにも、どうにも怪しい。しかし不思議なことに、周囲で歩き回っている人々は全くその存在に頓着していないようだ。
「じゃあ、ちょっと行ってこようかな」
「ショクムシツモン、って奴だね!」
少女は嬉々とした様子で言うと、よろしくお願いしまーすと言い置いてさっさと雑踏に紛れ込んでしまった。そう大きくはない背丈のせいで、あっと言う間にその姿は見えなくなる。
山吹は一瞬きょとんとしてから、我に返ったように“不審人物”の元へ歩み寄った。大して離れていなかった距離は、瞬く間に縮まる。
が、相手の方は刹那の間視線をくれたように見えただけで、相変わらずその場に佇み続けている。
「あの、失礼ですが」
「……何」
その声は、ある程度予想の範囲内というか、やはり中性的だった。声を聞いても、性別がどちらなのかわからない。
暫し逡巡した後、山吹はようやく言葉を絞り出した。
「何を、してらっしゃるんですか?」
「立ってる」
「え?」
「邪魔なら、避ける」
そう言われ、彼は少しばかり慌てたように言った。
「いえ、そういうわけじゃないんですが」
「……感付かれる」
そう呟いたのを最後に──それは、消えた。まさに、瞬きの合間。
山吹は、思わずその場に立ち竦む。柄にもなく目を擦って、さらに周囲を見回す。
感付かれるとは、どういう意味だ?
考えてみても、答えは出てこない。
ちょうどそのとき、視界の端っこに鮮やかな梅の色が過ぎったような気がした。
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