召喚士とスナイパー
「なあ、姉ちゃあん、ちょっと俺と遊ぼうぜ」
そう声を掛けられることは、特に珍しい出来事ではない。勿忘草(わすれなぐさ)は副業専用の衣装を見下ろしてから、冷めた目で相手を観察した。
彼女の本業は、召喚士である。細かく言えば、水の精霊であるウンディーネと契約している召喚士だ。
普通召喚士と言えば、皆血眼になって様々な精霊や魔物と契約したがる。が、勿忘草はそうしていなかった。
ウンディーネとの関係は良好だし、彼女は副業──踊り子もやっている。わざわざ契約のために現地に赴く時間がないというのが、正直な理由であった。
しかもこの副業、なかなかに盛況で、実際本職よりも稼げたりする。普段ギルドで仕事をしているので、別段金銭面で困っているわけではないのだが。
が、いざという時のために、やはりある程度の貯えは必要である。
「なあ、聞いてんのか?」
そこで、勿忘草は我に返った。まずは、この目の前にいる男を何とかしなければならない。
しかし、単独でナンパしてくるとは。度胸だけは随分とあるらしい。
こんなことに使われるくらいなら、そんな心意気はない方がマシだと思うが。
「生憎だけど、これからすぐ次の町へ移動しなければならないのよ」
「いいだろ? 実際、そんなに急いでなさそうじゃねえか」
「顔に出ないのよ」
あしらっても、男はしつこく食い下がってくる。周囲の人間はあくまで見守っているだけで、助けてくれるわけではない。
巻き込まれたくないというその精神は十二分に理解できるので、そのことに関して文句はなかった。
勿忘草は軽く溜め息を吐き出してから、構わず歩き出した。こんなくだらないものに、わざわざ付き合ってやる義理はない。
彼女はこれから次の町へ移動し、それからギルドの支部で仕事をしなければならないのだ。
ギルド自体はいくつかあるのだが、本部以外の支部は基本的に皆共通である。それぞれのギルドに対応したカウンターさえ間違えなければ、それでいい。
そのおかげで特殊な場合を除き、どのギルドに入っていたとしても全ての町で依頼を請け負うことが出来る。
「ちょ、おい」
突き出された腕を軽やかにかわし、さらに歩を進める。追い縋ってくる足音を引き離すように、さらに前へ。
だが、足音はなおも追ってくる。
勿忘草は、本来かなり気が長い方である。そうでもなければ、踊っている最中に質の悪い男共をあしらうことなど出来ない。
しかし、さすがに苛立ちが積もっていた。見込みがないのだから、さっさと諦めればいいものを。
未だに、言い寄ってくる男の顔をまともに見ていない。が、さぞや気味の悪い造作をしていることだろう。
さらに足を速めながら、勿忘草は早口で召喚の呪文を唱え始める。背後の男には聞こえないように。
次に男が手を伸ばしてきた時が、奴の最後だ──。
彼女が、そう確信した瞬間だった。まるで、その呟きが聞こえたかのようなタイミング。
「──ぎゃっ!」
やけに汚い悲鳴。軽く振り返ってみると、彼女の見立て通り随分と汚い顔をした男が石畳の上で這い蹲っていた。
彼が押さえている両膝から、血が吹き出している。
その傷跡は、どう見ても魔銃による銃創だ。
「お姉さん。そういうのはさ、がつんと言ってやんなきゃね」
倒れ込んだ男のさらに後ろに、彼は立っていた。一番最初に目に入った色は、基準よりは多少薄い、青色。
どうやら、男は長髪を後ろで一つに括っているらしい。装束と同じような色合いの青い髪の毛が、その背後でゆらゆらと揺れているのが見える。
彼が背負っているのは、ライフル型の魔銃だった。弾丸を使わず、自身の魔力を打ち出すことに特化した代物だ。それで、銃創が相手の足に付いていたのだろう。
そもそもこの国では、銃弾を用いる銃器はほとんど普及していない。
「……あら、有り難う」
「まあ、助けなんて必要なさそうだったけど。こんなとこで召喚術なんて使ったら、こいつ死んじゃうだろ?」
汚い死骸が増えても、誰も喜ばないし。
男はそう言って、けたけたと笑った。勿忘草は油断なくそれを観察しながら、食えない奴だ、と思う。
この男にとって、そこの腐った奴が死んだところで何の支障もない筈なのに。ならば、何故わざわざ助けてやったのか。
それが表情に出ていたのか、男はまた掴み所のない笑みを浮かべた。
「あ、俺、浅葱。お姉さんは?」
「勿忘草」
「へえ。……ちょっと、呼び辛いなあ」
臆面もなくそう言いながら、浅葱と名乗った男はやはりどことなく胡散臭い笑みを張り付けたままだった。
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