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双剣士(黒)と錬金術師

 その双剣士は、大いに悩んでいた。
 それこそ、周囲の奇異の目すら目に入らぬほど悩んでいた。

 濡羽色の頭髪と、それと寸分違わぬ色の瞳。あえて黒で統一した装備一式。そのせいか、彼はギルドから“鴉”の名を賜っていた。
 とにかく、鴉は悩んでいるのである。
 彼は、金遣いが荒い方ではなかった。寧ろ、世間一般の基準からすると倹約家の方に分類されるだろう。
 しかし事実、彼はいつも生活費の工面に苦しんでいる。今月も、まだ給金が入るには十日もあるのに、既に財布は空っぽなのだ。

 ギルドというのは、基本的に依頼を達成してそのことを報告すれば、その場で金が入る。実際、この王国にある二大ギルドのうちの一つはそうだ。
 が、この鴉が所属しているギルド──件の二大ギルドのもう一方──は、そうではなかったのである。
 依頼をこなし、ギルドの上層部にアピールする。そうすると称号が貰えて、さらに給料が上がる。
 彼のいるギルドの連中は、その称号持ちになることを目標に日々仕事に励むのだ。
 逆に言えば、称号が貰えないうちは皆平社員でしかない。給料は当然物足りないし、称号持ちにはでかい顔をされる。
 鴉は、別に称号持ちにでかい顔をされたところで大して気にしない。例え、それが自分より年齢の低い誰かだったとしても、だ。
 しかし、給料がいつまでも低いのは大いに困る。
 しかも近頃物価まで上がっていて、家計は火の車どころかもはや焼け落ちかけている。


 彼はいつも、金銭面で心許なくなると、ある王立研究所を訪ねる。そして今現在、その門戸の目の前にいる。
 が、鴉はここまで来ても往生際悪く悩んでいた。既に、自宅であるボロ屋の一室で散々唸ったというのに。
 そしてついに、そんな彼に痺れを切らしたようにドアが開いた。鴉は、驚きついでにそこから飛び退く。

「あれ、鴉じゃん」

 現れたのは、目映いばかりの──白髪頭の、少女だった。
 とは言っても決して老成した雰囲気を纏っているわけではなく、あくまでも子供の領域を出ない。
 それどころか、彼女は今年で十八になる鴉よりもいくらか年下にしか見えなかった。これでも、一応同い年だと聞いているのだが。

「ちょうど良かった! 今、また薬草切れちゃったんだ」
「あ、ああ。そうだろうと思った」
「鴉も、またお金ないんでしょ? 報酬は、きっちり弾んじゃうからね!」

 少女──白鳥(しらとり)は、ぽん、とドアから飛び出した。
 こんな見た目と軽いノリをしているが、彼女はこれでも王立研究所に所属している錬金術師なのである。
 日夜試験管と向き合い、歴史的とは呼べないながら様々な発見とやらもしているらしい。

 どうやら準備は済んでいたらしく、白鳥は既に採取の際に愛用している、ポケットだらけのベストを身に着けている。
 その様子たるや、未知なる場所へ探検に赴く幼児のようだ。
 鴉は何となく苦笑して、それでも少女に付いていく。
 お金が欲しいから、というのも勿論ある。が、単純に白鳥に付き合っていると楽しいのだ。
 特に、昔から一人っ子の上、大量の犬や猫、孤児たちに埋もれるように暮らしてきた彼にとっては。

「今日は、何を取りに行く?」
「えーっとねえ、まずツリガネソウでしょ。後、コガネグサと、ゴキブリモドキと……」

 途中で妙な名前が混じったような気もしたが、鴉はあえて気付かない振りをすることにした。
 白鳥の目の下に常にある隈が、いつもより少しだけ濃い。
 鴉の腰に吊り下げられていた二つの剣が、彼の代わりに身動きするように揺れた。

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あきゅろす。
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