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鳳凰戦華伝






辺りは、煌々と煌めいていた。


夜であるはずなのに、空に輝く月も星も、全てその煌めきの前に霞んでしまう。





それほどまでに強い、限りなく煌めき続ける、炎。




怒涛の勢いを持つそれを、小さな少女がどうして止められようか。






世の中とは、かくも無情なものだ。


富める者は家で笑い、貧しい者は外で泣く。


それが、社会の摂理。



「お母さんっ!お父さんっ!」


悲痛な声が高く響く。


村人の喧騒が続くなか、少女は泣いた。
隣にいた村の青年が止めなければ、少女は炎の中に飛び込んでいただろう。


まだ若い少女には、その光景はあまりに辛すぎた。















その日、快活に笑う可愛らしい少女は、自身の家を焼く炎の中に、跡形もなく消えた。










「ねぇ。私、変わるわ」

やがて雨が振り出し、少女は傍らの親友に言った。


「え?」


「今の私は、居なくなるの。新しい私になるの。そうしないと、悪い官吏様にいつか殺されてしまうから」

少女は泣きそうになりながら、語った。


「ね、何を言ってるの……?」


「私、これから花椿と名乗るわ」
「あ、貴方、何を言ってるのか、分かってるの?!名を捨てるって言うのは……!」

相対する少女は、驚愕に震える。

しかし、少女花椿はそんなものを聞く気はなかった。


「これがどういう意味なのかなんて、分かってる。分かってるわ。でも、このままじゃいけないと思うの。変えなきゃいけないと思うの。だから私は、花椿になるのだわ」

花椿は、悲しげに笑っていた。

その様を見ていたもう一人の少女は、唇を噛み締めると決意したように顔を上げた。


「……分かったわ。なら、私も着いていく。貴方が花椿と名乗るなら、私は貴方を包む光になる。私は、月下と名乗るわ」


しばらく驚いたように彼女を見ていた花椿だが、やがてふっと笑った。

「……よろしく頼むわ。月下」








これが、後の鳳翼軍の始まりである。









ここは、零宵国。

緑豊かで広大な国土と、一際美しい文化を持つ美しい国だ。


しかし、実情は国民の貧富の差が激しく、少数の富裕層が優雅に暮らす反面、重税に苦しむ大部分の民衆は貧困に喘いでいる。

絶対君主の制度が祟り、王族を初めとする華族達は、その打開策を考えようとはしない。

他国でも、表側は美しい国ともてはやされているが、実際は悪逆非道で名高い。



これは、そんな国に生きる者達の、未来を賭けた戦いの物語である。







さらり、と風が駆け抜ける。

なだらかな丘に横たわる女性が、すっと瞳を開いた。




「椿ー!村のおじ様、馬をくれるってー!」


背後から自分を呼ぶ声がする。

椿はゆっくりと起き上がった。



「月下、そんなに叫ばなくとも聞こえている」


駆け寄ってきた女性に、一つ視線を返す。

切れ長の目が細められ、眼光が強く飛ばされた。


「あらやだ。ごめんなさい。寝てるかと思って」


しかし、ここ十数年で既に慣れたと言う月下は、なんなく言葉を返した。
その様子に、分かりきっていた反応なのか、椿は静かに嘆息する。


「いいから行きましょ。ようやく旅立てるのだから。ね?花椿様?」

からかうように名を呼ばれれば、彼女はじろりと月下を見下ろす。

若干、花椿よりも背が低い月下は、その睨みにも動じず笑い返した。

またも、花椿の敗けである。






零宵国、雪火村。

この場所は、花椿と月下の故郷だ。

今日、二人はその故郷を去り、自分達の思いを達成するため旅立つのだ。



あの日、二人がもとの名を捨て、花椿、そして月下と名乗り始めた日から、すでに十五年の歳月が過ぎていた。


既に父も母もなかった二人は、幼い頃、一緒に月下の祖父母のもとに預けられていた。

月下の祖父は、武芸を極めた達人として名高く、小さな頃から二人は色々と教えられていたのだ。
また祖母は、温和な気性のためか、村では若者の相談役として親しまれていた。


そんな月下の祖父母と過ごした日々は、少しずつしかし確実に花椿の心を溶かしていった。


その日々があったからこそ、彼女には表情があり、幼い頃ほどではないが、時折、笑えるようになったのだ。





村に入ると、様々な人から食べ物、衣服、薬等を手渡された。

「本当に行くのかい?月下、椿」

月下の祖母が心配そうにやってくる。

最初こそ、村人達は本名で呼んでいたが、本人達が頑なに、花椿、月下と言う名を通したので、今や誰もがそう呼ぶ。


「ごめんね。おばあちゃん」

申し訳なさそうに、月下が祖母に言った。
対照に花椿は、ふいっと目を反らしてしまう。

人に見られることも見ることも苦手な花椿は、さりげなく下がって、譲り受けた馬の頭を撫でている。
あまり人と話すのは得意ではないのだ。


「おばあちゃん。おじいちゃん。どうか元気で」

月下は花椿の様子を見ると、そう言って自分も馬に近寄ろうとした。

「待ちなさい。月下。それから椿も」

こんな穏やかな声で、自身の名を呼ぶのは、月下の祖父だけだ。

花椿もそれに気付き、足早に近寄った。

既に視力を失っている彼だが、日常に多少影響を持ちながらも、普通の人とそう変わらない生活を送っているそうだ。

柔らかく緩められた口元は、武芸を極めた達人とは夢にも思わない穏やかさだ。



「お前も、昔は私より背が低かったんだがね。いつの間にかでかくなりおって」

言いながら、祖父は皺のある手を伸ばして花椿の頭に触れようとする。

「もう、そんなことをしてもらう年でもないんだが」

そう言いながらも、花椿は微かに笑いながら、その頭上に祖父の手が届くように頭を下げた。


小さな頃はよく頭を撫でられたものだと、花椿は気持ちよさげに目を閉じる。



「おーい、じいさん。これでいいのかい?」

そこに村の若者がいくつかの武器を持ってやって来た。

がしゃっと鈍く音がして、布が敷かれた地面に武器が転がった。


「おじいちゃん。これは?」

月下がしゃがみこみながら、物色し始めた。
どれも美しい造りで、上等な品ばかりのようだ。


「お前達にあげようと思うての。好きなもんを選べ。どれも年期の入ったその当時の上等物じゃ」


槍や刀、弓や根など、確かによく使われた形跡がある。

花椿はその中の、通常の刀よりも大きい太刀を手に取った。

それと対照的に、月下は通常の刀を手に取る。

その様子を感じ取った月下の祖父は、二人が手にしている武器に触れた。

「ふむ。椿が手にしているのは、香桜月華と言う太刀。月下が手にしているのは、楓炎と言う刀じゃな。どちらも十五年前の名刀じゃ」

触れただけでその武器な銘を言い当て、そして年代まで言ってしまう。
並外れたこの感覚が、普通の生活を実現していた。


「十五年前……ね」

その年代を聞くと、月下も花椿も自嘲ぎみに笑う。だが、次の瞬間には、優しい笑顔で感謝を述べた。


「ありがとう。おじいさん」

「ありがとう。おじいちゃん。助かったよ」


月下は腰に、花椿は背中に武器を収めると、二人は馬に乗った。


この馬も、この村の村長が譲ってくれたものだ。

「どっちもかなりの名馬だ。月下の方はちょっと体力はないが、大人しいから乗りこなすのは簡単だし、我慢強さもあるからな。旅に連れて行くにはいいだろう。椿の方は多少気性が荒い。気位も高いから乗りにくいかもしれんが、一度乗りこなせば、勇猛さと速さはそこらの馬の比じゃねぇぞ。お前ならきっと乗りこなせると思ってな」

と、馬好きで知られる村長が語ってくれた。

確かに、荒い気性の馬だと花椿は笑う。

しきりに首を降っているのを宥めるように、馬の青毛を撫でた。



「さぁ、そろそろ行こう。月下、行くよ」


「えぇ」

馬首を翻して、月下も花椿の横に立つ。

手綱を操作し、ゆっくりと歩みを始める。



手を降って送り出してくれる村人を背後に、二人は旅立った。




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