鳳凰戦華伝 陸 「お姉ちゃん。旅に出るの?」 子供の一人が藤に問い掛けた。 藤は笑ってこう言った。 「そうだよ。僕達の為に、美和お姉ちゃんはお外に行くんだ。皆、お姉ちゃんにありがとうしなきゃ駄目だよ」 藤と言う少年はつくづく出来た子だ。 美和の意図をしっかりと理解し、それでいて、子供達を納得させるように説明し、挙げ句にはちゃんと美和の意志も通してしまう。 なんとも類稀な少年だ。 「お姉ちゃん!ありがとう!」 「頑張ってね。美和お姉ちゃん!」 子供達は元気に美和に礼を言った。 その行動に、胸が熱くなったのは言うまでもない。 「花椿さんと月下さんも、お元気で」 藤は美和だけでなく、椿や月下にも言葉を掛けた。 しかし、その行動には、周囲に集まっていた若い女性と、後から数珠繋ぎで集まってきた男性が、一気に抗議した。 「あっ、ちょっ!おい、少年!抜け駆けは狡いぞ!」 「あーっ!俺が先に別れの挨拶を言う筈だったのにー!」 「ちょっと、男だけで抜け駆けしないでよね!私達だって、ちゃんとお礼と挨拶言いたいんだから!」 「あわよくば告白も……」 中には赤面する女性もいるから、困ったものだ。 本来、この村の住人はこういった性格なのだろう。 長年の凶作で疲れきっていたのが、昨日の誓府の襲撃で村人同士の結託が深まり、再び活気を取り戻した、と言ったところだろうか。 ぎゃいのぎゃいのと言い合っているところに、月下が一つ考えを起こした。 隣で呆気に取られている椿に耳打ちをし、その考えを話す。 椿は怪訝な顔をしたが、一つの戯れとでも取ったのだろう。 月下に言われた事を行動に移した。 騒いでいる村人の下に歩み寄り、適当な若い男を引っ張り出す。 男は最初こそ驚いたが、腕を引いたのが椿と分かると、ぼんっと音がするほど顔を赤らめた。 男と大差ない身長の椿が、常人ならざる眼光で男を見つめ続ければ、何かする前に男は失神してしまった。 その時の椿が考えていた事と言えば、何を言うんだったか、と月下の言葉を反芻していただけだったのだが、素晴らしい破壊力だ。 しかし、月下に言われた事を達成する前に、失神されてしまった為、再び椿は、次に若い女性を一人呼んだ。 一番前にいた女性が仲間に押されて小さく進み出ると、椿はその耳元に唇を寄せ、何事かを囁いた。 女性はもう見てるこっちが恥ずかしくなるぐらい顔を赤らめ、また失神してしまった。 今、地面には男女二人の体が横たわっている。 美和はその様子を見て、月下に小声で話しかけた。 「一体、何を言わせたんです?」 腹を抱えて笑っていた月下は、笑いを堪えながら美和に話した。 「知ってるでしょう?ある詩の一節。"今宵の月が貴女の変わりになるのなら、どれだけ良いか。けれど、どんな美しい物も貴女の変わりにはなりませんね"って言うやつ」 「ありますね。よく恋文に使われる文章ですけど」 恋文。つまりラブレター。 月下は椿に、男か女かどちらでもいいから、囁いてみろと言ったのだ。 詩に関して詳しくない椿は、特に意味も聞かずに実行に移した。 「案の定、あれよ。ちょっと簡略化して、椿の口調に合わせてみたんだけど」 つまりこうだ。 "月がお前の変わりになるならいいが、例え月でもお前の変わりにはならなさそうだ"と。 月下は予想通りの反応があって大爆笑だ。 椿はまさか失神されるとは思っていなかった為、とりあえず倒れた二人を抱えて、力のありそうな村の男二人に引き渡した。 「何だったんだ。一体」 戻ってきた椿は、もの凄く不思議そうだ。 おそらく朴玻村から彼女の存在が消える事は無いだろう。 「さて、そろそろ行きましょうか」 月下はいまだに笑い堪えながら、促した。 律儀に待っていた幻黎組一行もそれに伴い動き出す。 「それじゃ、子供達をお願いします」 美和は女性に別れを告げ、手荷物を持って駆け出した。 緩やかに前進していた馬は、美和が近づくのを感じると、少し速度を緩める。 その馬に騎乗していた月下は、美和の手を引いて自分の前に美和を乗せた。 「いいんですか?馬、用意出来なかったんですが」 「大丈夫大丈夫。よくよく考えたら、そう簡単に馬一頭なんて条件にしちゃ、ちょっとキツイわよね」 月下は美和を乗せながら言った。 さっきの男女失神事件で相当機嫌が良いらしい。 いまだに椿は訳分からんと言った顔をしていたが、深く考えるのは止めたようだ。 こうして、美和は無事に旅に出たのだった。 空高く舞い上がる、その気高き魂に、惹かれる者が現れる 世界が望んだ女は、人々を魅了する それが軈て、鳳凰の名を冠した、伝説とも言える一団になろうとは、この時、誰一人として、予想していなかった [*前へ] [戻る] |