鳳凰戦華伝 参 朴玻村に着いた椿と颯雲は、絶句した。 「これは……?!」 大規模な村のあちこちから昇る煙は、事が大きい事を物語っていた。 「始まったのか……」 隣で颯雲が唇を震わせていた。 怪訝な顔で、椿は聞き返す。 「どういう事だ」 「……最近、新しい政策を、誓府が発表した」 唇を噛み締めながら、颯雲は瞳を瞑った。 「国の利益をあげる為の政策だ。……通称、不要政策。国に不利益な村や町を金を巻き上げながらとことん潰すってぇ、実に下らない政策だ」 椿は、瞳を瞑った。 そして息を吸って吐いた。 そうでもしなければ、怒りで頭が狂いそうなのだ。 「……何が……不要政策だ。ふざけるな……!!」 「おそらくこの朴玻村も、その一つだったんだろう」 その声も聞かず椿は、無我夢中で馬を走らせた。 途中で颯雲が落ちた気がしたが、まぁ、あの体だ。 怪我はないだろう。 見ると、そこここに役人がいる。 「……!おい!その馬を止めろ!!」 村の中央にある役場で、役人の男が叫んだ。 号令で飛び掛かってきた兵士は、どれも強い防具を着けている。 だが、そんな事を気にしていられる程、今の椿は冷静ではなかった。 「死にたい奴はかかってこい!死にたくない奴は、帰れ!!」 太刀を抜いて応戦する。 騎乗したまま片手で兵士を凪ぎ払い、相手の攻撃を上手く避けて見せる。 馬は椿の意思を汲み取るかのように思い通りに動いてくれた。 「引けぇ!役人共!我が名は花椿!!この私がいる限り、貴様等に勝目はない!引け!!」 馬の嘶きと共に、椿は高らかに勝利宣言をした。 その姿は鬼神の如き、勇ましさ。 その姿は女神の如き、美しさ。 その強さに、朴玻に住む人々は心を奪われた。 嗚呼、そうだ。 世界は、この女性を、望んでいたのだ、と。 「美和さん!子供達を連れて村の外へ!」 役人を見事に昏倒させた月下は、自身も馬に跨がりながら美和に向けて叫んだ。 美和も弓矢を片手に、子供達を促す。 「ど、どうすれば……」 「この場は私が何とかします。私の後に着いてきてください」 上手く馬首を翻しながら、外に出た子供達と美和に言った。 あまり目立たない場所だからか、この広場に火の手はあがっていない。 今のうちなら、逃げることも不可能ではないはずだ。 馬の嘶きと共に、月下は駆け出す。 後には、しっかりと美和達が着いてきている。 「引けぇ!役人共!我が名は花椿!!この私がいる限り、貴様等に勝目はない!引け!!」 細道を抜けた後に聞こえた。 気高くも美しい、あまりに神々しいその姿は、さながら、舞い降りた戦女神だ。 そんな常人離れした美しさに、月下は勿論、美和も子供達でさえ魅了された。 「椿!!」 雄壮に舞う白拍子のような椿を、月下は思わず呼び止めた。 新しく向かってきた兵士を切り伏せた椿は、一つ振り替えると、月下達に走りよってきた。 「無事だったか」 「えぇ。大丈夫。子供達も無事よ」 驚いたのは、一切息が乱れていないことだ。 まさか今まで戦っていたとは思えない。 子供達を促して、また再び逃げようとした彼らに、今度は大挙として男達が押し寄せた。 「ちっ……。援軍か」 椿は舌打ちを隠さずに、馬首を翻した。 「月下、お前は彼女と子供達を連れていけ。私が何とかする」 「椿!!」 「大丈夫だ。行け」 有無を言わさないその強い口調に、月下は為す術をなくした。 月下が走り去ってから、椿は援軍に向き直った。 その数はざっと数十人。いや、それよりも多いかも知れない。 さしもの椿でも、人数が多ければなかなか厳しい戦いになる。 それなのに椿は、ただ微笑んでいた。 余裕の表情を消さなかったのだ。 太刀に着いた血を振り払い、肩に担ぎ、大軍へと向き直る。 だが、援軍の後ろの方で悲鳴が上がった。 それどころか、何人もが空に放り投げられていった。 「さぁ、どけどけ!!幻黎組頭領、颯雲のお通りだ!!」 「颯雲!?」 柄にもなく、椿は声を上げた。 その間にも、兵士は次々に放り投げられる。 「あいつ、幻黎組の頭領だったのか……」 思わず呟きが漏れる。意外にも、自分の頭は冷静だった。 そして今度は、自分のすぐ前に変化が起きる。 自分と大軍の間に朴玻村の村民が割り込んだのだ。 それぞれ手には、鍬や鎌など農耕具を持っている。 その人数は、廃れている村に住む人々にしては、驚く程に多かった。 「止まれ、誓府の狗!これ以上は村に入れさせないぞ!」 若い男が、勇敢にも兵士に向かって叫んだ。 簡素な剣を持っていたが、よく見れば体が震えている。 王政が強いこの国で、それらに向かって刃向かうのは、事実上は一種の自殺行為だ。 立ち向かっただけ、その勇気は素晴らしい。 「そこの若いの。花椿と言ったか」 驚愕に動けないでいると、一人の老人が馬に乗って現れた。 どこか飄々とした風貌の、しかし貫禄と威厳溢れる老人だ。 「そなたの力強さ、しかと見届けさせてもらった。我が朴玻村の為に刀を振るってくれた事、心から感謝する」 その口振りから、どうやらこの老人は朴玻村の長らしい。 戦場を経験したことのある瞳だ。 あまりにも深い、だが、柔らかな輝きにも満ちた年長者特有の瞳。 「そなたも戦い通しだ。ここからは、我々が相手をしよう」 椿よりも前に出した馬は、長い鬣を靡かせ、老人の覚悟を悟ったように静かだった。 今なら、突然の乱入で増援の兵は怯んでいる。 確実に、逃げられる筈だ。 椿本人も、それを知ってはいたが、老人に休んでいろと言われても、そんなことはしなかった。 「残念だが、私も大概戦うのが好きなのでね。それに、貴方と彼らだけでは、奴らを倒すのに心許ない」 椿は瞳を閉じて一つ微笑み、太刀を再び持ち直す。 老人の嘆息が聞こえて、片目を開けて様子を窺うと、やはり予想通りに椿と同じような笑みを浮かべていた。 「仕方あるまい。確かにそなたの強さは我々にとって大変な武器だ。この際、とことん付き合ってもらおう」 老人は槍を抱え、姿勢を正す。 前方でも後方でも、小康状態にあった戦場は、兵士の司令官による命令、幻黎組頭領による怒声、そして朴玻村の長と女戦士による覚悟の号令を以て、再び激戦へと変貌した。 「何をしておる!!我ら誓府軍が、只の民衆に遅れを取るな!!とことん攻め続けろ!!」 「おい!てめぇら!!んなとこで誓府の狗に負けんのかぁ!?とっとと潰して祝祭と行こうぜ!!」 「さぁ、迎え撃て!!我々の力を思い知らせてやれ!!」 次いで響く、地を割る雄叫び。 朴玻村は、最早激戦地と化した。 [*前へ][次へ#] [戻る] |