[携帯モード] [URL送信]

鳳凰戦華伝



子供達はどうやら、椿の事を気に入っているらしい。

無愛想ながらも、彼女自身子供は嫌いでない為、その隠れた穏やかさを、素直な子供達は見破ったのだろう。


本人も満更ではない様子なので、月下も嬉しい限りである。








「あ、花椿さん、月下さん。お勉強教えてくれてありがとうございました」


外にいたらしい藤が、調度いい時に現れた。

手に籠を持っているため、外で洗濯でもしてきたのだろう。


「いいのよ。泊めてもらったお礼なんだし。お礼を言われたらまた、何か返さなくちゃいけなくなっちゃう」

「そうなってくれたら、家事も楽なんですけど」

「なかなか良い性格してるわね。藤君」


冗談で言ったつもりだったのだが、藤はさらりとその返答をした。

月下は肩を竦めて苦笑いだ。


「ねぇ?椿……って、あら?」

背後を向いた月下は、すぐ後ろにいるだろうと思っていた椿に声を掛けた。

だが、そこに椿の姿は無く、家の中を見回してみても、その影は全く見つからなかった。


「あのおっきいお姉ちゃんなら、さっきお外行ったよ」

一人の少女が、家の扉を指差しながら言った。

おっきいお姉ちゃんと言うのは、椿の事だろう。

その扉を見詰めた月下だったが、家の中に彼女の太刀が無いところを見ると、おそらく持って外に出たのだろう。

だとすれば、心配する必要はないと、月下は藤に誘われて子供達と遊ぶ事にした。













そんな時、椿は月下の予想通り、太刀を持って外に出ていた。

日は既に傾きかけている為、西陽が強く辺りを照らしている。


馬に跨がった椿は、孤児院の前の細い道を抜けると、そこからは勢いよく走り去った。

あっという間に村を出て、そのまま北に向かって走る。




「よぉ。俺が言った事は、覚えてたみてぇだな」

途中で、見覚えのある巨漢と出くわした。


昨日の日付も変わるころ、いきなり襲撃をしてきた者がいた。

その中の一人がこの男、颯雲だった。


孤児院を襲撃した者の大半は、はっきり言ってただの雑魚だったが、颯雲だけは違っていた。


青灰色の隻眼は、重い闇が立ち込めているようだったが、暗い色のとは対照的に、その瞳には、好戦的な光が宿っていた。

隙を見せない立ち振舞いと鍛え上げられた肉体は、全く素晴らしい武人の物に思えた。


「……貴様はとんだ酔狂だな」

椿は馬上から冷たい呆れた声を掛けた。

言われて颯雲は、不機嫌に眉を潜めた。


「強い奴と戦いたいってのは、戦士に許された最高の欲じゃねぇか」

「私はそうは思わないがな」


話はそのまま一方通行だ。


「まぁいい。で、場所はどこだ」

椿が一方通行の話に終止符を打った。

一つ息を置いた颯雲は、何も言わずに細道を進んだ。

椿もその後に続く。








たどり着いたのは、海だった。
と言っても、美しいとは言い難い。


そもそも訪れる人も無く、手を付けた人もいない。
浜辺がある訳ではない為、固い岩が辺りに蔓延り、波で強く削られた岩肌にひどく攻撃的な印象を受ける。


「ここなら、思う存分出来んだろ」


颯雲のその言葉には答えず、椿は黙って馬を降りた。


岩場に足を着けると、その場の空気は一変した。



まるで、今この時、戦が行われているような狂気と恐怖が入り交じった空気だった。

一瞬、気圧された颯雲は、しかし直ぐに口元に笑みを作った。


「お前、一体何を抱えていやがる。俺の仲間でも、お前ほど深い闇を背負ってる奴はいねぇ。お前、何者だ?」

すると今度は、椿がその顔に笑顔を作った。

「生憎と、何者だと言う問に答えられる順当な返事を、私は持ち合わせていない。だが、そうだな……願望があると言えば、目的ぐらいならわかってもらえるかもな」

その立ち振舞いに、颯雲は険しい顔付きを作った。

「お前……それは……」

「こんな時代だ。……私と志を共にする者は、少なくはないだろう」

紡がれようとする言葉を遮って、椿はさらに続けた。

そうして彼女は、太刀の柄を握る。


その構えを見た颯雲も、背の大剣に手を掛けた。

「まぁいい。俺は、頭を使うんは得意じゃねぇ。一発、戦り合えば、すっきりすんだろ!」



二人の刃が同時に姿を現した。


構えをとる暇も無く、二人の刃はぶつかり合う。
ガキンッと強く音がして、火花が散る。


「女のくせしやがって、とんでもねぇ腕力だな」

「そう言うお前は、男のくせして随分と力が弱いな」


初めの打ち合いは、椿の方が優勢だった。

全体重を掛けた一撃は相当重い物となった。


「女相手に、手加減してやってんだよ」

「そいつはどうも。だがな、女と思って甘く見ると、痛い目に会うぞ!」

同時に繰り出された強烈な蹴りは、颯雲の腹に直撃した。

大剣を支えに吹き飛ばされた体を颯雲は留めた。

微かに痛むのか、腹を押さえている。


「……やりやがる」

「手加減すると、危ないぞ?」

椿は太刀を真っ直ぐに颯雲へと向けた。


だが颯雲も、口元により楽しそうな三日月を作る。


「そうらしい。なら、お互いに本気で、な」


目に見えんばかりの闘気が、その巨体から立ち上った。


咆哮と共に繰り出された凪ぎ払いの一撃。

それを椿は太刀で受け止めたが、予想以上の重量だった。

知らずに声が漏れる。

「くっ……!」


耐えきれずに、その体は横へ薙ぎ倒された。

だが、それだけだった。


薙ぎ倒された体は片足で支えられた。

そして片足で飛び上がり、地面に飛び出している岩を蹴る。
それにより、うまく攻撃の方向が変えられ、椿は再び颯雲に飛びかかった。


しかし颯雲の方も、新たな動きに入っていた。

向かってくる椿によりも先に、大きく大剣を振り回す。


「なかなか上手く立ち回るじゃねぇか」

「その図体で、貴様もなかなか機動力あるじゃないか」


振り回された大剣に気付き、椿は一回地に足を着いて後方に飛びすさった。


距離を十分にとってから、椿は太刀を頭上に掲げた。


「お前は強い。戦わなくとも、分かる。私が出会ってきた奴らの中でも相当のものだ。まぁ、半分以上は雑魚だがな」


椿の顔には完全に戦士の笑みが浮かんでいた。

普段の無表情からは感じ取れないほどの、強い感情だ。


言うと椿は、思い切り太刀を降り下ろした。

岩盤に叩き付けられた刃は、その岩を抉る。

同時に生まれた衝撃波が、細かく砕けた岩と共に、颯雲に降ってきた。


大剣で防ぎきれる岩はともかく、衝撃波はどうにもならない。
止めたいくらか以外は、全て当たってしまった。


「容赦ねぇな」

その強靭な肉体のお陰で、かすり傷一つ着いていないが、苦笑いで肩を竦めた。


「向かってくる敵に容赦はするなと教えられたものでね」

椿も表情豊かに笑う。

「それじゃ、俺からも行くか」

そう言って颯雲も大剣を構えた。
重量がある筈の大剣を思いっきり高くに振り上げ、その構え自体は椿のものと似通っていたが、強烈な風切り音と共に広がった風と衝撃波は、椿が繰り出したものとは比べ物にならない程に、強力だった。

さすがの椿も、衝撃波に耐えきれず、外に体が投げ出された。


太刀を支えに無理矢理止まったが、危うく海に落ちるところだった。

そうなっても、さすがに颯雲は助けてくれるだろうが、必要のない恐怖感は味わいたくないものである。



「お前も容赦ないな」

「敵に容赦するなと言われてたもんでな」

椿は颯雲と同じように呟き、颯雲も椿と同じように返した。


一瞬後には僅かに笑いが溢れた。


[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!