鳳凰戦華伝 弐 空はすでに暗い。 灯りが少ない山道では、満点の星が輝いている。 その山道を馬で進むのは、二人の女性だ。 「今度は、夜通し駆けてるわよ。椿」 後方を進む女性が、さもうんざりしたように言った。 しかし前方の女性、椿は全く無視だ。 「聞いてないわね」 「……聞いている」 睨むように目をすがめた女性だが、椿は気にしない風に答える。 そこで会話は終わりのようで、ため息を吐いた女性は、ふと馬の足を止めた。 前方の椿も、微動だにしない。 「月下」 一つ、椿が女性の名を呼ぶ。 月下は神妙な顔つきになり、山道の奥を見詰めた。 シュッと、風切り音が暗闇を裂く。 次いで現れた銀刃を、椿がパシリと受け止める。 前方から飛ばされた銀刃は星灯りによって鈍く輝いていた。 「全く、これで何度目だ」 椿が珍しく感情を露にしてうんざりと呟く。 「これで八回目かな?」 月下も苦笑いで呟いた。 前方から銀刃の後に現れたのは、数人の男達だ。 痩せた男もいれば、肥えた男もいる。 全員に共通するのは、瞳がギラギラと光っているところだろう。 そして一様に曲刀を持っている。 「山賊ね」 月下が至って冷静に呟く。 零宵国陽逆の地。 椿と月下は、この地に入ってから通算八回、こういった賊に会っている。 そもそも痩せた土地で、農業がうまくいかない場所だ。 近くに鉱山があるわけでもなく、仕事が多くあるわけでもない。 この地方で一番問題のある地だ。 そんな土地柄、仕事もなく路頭に迷った男達が山賊や盗賊になり、それがまた一つの問題となっている。 彼らが村を襲い、そこでまた路頭に迷う人が増えると言う悪循環だ。 「さて、行くか」 馬を降りた椿は、背にある太刀の柄に手を掛けた。 すっ、と独特の構えを取る。 腰を低く、太刀を片手で頭上に構えた、不思議な型だ。 「椿、一人でいい?」 それは最早、問い掛けでなく確認。 その証拠に、月下の顔に焦りは全くと言っていい程ない。 先に動いたのは山賊の方だった。 雄叫びを上げながら椿に向かって山道を駆ける。 「相変わらず、弱いな」 小さく呟いた。 構えた太刀が、一瞬だけ姿を消し、一瞬だけ宙を舞うようだった。 肉が斬られる生々しい音がして、男の一人が倒れる。 椿の側を花のように鮮血が舞った。 まさに早業。 最早、肉眼でそれを認識するのは不可能に思える。 男達は、椿の動きを見ると即座に去った。 椿は太刀を一度振り、血を払った。 そのまま鞘にしまい、何事も無かったかのように、馬に乗り込んだ。 月下も馬と戯れていたようで、山賊に襲われたとは思えないほど緊張感が無かった。 何故、彼女達がここにいるのか。 それは、数日前に泊まった村の事件に関与しているであろう、役人の言葉だった。 『あの場所を追い出された』 気が動転していたのか、正気ではなかった役人が、椿に切られる間際言ったものだ。 陽逆にやってきた理由を詳しく知るのは、提案者である椿だけだが、目的は『あの場所』を探し当てることにある。 陽逆と言う名は、零宵国に強く根付く、陰陽の考えによるもの。 単純に、負の気である陰が強いこの辺りで、陽の逆と言う字をあてたのが、始まりと言われる。 次の日になって椿達が辿り着いたのは、陽逆唯一の村である朴玻村。 観光客など見向きもしない陽逆では、朴玻村にある店の状態も知れたものだった。 昔は名前の通り、玻璃工房があった筈だが、今は勿論廃れている。 「手厚い歓迎ね」 月下が皮肉を溢す。 遠巻きに不審がる住民に、彼女は苦笑うしかできなかった。 これでは泊まるところを見つけるのも困難そうだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |