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鳳凰戦華伝



またも客は眼を見開く。


如何にも浮世離れした雰囲気の椿よりも、どちらかと言えば普通の村娘と言った風情の月下が危機を回避したとなると、それはそれは大きな驚きがあった。


豪快に入り口へでんぐり返した男は、案の定大の字に伸びている。


「女、何者だ」

すっかり酔いが冷めた男達は、ようやっと彼女らを警戒したようだった。

しっかりと、隙のないよう剣を構えれば、それなりの場数を踏んでいるように思えた。


そんな様子を見ても、椿は余裕の表情を崩さず、凄絶に笑い掛ける。

「我が名は花椿。……帰って、領主に伝えろ。覚悟しておけ、とな」

月下の穏やかな微笑みが一変し、妖しげな微笑へと変わる。

「私は月下。花椿様に付き従い、彼女を助ける者」


酒の力が無くなった男達は、迸る殺気を感知すると、伸びた男を担いで一目散に逃げ出した。

民家と店に挟まれた狭い道を全速力で駆けていく姿は、何とも滑稽だ。


走り去った男達を、村民は興味深そうに眺め続けた。
その一瞬後、わっと歓声が沸き上がる。



そんな村民の様子を見ていた椿は、一つ笑うと店の隅でしゃがみこみ怯えている店員の娘達に歩み寄った。


「この店の責任者はいるか?」

なるべく穏やかに、厳しい口調にならないように問えば、店員の娘達は顔を見合せ、一人の男性を指し示した。


椿はその手が向かう方向に眼をやって、男性を見つけると、おもむろに自身の首の飾り物を引きちぎった。


「店の中で暴れて済まなかった。これは詫びだ」

そう言いながら、飾り物を男性に向けて放り投げた。


上手くそれを取った男性は、手の中の物を見て仰天する。

それは、零宵国内では滅多にお目にかかれない、東の国の物だった。

象の牙を飾りとした物で、それには自分の身を守ってくれると言う伝説がある。
零宵国では数十万程で取引される代物だ。

富裕層の者か、あるいは商人でもなければそうそう手にする事はないだろう。


「あ、あの……!花椿殿!月下殿!」

詫びとしては些か、否、かなり貰いすぎだと思ったのか、その男性は、歩き出そうとしていた椿や月下を呼び止めた。


くるりと振り返り、男性を見つめた二人の顔には、確実に疑問の色が浮かんでいる。


男性は、若干尻込みしながらも、しっかりと用件を伝えた。

「これでは、お詫びとして私が貰いすぎです。えーっと、ですから、お詫びのお詫びとして、私達が料理でもお出ししましょう。えーっと、いかがですか?

なかなか利発な男性のようだ。
中年ほどの外見の男性は、弱気らしい笑顔を浮かべながら、椿達に提案した。
しかも、ちゃっかり象牙は手に入れる気だ。


驚く二人を置いておきながら、村民や店員は賑わい、祭り上げるように二人を連れていった。


「月下、なんとかしてくれ」

かなり疲労を感じている椿は、人々に揉まれながら月下へと声を掛けた。

対する月下はそれなりに楽しげだ。

「あら、いいじゃない。美味しいもの食べさせてくれるって言うんだから」

月下は根っからの美食家だ。
美味しいものが好きなのは勿論、それに関してはかなり煩い。



そうなると椿は耐えるしかないのだった。













嫌と言うほど食材を腹に詰め込まれて宿に戻った二人は、各々の時間を過ごしていた。


あの後、店を片付けてから行われた宴会には、あの場に居合わせた者のほとんどが参加していた。


確かに店主が作る料理は相当のものであったし、月下でさえ舌鼓を打った。

あの店が人気店と言うのも頷ける。


しかし、いくら美味な料理であっても限界があるのである。

その限界を簡単に突破した椿は、今は一人で、もらった酒を味わっていた。

喉を焼くような味が、夜風とよく合っていた。



月下はあれだけ食べたにも関わらず、腹が減った、と外に食べ物を買いに出ている。

断っておくが、月下が食べた量は椿の比ではない。
椿が五皿完食したなら、月下はざっと二十五皿完食している計算だ。


あの体のどこにあの量の食物が入るのか。そして思うに、体型が変わっていないように思うのは気のせいだろうか。

それが椿の思う、月下七不思議である。









そろそろ日付も変わる頃だ。
いまだ月下は帰って来ていない。


心地いい微睡みが椿を襲う。

さすがに疲れているのだろうと、椿は眠気と闘うこと無く、その瞼を落とした。








鼻歌を歌いながら、月下は宿屋への帰路に着いていた。

手には紙袋を二つ。
かなり上機嫌なようだ。

「これで暫くは、食料に困らないわね」



夜も冷える頃、月下は近道をしようとして裏道に入った。

明らかにガラの悪い男と何度かすれ違った。
勿論、月下はそんなもの気にも止めていない。

軽い足取りのまま、裏道を抜けようとした。




不意に、彼女の耳に話し声が届く。

足を止め、耳を澄ますと話し声の元は一つの酒場だった。

表の道にあったような酒場ではなく、裏家業に手を着けていそうな者がたむろする場所だ。


「あの男達は……」

月下はその中の一角を見つけると、物陰に隠れて耳を澄ました。

周りの喧騒に掻き消されそうになりながら、月下の耳には確かにその声が届いていた。


「おい、てめぇら。あの女共、どう思う」


「あぁ、さっきのか。あいつ等、俺達に恥掻かせやがって。女のくせしやがって」

「なぁ、仕返ししてやらないか?俺等に逆らうとどうなるか、思い知らせてやんなきゃなぁ」

「お、いいなそれ。んで、その後は人買いにでも売るか。顔は良かったから、ぜってぇ高く売れるぜ」



下卑た笑い声が月下の耳に入った。

「やっぱり、さっきの屑役人共だわ。どうなるか思い知らせる?出来るものなら、面白そうね」

物陰から立ち上がり、ここで倒してしまおうかとも考えた。

だが、すぐに思い直し、男達を確認してから、足早に宿屋へと戻っていった。



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