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短編
遥か過去の海



夜空を見上げれば、憶千の煌めきが広がる。地上では、月に照らされた深い蒼がゆらゆらと波打っていた。

それと同じ深い蒼を持った人が波打ち際にいる。
否、「人」ではない。この世界に存在する「精霊」と言う種だった。

精霊の中でも海を司る者。それが彼女、セイレーン。
海精霊セイレーンは自身の故郷とも呼べるその場所を、眺め続けた。


「海は万物の母、とはよく言ったものだ」

見掛けよりも、大分印象が違う呟きが溢される。
自嘲を含んだ笑みと共に出されたそれは、彼女の周囲を妙に重苦しくした。

事実、美しい筈の海の砂浜は、そこここに散らばる人によって無惨に彩られている。

人の手には、細い剣。海を眺めるセイレーンの手にも、血濡れたそれが握られていた。

不意に、ザッと砂が鳴った。
新たな人が現れた事によって砂同士が擦れる音。

「何故、殺戮を続ける?海精霊よ」

現れた人は、低い男性の声で静かにセイレーンに問いかけた。
周囲の人はセイレーンがやったものだと知れた。それと共に、これが初めてではない事も。


セイレーンは先程とは打って変わって、女性らしく微笑んで返す。

「何故?貴殿方がそれを問うのですか?我等の故郷を汚し続け、挙げ句には我々を人魚とし、狩ろうとした貴殿方が?」

嘲笑を投げ掛ければ、男は黙り込んだ。

「返す言葉もない……」

小さく絞り出された声は震えていた。
セイレーンはその様子に、何かを感じる事もなくふっと笑って無感情に続けた。

「……私の中に僅かに存在する慈悲で、問いに答えて差し上げましょう。貴殿方に殺されてしまった生命を共にした仲間の為に私は戦うのです。
貴殿方が、自身を見つめ直さない限り、貴殿の言う私の殺戮は永遠に続くのです」

瞳には鋭く蒼い炎が灯っているように思えた。
無感情のようにも見える瞳は、哀しみと復讐の色を燃やしていたのだ。

男は黙って聞いていた。その瞳を真っ向から見返せるほど、自身に誇りを持つ事は出来なかった。

「分かったら、速く立ち去りなさい。この場所は聖域。人が足を踏み入れていい場所ではありません」

投げられた言葉に、男は立ち去るしかなかった。
これが初めてではないことなど重々、承知だ。
だが、人は強くはないのだ。


鋭い剣のような声に言い返せるほど、適切な言葉は見つからなかった。



セイレーンは散らばる人を避けながら、海に戻った。

月はせせら笑い、海は嘲笑う。





それはまだ、この世界フィンリスで精霊と人間が共存していない時代。



王女が生まれるずっと前。海精霊が海精霊王でなかった時。




そして、あの男が王位を継ぐずっと前。





セイレーンが今の双子の王女に出会うまで、彼女は闇の中で生きた。






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