短編
失ったもの(紅林ルウ様リクエスト)
これは、星の物語。
夜空にある星。
昼に気付かれない星。
あまりにも小さな星。
数億の星々の中、一際輝く星がありました。
「消失オリオン」
星の世界の一つ。オリオン座。
巨人オリオンが星座になったとされるもの。
彼、オリオンは、静かに湖の水面を眺めていた。
憂いを帯びた美しい顔。
たなびく金の髪。
巨人とされるオリオンだが、この星の世界ではそれも定かではないものとなる。
「オリオーン!」
ふとオリオンを呼ぶ高い声があった。
「アルテミス」
少女はアルテミスと言うらしい。
美しい黒髪と抜けるように白い肌。また、それに目立つ澄んだ蒼い瞳。
オリュンポス十二神の中の一人である。
「どうした?アルテミス。こんな場所まで来ては、兄君が心配するぞ?」
「問題ないわ。アポロンはお仕事で忙しいもの。ばれないわ」
呆れたようなオリオンの声は、溜め息を吐かざるを得ないと言うものだ。
アルテミスはオリオンとは反対に、高い可愛らしい声で、悪戯っぽく笑う。
「アポロンも君のような妹を持って大変だ」
「どういう意味よ!オリオン!」
機嫌を損ねたアルテミスは、膨れっ面でオリオンに抗議する。
オリオンの方は、くすりと笑みを溢した程度で相手にしてはいなかったが。
アルテミスには、双子の兄がいる。
アポロンと言う彼女の兄もオリュンポス十二神の中の一人だ。
オリュンポス十二神とは神々の神殿、オリュンポスに住まう神のこと。
強い神力を持つ神だけが、その名を冠する。
その十二神であるアルテミスとアポロンは、オリオンの親友でもある。
「で、何の用か?」
「ああ、忘れてたわ!はい!これあげるわ」
両の手を器のようにして差し出された中には、小さな星屑が数粒。
「何だ?これは」
「見れば分かるでしょう?星屑よ」
「いや、そうではなく」
(何のためにと問いたいのだが。意味を取り違えたらしい。)
オリオンは内心、盛大に溜め息を吐いた。
そうしている間に、無理矢理に手を取られ、中に星屑を落とされる。
「どうしろと言うんだ」
「それは後のお楽しみ。さ、戻りましょう。アフロディーテ様が、呼んでいらっしゃったわ」
「あぁ」
オリオンは手元にあった小瓶に星屑を入れ、立ち上がる。
既に走っていくアルテミスを追うように、草原を歩んでいった。
オリュンポス宮殿。
そこに、美の女神アフロディーテはいた。
「何か御用ですか?アフロディーテ様」
「いえ、ご一緒にお茶でも如何かと思いまして」
まさに美の女神に相応しい、輝かしく優雅な微笑みを女神アフロディーテは見せる。
「またですか?」
片膝をつき、胸に手を当てた忠誠を表す格好をしたオリオン。
さしもの彼も、アフロディーテの言葉に溜め息を吐いた。
今に始まったことではない。
彼女はよく、オリオンと茶を飲む。
アフロディーテは美しくとても優しい人柄であったが、それと同時に不思議な人でもあるのだ。
ニコニコと笑っているアフロディーテを前に、オリオンは大抵負ける。
彼女と茶を共にすると、これでもかと言うほど様々に、飲食を勧められる。
そのどちらも、極上の味なのでその辺は問題ないのだが。
あまり甘味を好まないオリオンには正直堪える。
それをアフロディーテも知っているのだが、全く容赦がない。
仕方なしに、その日の午後をアフロディーテの茶会にて過ごした。
幸せな時だった。
いつまでも続くと信じていた。
そんなものは……
夢であり、幻だった。
そして、事は起こった。
「アポロン。オリオンを知らない?」
「いや、見ていないな」
「そう……」
可愛らしい顔に翳りがある。
それを、訝しく思ったアルテミスの双子の兄、アポロン。よく似た容姿が、疑問に染まる。
「どうかしたのか?」
「あのね、オリオンがどこを探してもいないのよ」
「オリオンが?ポセイドン様のところは?」
反射的にでるようになった典型的な疑問の問い。
その答えを聞いたアポロンは、オリオンの父の名を出す。
「ポセイドン様も見ていないって。オリオン、お仕事を放棄するような人じゃないのに」
「確かにそうだ。……よし、私も探そう」
アルテミスがあまりにも心配そうな顔をするので、アポロンも椅子から立ち上がり、オリオンの捜索に乗り出す。
「ありがとう。アポロン」
「オリオンは私達の親友だからな」
にこりと笑って、二人は外に出る。
それから、アルテミスとアポロンは、様々な場所を回った。
途中、オリオンの父であるポセイドンや、主であるアフロディーテ、他にも沢山の人や神々、獣達が捜索に参加していった。
手分けして探していたところ、アルテミスは彼がよくいる湖にたどり着く。
一度、探した場所であるはずが、何かに導かれるように、この場に足が向いた。
「オリオン………」
アルテミスはとても悲しそうに、オリオンの名を呟く。
しばらくその場に立ち続けるが、どうしようもない。
故に彼女は、体を反転させ、戻ろうとした。
『愛情か?』
闇に覆われるような感覚を彼女は覚えた。
「誰?!」
地の底から響く声は、聞き覚えがある。
『久しぶりだな?狩猟の神アルテミスよ』
「何故、貴方のような者がここにいるの。ルシファー!!」
『我が名を覚えていて下さったとは光栄だ』
闇から姿を表したのは、かつて天使であったルシファーだった。堕天使となった今は、魔界を治めるいわば王だ。
『さて、アルテミスよ。現在、天はオリオンを探しているらしく。』
「そうよ。それが何か?今は貴方の相手をしている場合ではないの。早々に帰っていただきたいわ」
アルテミスは、怯える心を隠してルシファーを睨み付ける。
いつの間にか、空は暗い夜となっている。
『お前達が探している者に会わせてやろうと思ってな。
お前達の探すオリオンならば、ここにいる』
ルシファーの言葉と彼の後ろにつく男性を見て、アルテミスは目を見張った。
「オリ…オン?何で……」
澄んだ明るい金の瞳。
たなびく薄金の長い髪。
優しい顔。
それらは今、見る影も無く。
金の瞳は、周囲を取り巻く闇夜を思わせる漆黒。
薄金の髪は、鴉のような黒へ。
瞳には何も写さず。
佇まいは、死神の如く。
携える鎌。暗い容貌。
その優しかった顔に、表情は無い。
何故、瞳が暗いの?
何故、髪が黒いの?
何故、笑っていないの?
何故、輝いていないの?
何故……笑い掛けてくれないの?
「オリオン?どうしたの?一体、何があったの?」
『今、オリオンは俺の部下だ。驚いた事に、自分から申し出てくれた』
ルシファーは、深い暗闇を思わせる笑顔を張り付かせる。
対峙するアルテミスの表情は、絶望に満ちながら希望を探そうとしているようだ。
「嘘よ!!オリオンは、そんな人じゃない!!」
『嘘を吐いて何になる?お前に嘘を吐いたところで、何の利益が得られる?』
アルテミスは押し黙った。
今の自分では、オリオンを説得するのは無理だと悟ってしまった。
彼女の希望探しは終わってしまったようだ。
「そんな……オリオン。私、まだ…貴方に」
『やはり愛情か。くだらん。戻って神々に伝えろ。お前達は、いずれ滅びるとな』
出来損ないを見捨てるように服の布を翻す。
バサリと音が鳴り、闇へと消えた。
そのルシファーの後に続くように漆黒に染まったオリオンも闇へと消えた。
アルテミスは一人、湖のほとりに残され、声を大にして泣いた。
「私、まだ…貴方に伝え…てない…のに。おめでとうって…言えて…ない…のに!どうすれば…いいの!!ねぇ!誰か教えてよ!!?ねぇ!オリオン!!……………誰か、答えてよ」
時々嗚咽が混じり、ほとりに生える草を握りしめて、泣き続けた。
中々戻って来ないアルテミスを心配したアポロンが、探しに来るまで、アルテミスはとにかく泣き続けた。
湖のほとりには、アルテミスが渡した星屑が落ちていた。
彼女の神力で出来た、数粒の星屑が。
地上、星を見上げれば気付くだろう。
その時期、空に輝くはずのオリオン座が無いことを。
その日、オリオンは消失した。
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