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短編
2日の猶予




ここに書くのは、あの時の出来事。
一瞬にして未来を奪われた、あの娘の事を。


未来永劫、私は彼女を忘れないように、ここに記します。





「2日の猶予」






ある日の事。


ある母親の大切な娘。その娘の名を美歌。彼女には妹が一人、その子を光希。
仲のいい家族だった。





「お母さん。まだ〜?早くしてよ。入学式始まっちゃうじゃん」
「はいはい。心配しなくても、まだまだ時間はあるわよ」

新しいランドセルで、可愛らしいピンクのちょっとよそ行きのワンピース。

玄関でぴょこぴょこと跳ねる足には、黒い革靴。

美歌の小学校の入学式だ。

少し長めの母親の支度に焦れて、歩いてくる母親に向かって大声で叫んでいる。

そんな娘に、母は苦笑い。



ガチャリとドアを開けて鍵をかける。

マンションの階段を降りながら、他愛もない話を続けていた。

「それにしても、美歌も小学校一年生かぁ。う〜ん、信じられん」
「ひどいなぁ。まるで私がまだまだ子供みたいじゃない」
「まだまだ子供でしょ」

母親の言葉に聞き捨てならないと声をあげた美歌だったが、母親の切り返しに敵わず、押し黙った。
僅かに頬を膨らませている。

「ほら、そんな顔してちゃ駄目じゃないの。後でお父さんも来てくれるって言うんだから」
「むぅ・・・」

いまだふてくされた顔の美歌に再び苦笑いを返して、娘を笑わせる為の最後の手段に出た。

「ほら、笑いなさいってば。・・・・あ、そうだ。入学式終わるまで笑顔でいたら、帰りにケーキ屋行こっか」

それにぴくりと反応した美歌は、疑っているように母をにらみ上げた。

「ホントに?」
「勿論」
「・・・約束だからね?!」
「はいはい。約束ね」
ようやく機嫌を直した美歌に三度の苦笑いをして、笑顔で走り出した娘を追いかけた。




その日の美歌はえらく上機嫌だった。
大好物のケーキを食べさせてもらえた事と、新しい友達ができた事。
そして一番大きい理由が、小学校に上がった事で一人前になれたと言う事実。

実際、そんな事は無いのだが、小学校に入りたての子供にはよくある事だ。



しかし、上機嫌はいつまでも続くものではなかった。

いつからか、学校から帰ってきた美歌の顔が暗くなっていった。

さすがに母も心配になり、帰って来る美歌にしきりに質問した。
「ねぇ、美歌。学校で何かあったの?」
「別に、何にも無いよ」
返事さえ素っ気ない。

何にも無い訳ないだろうと思うのだが、子供の強がりを下手に疑っては、機嫌を損ねかねない。


「どうしたっていうのかしら。全く」
心配そうな声を美歌の背中に投げたが、朝には意気揚々と学校に向かうので、大した心配はないだろうと判断してしまった。










やがて時は過ぎる。



美歌が小学校に行き初めて、約五ヶ月が経った。

それなりに友達もいて、成績も悪くないらしい。
しかし、美歌の暗い顔は全く無くならない。


そんなある日、学校から呼び出しがあった。



学校の応接室で、美歌のクラスの担当教師が重々しく口を開いた。

「実は・・・そちらのお子さんが、いじめを受けていると言う話を聞きまして。」
「いじめ・・・?美歌は、娘は何かしたんですか?!」
「いえ・・・。そういった話は聞いてませんが。・・・・・とにかく、ご家族の中でも、話を聞いて上げて下さい。」
「・・・・・・分かりました。ご用件はそれだけですよね。それでは、失礼します。」

母親は至って冷静にいい放った。
それこそ、端から見たら冷淡に見えるほど。
それを聞いた若い担当教師は僅かに身を引いた。









その日の夜は、ひどく陰鬱としたものだった。
それと言うのも、美歌自身が何も話そうとはしないからだ。

どんなにきつく問いただしても、彼女が語ることは無かった。



その沈黙ははたして何を抱え込んだのか。
怒りか。

否。

悲しみか。

それも否。

苦しみか。

それもまた否。

憎しみか。

おそらくは否。


その答えは、彼の時代の彼女に聞かねば分かるまい。

敢えて答えを出すのなら、おそらくこうだ。

彼女は、"何も感じはしなかった"












美歌が何を抱え込もうと、時間は過ぎ行く。

結局、小学校の時代の話を中学生になった美歌から聞くことは、
ただの一度も無かったのである。





そうして、来てしまったのだ。

あの日は・・・・・。




それは暑い夏の日の事。

中学生となった美歌は、夏休みを満喫するべく、ぷらぷらと何をするでもなく、ただ歩いていた。




駅近くの交差点を曲がろうとしたとき、




時は来てしまった。





キキーーッ




辺りに響くブレーキ音。
横断歩道の上に広がる色。

それは、赤、朱、緋、丹。

どの"あか"でも言い表せない。



少女、美歌は奪われた。
非情な神の手によって。









「即死でした。我々も手を尽くしたのですが、此所に運ばれてきた時にはもう・・・・。」

白衣を着た男が重々しく口を開いた。
白衣を着た女性も顔を伏せる。




美歌。享年十三歳。


信号を見誤った車が、彼女に激突。
少女は即死。


父と母と妹の目に、涙は無い。
時に母は狂ったように泣き叫ぶ。ただ娘の名を読んで。
父は、式を滞りなく済ます。取り乱す事もなく。
妹だけは、事実を飲み込んだ時、ただ泣いた。泣き続けた。

葬式、告別式。
そういった類いは冬の上流の川のように過ぎていった。








ここからは、奇跡を話すこととなる。







娘、美歌は死んだ。
しかし、声を聞いた。


『聞け、娘よ。お前の人生、ろくなものではなかっただろう。



望め。


さすれば我、汝が最期の願い聞き届けん。』
男とも女とも取れない。
老年か若年かさえわからない。


死んだはずである美歌は弱々しく小さく口を動かした。

『その願い、聞き届けよう。


汝が魂に2日の猶予をやろう。


行って為すべき事をせよ。


目を開ければ、そこは、お前のよく見知った場所だ。』




美歌はゆっくりと目を開けた。


視界に映るは、見知った家。
驚きを隠せない愛する家族の顔。


少女、美歌は生き返った。
2日の間だけ。









生前と同じ姿で語りかける美歌は、家族にこう言った。

「私ね、いきなり死んじゃったでしょう?だから、神様に無理言って2日間だけここに戻してもらったの。
私が今までお世話になった人と会うために。」

彼女が話すそれは、人間の理解を越えている。

しかし、彼女が此所にいるのは、確かに奇跡だ。
信じざるを得ない状況ということだ。

そして何より、家族は美歌が此所にいること。それが何より幸福だった。



「わかったわ。美歌を、私達の娘を信じましょう。」

母はいい放った。
それは優しく、美しく。慈愛に満ちた母親の眼差しを以て。

「俺達の娘だからな。」
父もいい放った。
それはおおらかに強く。
まるでお前はいつまでも私達の家族だと言わんばかりに。


「あたしもお姉ちゃんのこと信じるよ!!だって自慢のお姉ちゃんだもん!」

妹もいい放った。
それは明るく高らかに。
まるで、闇を切り払う一筋の光のように。


「ありがとう」
姉はいい放った。
それは嬉しそうに泣きそうに。
まるで全ての事象に感謝するように。




一家の動きは早かった。
早急に予定を立てて、すぐさま出掛けた。



本来であれば、全てを語るべきだろうが、一家が挨拶したのは軽く二十を越えたため、話すべきを話そう。



まずは、学校の級友。

「ごめんなさい。ごめ・・・なさい。私・・・・ひっく」
「本当に・・何を言ったら・・・うぅ。ひっく。本当にごめんなさい」


美歌が学校に来て、すぐに反応したのは、小学校の時、美歌をいじめていたと言う数人の少女達。

美歌の前に崩れ、泣きながら叫んだ。
さながら亡者の声のようではあったが、完全なる反省の念。


詳しくは知らないが、教師がいじめと取った行為は彼女等にとって、ただの遊びであり、暗い顔をしている美歌を励まそうとしていただけだそうだ。


母も「だから、学校に行くときは嬉しそうだったのね」と一人納得していた。


「いいよ。気にしないで。私は気にしてない」
「本当に?」
「うん。本当。ありがとうね。こんなに必死に謝ってくれて。・・・・・・皆、私、もう行くけど、元気でね。
また会おうね」

そう言って学校を後にした。





次に訪れたのは、祖父母の家。

「おばあちゃん。おじいちゃん。ありがとう。また来たとき、お菓子ちょうだいね。今は・・・時間がないから。」
「もう行くのかい?もう少しゆっくりしていったら?」
「ごめんね。ありがとう。・・・・また遊んでね。暇になったら来るよ」

祖父母の家にいたのはたったの五分だった。



その日は、特に親しかった人を手当たり次第に訪ねた。


その日の夕食は外食だった。






2日目。

この日は多少、縁のあった人をまわった。


この日の最後の挨拶は美歌のかけがえのない家族だった。


「お母さん。ちっちゃい時、色々迷惑かけたね。ごめんね。大変だったでしょ。これからはちゃんと家事も覚えるから。」

母は目を細めてにっこりと笑った。

「お父さん。勉強教えてくれてありがとね。テストの点良かったよ。後、ドラムとかギターとか今度教えてね。友達がバンドやりたいんだって。」

「もちろん」
短く父は答えた。
ただ笑って。


「光希。貴方は、いろんな才能があるからって、途中で投げ出したら駄目だよ。ちゃんと最後までやりとおしなさい。」

「分かった。大丈夫だよ。お姉ちゃん。」

明るく妹は答えた。
後に光希は、歴史に名を残すことになる。


昨日の夜、美歌が来たのは、0時だ。

今は11時58分。
2日と言うことはあと二分だろう。


「みんな。大好きだよ。向こうに逝ってもまた会えるよ。

私達は切れない絆で結ばれてるはず。
家族の絆でね。

だから、私を忘れないで!!ずっと覚えていて!


そうすればきっと、ううん、絶対また会えるから!!!!」


美歌の体が白い光となって消えた。
後には何も残らない。

この時初めて、父と母は泣き崩れた。
一晩中ただ泣いた。












気付いただろうか。



美歌は、誰にも「さよなら」を言わなかった。



なら、彼女は何を言った?



こう言ったのだ。







「また会おう」






そう。また会える。

私達は切れない絆で結ばれているから。



『ただいま。お母さん』
「お帰り






・・・・美歌」

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