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精霊輪舞〜姫君見聞録〜
〜三滴 運命姫君〜


双子姫達は、運命的な出会いを果たす。

世界を揺るがす程の出会いであるとも知らずに。







「〜三滴 運命姫達〜」










レンジェクト王国の双子姫、アリアスとルディアは名を変え、精霊契約士としてローライズ峠の麓の村で仕事をこなしていた。



「ルティ!起きて頂戴!ルティ!」

朝早く、姉姫のアリアスの声が上等な宿の部屋に響いた。

呼ばれた妹姫のルディアは、ベッドの中でくぐもった声を上げ起き上がる。


「おはよ〜。アリア。」

「おはよう。ルティ。遅いお目覚めね。」


起きてきたルディアに、アリアスは軽い皮肉を溢した。

すでに覚醒したルティは着々と着替え始め、美しい金色の滝のような髪を流し、短めのドレスを棚引かせる。

「うるさいわ。眠かったのよ。」
「誰だってそうだわ。ほら、仕事しましょう。朝の方が、精霊達も活発だわ。」





そうして二人は、窓から外に出た。




「う〜。山の麓って寒いわね〜。朝だし余計に。」

アリアスもルディアも、身を縮こまらせ首もとのマフラーを引き寄せた。



「で、どうするの?ルティ。」

薄色のマフラーのすそを弄びアリアスは聞いた。

「まずは、炎精霊の気配を探るのよ。スィリ。手伝って頂戴。」

『もちろんですわ。ルディア。我が力、お貸ししましょう。』

ルディアの後ろに現れた美しい女性。
水色の輝かしい光を放ち、さらりと足首まで流れる髪さえ神々しい。

精霊種の一つ、水精霊の精霊王スィリーセイだ。
ルディアの契約精霊である。

相反属性にある炎精霊の気配は、水精霊であるスィリーセイが一番敏感だ。


ルディアは一つ頷くと、一言一言噛み締めるように、呟き始めた。

「さぁ、答えよ。我は水精霊の契約者。相反せし炎の力。水精霊、スィリーセイの力により我が前に示せ。」


水色の光がルディアの周りを囲み、スィリーセイが赤い光を周囲に散らす。


やがて、水色の光と赤い光がルディアの手元に集まり、ある姿を写し出した。


「いるわ。ローライズ峠の中腹辺りかしら。行きましょう。」


手元の光の玉を見ながら、ルディアは言った。
アリアスも先に進んだルディアを追って歩き出す。





村を出てから十分程で、ローライズ峠に着いた。

乾燥からの山火事の対策として、麓の村から峠までは、それなりの距離があるのだ。



「余計に寒いわよね。これ。」

アリアスが珍しくぼやいている。
さすがに寒さには弱いようだ。
ルディアも渋い顔をしている。



冷たい風に当たっていながら、着実に峠を登っていった。

「それにしてもねぇ、レーン。」

『はい?』

アリアスが新たな名を呼ぶと、濃い青色の光を放つ女性が現れた。
スィリーセイと同じく足首まである髪は、複雑に結われている。纏う青い衣服が風に吹かれてたなびく。


アリアスの契約精霊で、海の精霊王 セイレーンだ。


「炎精霊ってそんなに暴走が酷かったかしら?」

前を向いたまま、セイレーンに問うた。

今回の連続発火事件は、炎精霊の暴走ではないかと見当付けられた。

山火事にしては被害件数が多く、普通の火では燃えにくい材質の家の壁。
異常な燃え移りの速さ。
以上がそのように見当付けられた理由である。


ただ、それが火精霊の暴走にしても酷すぎるのだ。

『私達よりは、激しいですよ。力の強い種ですから。見境なしに発火が起きるような事はないと思いますが。』

「やっぱりねぇ。」


アリアスは答えを聞いて溜め息を吐いた。

いくら名高い精霊契約士と言えども、ほとんど自然現象に近い精霊の動きを観測するのは不可能に近い。

第一、人間より遥か昔に現れた精霊は、人間よりも優れている。それの全てを知れと言うのも無理な話である。


「仕方ないわ。一番反応が近い場所に行かなくてはね。」

何か決定的な理由がでてくるかと思ったら、大間違いだった。

諦めて、妹の後を早足で追い始めた。











「この辺だわ。」

峠の丁度中腹、ルディアは動きを止めて手元にあった光の玉を消した。
パキンッと音がして、割れるようになくなった。


「て言われてもねぇ。」

その場所には、休憩のための小さな小屋とちょっとした広場がある程度。
炎精霊の気配があると言われても、悩んでしまう。

そもそも気配は目に見えるものではないので、感じとるしか方法が無い。

稀に持って生まれた能力として、精霊の力を視認する事が、出来る者もいるらしいが、残念ながら彼女達はそこまでではない。



「どうしようね。アリアス。」

困り続けても仕方がないので、ルディアはアリアスに知恵を借りようとした。

アリアスは、聞かれて考えるような動作をとった後、辺りにある木々に視線を向ける。

「そうね。騒ぎがある精霊に聞いてみたらどうかしら?きっと何か知っているはずだわ。」


発火事件のあった村には、忙しなく騒ぐ精霊種がいくつかあった。
主に、水と風、緑の精霊。

水は炎を敵とし、緑は炎を恐れ、風は炎を助ける。
そういった炎に関係性のある精霊種が、ざわざわと動き始めているのだ。
これらは、精霊の本能と言った動きである。

「そうね。先ずは…風からいってみましょうか。」

アリアスが緩やかに微笑み、ルディアを促す。
先程から力を使いまくりのルディアは渋い顔を浮かべ、広場の中心で再び呟き始めた。


「答えよ。風の力を持ちし精霊よ。汝らが助けし炎の力、我が前に示せ。」


ふわりと黄緑色の光が辺りから立ち上った。
そのうちに、クスクスと笑い声が聞こえるようになる。


『あらぁ、契約士さん?はじめまして!』

掌サイズの小さな女の子が、ルディアとアリアスの前を飛び回った。

様々な姿形を持ったものが多く、くるくると笑う快活なものだかりだ。


どの精霊種も精霊王ともなれば、人形をとることも出来るが、普通の精霊は掌サイズだ。


『で?ご用は何かしら?』
『やぁだ!呼ばれた時に言ってたじゃないの!』


キャハハハと言った高い声が響き、笑い声が充満する。

「炎精霊が動いたわよね?何故?」

アリアスが抑揚なく聞けば、風精霊の声がぴたりと消える。


やがてある一匹が言う。

『王がいたって話よ?』

周りと比べて落ち着いた風精霊が、それを言った。

『王?!うっそ!ほんと!?』

驚いたようだが、嬉しそうにも見える。

「王とは……炎精霊王?」
『えぇ、そうよ。我らの王が仰っていた。』

アリアスの顔が険しくなり、瞳が鋭くなる。

「炎精霊王……。スィリ。知ってる?」
『よく存じています。我ら精霊王は、全て顔を見知っていますので。』

ルディアは後ろにいるスィリーセイに目を向ける。
答えは、辛く悲しい響きを含んでいた。


『やだ!水精霊王のスィリーセイ!?てことは貴女、レンジェクト王女のルディア?!』

スィリーセイが顕現したことで、静かだった風精霊達がざわざわと騒ぎ始めた。


精霊王と契約したものは、精霊界に名が広がる。
必然的にアリアスやルディアのことも広まっている。

「ルティ。何やってるの。騒ぎになるからレーンにも隠れててもらったのに。」

アリアスから咎めが入る。嘆息して、あきれたような瞳が向けられた。


「ごめんなさーい!うっかりしてたわ。」
ルディアも反省するように謝罪を示した。

『てことは、そっちはアリアスね!?』

止まらなくなった風精霊達は、忙しなく動き周り嵐のように姿を消した。


「あ〜、行っちゃった。」

ルディアは、溜め息を吐いて辺りを見回した。

「仕方ないわね。次は緑を呼んでみましょう。」

今度はアリアスが広場の中心に立ち、呟いた。

「答えなさい。緑の力を持つものよ。汝らが恐れし炎の力、我が前に示しなさい。」



今度は風精霊よりも濃い緑の光が辺りを包んだ。


やがて長い髪と独特の耳を持ったやはり掌サイズの少女が現れた。


『契約士ですか?』

風精霊を見た後だと、逆に静かすぎる程に落ち着いた者達だ。

風格のある女性の姿ばかりで、水精霊と近い雰囲気がある。
緑と水は友好属性にあたるので、それもおかしくはない。


「はじめまして。緑精霊さん。お察しの通り私は契約士よ。」

片腕を胸にあて、優雅に自己紹介をしてみせる。
濃い赤のドレスが強い風にはためいて、同じようにアリアスの長い金髪も弄ぶ。



『炎精霊の動きは、縦横無尽です。暫くすればまた、気配が消えてしまう。追うのでしたらお早めに。』

聞かれたことだけを簡潔に喋り、淡々と伝える口調は時と場合によっては、恐怖を感じることもあるだろう。


要件を告げた緑精霊は早々と消えてしまった。




「ですって。追うのでしょう?ルディア。」
「勿論よ。アリアス。」

互いに偽名を使っていたので本名を使うときは、不思議な違和感がある。

ふいにざわりと風が暴れ、二人の金の髪を弄び過ぎていった。

アリアスの赤いドレスとルディアの藍いドレスが揺れて、さざ波を作る。


二人は違和感を感じ、秀麗な眉を寄せて黙り込んだ。




「ねぇ、君達。」

気配がなく、いきなり声が聞こえたことで、アリアスとルディアは同時に後ろを振り向いた。


後ろにいたのは、二人より背の高い男性。
縛れるくらいの髪の長さは、レンジェクト王国では珍しい白髪。毛先は、薄く蒼くなっている。

身に着けている服は、平民のものだが優しい紳士的な、微笑みはどこか貴族のような雰囲気がある。

強い風に白髪が揺れ、緩やかに笑った口元が隠された。


「君達、何してたの?」

問いと共に柔らかく細められた銀色の瞳が異様な程に煌めく。

「えっ…と。」

ルディアが僅かに口ごもり、気まずそうに瞳を反らした。

代わりとばかりに、アリアスが答えを返した。

「ちょっと友達と話してまして。」

男性とためを張るぐらいの柔らかな微笑みは、聖母とみまごうほどのもの。

その腹の中に抱える思いは計り知れないが。


「そう。なら、いいんだけど。じゃあ、あれは俺の勘違いだったのかな?」

流し目で艶かしく、二人を見据える。
何かしら読めない雰囲気が周囲を取り巻いた。


「勘違い?」

ようやく口を開いたルディアは、怖いのか何故かアリアスの後ろに隠れている。


「いやね、ちょっと空気が揺れて、精霊が動いたような気がしたから。」


「!貴方…「ヴィオン!!」


アリアスが声を掛けようとしたら、全て喉から言葉を出す前に新たな声によってそれは遮られた。


ヴィオンと呼ばれた白髪の男性に掛けよってきた新たな声の持ち主の男性は、白髪とは対照的な黒髪。
ヴィオンよりも髪は短く、鋭い精悍な顔立ちも対照的だ。
同じなのは、アリアスやルディアより遥かに背が高いこと。


貴族的なヴィオンに対し、彼は庶民的と言えばそうなる。
ただ、整った顔立ちは如何様にも雰囲気を変える。
振る舞いのせいで庶民的に見えているが、ちょっと立ち方や立ち振舞いを変えれば、貴族的に思えるようなものだ。


「ヴィオン。いきなり走り出すなんてどうしたんだ?」

「精霊が動いた気がしたんだよ。ここのところ水と海の気が強かったから警戒してたんだろう?」





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