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精霊輪舞〜姫君見聞録〜
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なんだかんだ言って、気が合うみたいだ、とは、ルティの意見だ。
先程からほとんど話をしないジークを心配しながらそう感じた。

「ジーク。紅茶、おかわりいる?」
「…………」
「えっと、アリアとヴィオンさんて、結構仲良いよね。ちょっと驚いた」
「…………」

何を話し掛けても、無言で返される。
気まずくなって、皿の上に残ったままだった串焼きを再び手に取った。

「あーっと、これおいしいね。冷めても全然」
「ごめんな」

口に入れようとして、その言葉に手が止まった。

「俺とヴィオンが外で仕事してるときさ、他の子が一緒にいるのって珍しいんだ。俺らが契約してんのは精霊王だからかな、みんな怖がって結構遠巻きなんだ。僻みとかもあるしさ」

他の子とはアリアやルティのことだろう。
ルティは手持ちぶさたになって、とりあえず串焼きを再び皿に戻した。
あまり行儀はよくない。アリアがいなくてよかった。

「だからさ、ヴィオンもだけど俺も、あんたらみたいに同じ状況の子が一緒にいるの、すげぇ楽しんでんだ。だから、同じようにあんたらも楽しませてやりたかったんだけど、俺がこんなんだから、あんま出来てない。……悪いな」

漸くルティを見た表情は苦笑いを浮かべていた。
共にいたのはほんの少しの時間だが、快活に笑う彼を知っていたルティは、違和感を覚えた。
彼の影響力は強く、家族や自分たち付きの執事、メイド以外と深く関わった事のない王女に、新しい世界を思わせる。

ルティはそれを悪いこととは思わないし、悪いとも思えなかった。
彼女は変わることに対して寛容だ。

「あのね、私は楽しい。すごく。アリアもそれなりに、楽しんでると思う」

拙い言葉が、口をついて出た。
何を言いたいのか、いまいち自分でも分かっていない表情で、そのまま話を続けた。

「私達も、あんまり他の人と組んで、ってことはないんだ。私達が王女だって、知ってる人はいないし、そもそも知られちゃいけないし。宮廷精霊契約士の中では、あんまり上級じゃないしね。だから仕事にしても、何にしても、私の隣にいるのはアリアだった。だから、それが全然別の人って言うのが、新鮮で。それだけで、すごく楽しい」

新しい風は、彼女にとって非常に気分のいいものだった。
きっと片割れも、嫌な気分ではないはずだ。
生まれてこのかた離れたことのない姉は、城にいるときよりリラックスして見えた。

「だからね、気にしないで。私達、勝手に楽しんでるのよ。あっ、もちろんレーンハルトがいなくなったって事を楽しんでる訳じゃないよ?なんていうか、一緒に話したり活動したりって言うのが楽しい訳で……えっと、何が言いたかったんだっけ」

「……ッ、あっはははは!」

早口に捲し立てたルティに耐えきれなくなったのか、ジークは笑声を吐き出した。
きょとんとした顔のルティを乱暴に撫で、笑いが治まりきらない様子で、天を仰いだ。

「……ありがとな。ホント、あんたと居れて楽しいよ」

天に吐き出された呟きを、ルティは笑顔で受け取った。
華やかな笑みに、ジークが照れ笑いをした頃、スィリーセイが紅茶を注ぐ。

『二人を呼んで来ましょうか?』

鮮やかなそれを注ぎ終わり、ルティの周りをくるりと回った。
細かく水精霊の粒子が舞う。

「うん、おねがい」

笑顔で頷かれ、スィリーセイが姿を消す。
十秒も経たずに、小屋から二人が戻ってきた。
強い風に煽られた二人の髪が不思議なコントラストを描く。

二人に寄ってきて、ヴィオンが開口一番に相棒に絡んだ。

「反省会は済んだか?」
「うっせぇよ、バーカ」

言いながら、相方の脛を目掛けて足を蹴り出す。
ヴィオンは避けるでもなく、同じように足で応戦した。

「誰がバカだ、誰が。バカはお前だ、低脳」
「いくらなんでもひどすぎんだろ!」

じゃれあうような喧嘩を余所に、アリアとルティは入れたての紅茶を飲んだ。

「アリア。私ね、もう少し、この人たちと組んでたいと思う。この先何が起こるか分かんないけど、でも、何とかなるんじゃないかなって思うの」
「いいわ。ルティがそうしたいなら」
「アリア、嫌ならやめてもいいよ?最初、気乗りしなかったみたいだし」
「馬鹿言わないで。ルティが隣にいないなんて落ち着かないわ」

紅茶が無くなり、じゃれあっていた二人の視線がアリアとルティに向いていた。
視線を合わせ、お互いに微笑み会う。

「ジーク、フレイヤ霊峰に行ってみようよ。最強紋様を完成させるなら、レーンハルトはそこに来るはず」

椅子から立ち上がり、ジークの手を握った。
見上げるルティにきょとんとした表情で見返す。

「狂気から目覚めさせる方法が、無いわけではありません。フレイヤが最後のチャンスになるでしょう」

アリアは紅茶を飲む間にそう溢す。
ルティと話していた時とは違う、語りかけるような瞳がジークを貫く。

「ただ、とても危険です。極端な話ですが、今レーンハルトとの契約を解除すれば、貴方が
罪に問われる事はないでしょう。わざわざ危険を侵す必要はなくなると思いますが」

辛辣に突き刺さる言葉は確かに正論だ。
解約すれば少なくとも彼に責任はなくなる。
契約者のいない精霊の狂気、で済む。
災害はその後に止めればいい。さらに言うなら止める必要すら、解約後にはないのだ。

「……姉姫。俺はあいつを見捨てる事は出来ないよ」
「……分かりました。では、頑張りましょう」

カップをテーブルに置き、彼女も椅子を飛び降りた。

「アリアが、方法を知ってるらしい。明日にでもフレイヤに行った方がいいだろうな」

ヴィオンも気さくにジークの肩を抱き、彼なりの励ましを見せる。
相当仲が良いのか、肩を叩いたり乱暴に頭を撫で回す。

「では明日ですね。私は一度帰りますが、ルティはどうする?」
「えっと、調べものだよね?私は城下の家に戻るよ」
「分かったわ。気を付けてね」

二人が宮廷精霊契約士として活動するときに拠点とする屋敷があった。
城下の北は邸宅が建ち並ぶ一角で、その屋敷もそこにあった。
いわく、「広くはないが過ごしやすい」らしい。

「両親が用意したのか?」

そんな話を聞いたジークは素直にそう問う。
大切な王女が外で活動するとなれば、そのくらいはするだろうと感じた。

「馬鹿かお前は。両親は外で宮廷精霊契約士をしてるなんて知らないんだろう。用意の仕様もないだろ」
「えぇ。お父様とお母様は外で遊んでいるだけだと思っているはずです。屋敷は私達が買ったものですよ」

アリアはヴィオンの言葉に同意したが、なかなか信じがたい話だった。
いくら宮廷精霊契約士と言えど、そう簡単に家など買えるのだろうか。貴族街である北ならなおさらだ。
彼女らは依頼による賃金は受け取らないとも言われている。

「依頼のお金はもらわなくっても、組織としてお給料は出るよ。私達の場合、お給料は全然使わないから、一気に家買っちゃったの。宮廷勤めは高給取りだよね」

空気を読み取ったのかルティが明るく答えた。
「買ったの去年くらいかなぁ」とその頃の事を思い出している。

唖然とする男性二人を置いて、明日の朝に落ち合おう、と話し合っている。
彼女らの性格頭脳ともに、それなりに良いものだが、金銭感覚だけはついていけそうにない。


「二人とも、明日の日が昇る頃に、霊峰フレイヤの麓に待ち合わせでいい?」
「装備は万全でお願いします。とくにジークさんは生身ですから、霊具をお忘れなく」

話し合いを終えた様子のアリアとルティは、そのまま二人の顔を覗きこんだ。
苦笑いのまま頷けば、よく似た動作でにっこり微笑み合う。

「それじゃあ、明日の朝に。またね」
「おう。気を付けて帰れよ」

「また明日にお会いしましょう。ごきげんよう」
「あぁ。また明日。気を付けてな」

お互い別れを溢し、双子はそのまま走り去った。
彼女らが持ってきたトランクをそれぞれの契約精霊が運ぶのが見えた。
笑い声が華やかで、何が楽しいのか表情は笑顔だ。

「さて、帰るか」
「そうだな。夕飯の材料買って帰ろうぜ。何がいい?」
「聞く前に料理の腕を上げろ。サバイバル料理ばっかしてもモテねぇぞ」
「じゃ、てめぇが覚えろ!!」

こちらも言い合いながら、帰路についた。
他愛のない言い争いを楽しんで、頬が緩むのがわかった。








かくして契約王は手を取り合った。


精霊の国は、その繋がれた手に、守られる。


生かすも殺すも、意志と力に委ねられる。


柱となりゆく人間は、如何なる決意を以てして、世に生きるのか。


きっと、そう。

すべてを識るのは、ここからとなる。



精霊史 第一章 第六節
「繋がれた手」

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