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精霊輪舞〜姫君見聞録〜
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自分達で一つの結論を導き出したルティとジークは、一足先に小屋の中へ戻っていた。
スィリーセイの力で冷やしておいた食材たちも腐ったりはせず良い具合のようだ。

さっそく昼食の準備のため、備え付けられていた小さなキッチンで二人並んで料理を始めるところだ。

二人とも、どちらかと言えばあまり器用な方ではなく。
野菜の切り口などはすこしばかり不恰好だ。
側をふわふわと浮かぶスィリーセイが妙に心配そうに手元をのぞきこんでいる。

「ジーク。それ何?」

隣でスープをかき混ぜているとばかり思っていたジークは、一口大に切った鶏肉を串に刺していた。
このままではスープが煮たってしまうので、ルティは火を弱めてジークの作業を眺めた。

「せっかくだからさ、こいつを炭火焼きにしようと思ってな」
「……すみびやき?」

ルティにはあまり馴染みのないものだった。

この世界における火種は炎精霊の力だ。
精霊契約士のように精霊と交流出来るものは、そのまま彼ら精霊の力を借り簡単に火をおこす事が出来る。
だがそうでない者は、火おこしに時間がかかってしまう。
そこで人は、精霊の力を収める物を開発した。
パーティクルケージと名のついたそれに炎精霊の力を収め、日常的に火種として使用しているのだが。

「炭ってのは、ホント昔からあるもんでさ。パーティクルケージが出来るまでは炭に、摩擦の熱とかで火をおこしてた。で、その炭を使ってものを焼く料理を、炭火焼きっていうわけ」

まぁ馴染みはないだろうけど味は確実だぜ、と笑えば、ルティは素直に返事をしてジークの作業を眺めた。

「香草巻いたら美味しいよ、きっと」
「おっ、いいなそれ!香草あるか?」
「あるよー。こう、お肉に一枚ずつ巻いてって……」

眺めているだけでなく、自らも楽しそうに準備に混ざった。
王女だと言うのに生肉に触れることすら躊躇しない。
どんな生い立ちをしているのだろう、と不意に気になった。

素直に好意を示せば、同じくらい素直に返してくる。
警戒心がないと言えばそれまでだが、飾らずに会話が出来るルティのことを、ジークはことのほか気に入っていた。

「ソースとかも手作りする?出来るかな?」
「いくつか調味料あれば出来ると思うぜ。やってみなよ」

言われて、ルティはいくつかある既製品のソースを集めてきた。
なんとなくで集めたそれだが、絶妙なバランスでオリジナルのソースを作っていく。
舌が肥えているお陰で美味しいものをなんとなくで作る事が出来るのだろう。



「さて、そろそろお昼だけど、帰ってくるかな?」

二人は外に出て炭火焼きの準備をしはじめた。
どこから見つけてきたのか、ジークは金網を持ってきた。
さらに大きめの石を積み上げて簡素な釜戸を作り上げる。

ルティはジークの作業を眺めながらも、峠の道を気にしていた。
お昼には戻れるようにと約束したので、時間に遅れる事はないだろうが。
そうしている間にも、小さなキャンプ場のようになった小屋の前で着々と昼食の席を整えている。
無意識だろうが、効率の良い作業だ。

ジークは側で目を離してはならないと言う炭火を、片時もはなれず番をしている。
この昼食の席に美味しそうな匂いが漂うころには、二人も帰ってくるだろう。







二人が美味しい昼食を作ってるころ、アリアとヴィオンは馬車で峠に向かっているところだった。
歩いても戻れるだろうとアリアは言ったが、ヴィオンがこのままで町中を歩くのは勘弁願いたい、と言ったためだ。

組合の拠点がある西側を抜けて大通りに出れば、辻馬車を拾うのは難しい事ではない。
拠点を出てから数分もしないうちに二人は馬車に乗り込んだ。

季節は春だが、風はまだ冷たい。
開け放たれた窓からひやりとした風が吹き付けてくる。
にもかかわらず、アリアは熱心に窓の外を眺めていた。

「お前、何がそんなに面白いの。景色は変わらないだろう」

放っておくつもりだったが、あまりに熱心なのでヴィオンはそう声を掛けた。
組合の拠点でシャンデリアに見惚れていたときのように、アリアは一瞬ビクッと体を震わせる。
次いでヴィオンを振り返ると、すこしばかり困ったように笑った。

「馬車に乗った事がなかったので、つい」
「乗った事がないって、王女だろう、お前は」

純粋に驚きに満ちた言葉だった。
貴族が出かけるときは殆ど馬車を使う。
娘がいる家なら尚更だろう。
その最たる家柄である彼女が馬車に乗った事がないとは、にわかには信じがたい。
民衆でさえこうして辻馬車を使うことがあるのだ。
王族が馬車を所有していない訳もあるまい。

「私もルティも、物心ついた頃から王女として外に出た事はありませんから。うんと小さなときは、分かりませんが」

そこでふと、ヴィオンは王女に関する噂を思い出した。

この王国、レンジェクト王国に王女はいないのでないか。
病で亡くなったとも、本当は生まれてすらいなかったとも言われている。
民の混乱を抑えるため吐かれた壮大な嘘だと言う話だ。

確かに、フィティーナ王女、ティルード王女と呼ばれているが、その姿は誰も見たことがない。

「私達がこうして外出するのも、お母様との約束で王女とバレない事が絶対条件です。まぁ、宮廷精霊契約士として仕事しているとは知らないでしょうけど」

言いながら、彼女の視線は窓の外で背後にある城に向いていた。
表情は伺えないが、ある程度察しはつく。
無言でヴィオンは足を組み換えた。

「まぁ、それならこの機会に乗れて良かったじゃないか。大した距離じゃないが、楽しんでおけ」

驚いたように、アリアの目が向けられる。
しばし戸惑ったような空気がしたが、やがてアリアは綺麗に微笑んだ。

「はい。ありがとうございます」

珍しく素直な笑顔が向けられ、ヴィオンはそっと口元に笑みを作った。
景色に夢中で、恐らくアリアは気づいていない。
相方であるジークですら見たことがないような、柔らかな微笑みに。

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あきゅろす。
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