精霊輪舞〜姫君見聞録〜
〜六滴 協力姫君〜
立ち回る四人の契約王
狂った炎の力は勢いを増す
自らの炎に灼かれる前に
どうか彼を助けてあげて
「〜六滴 協力姫君〜」
王城にギリギリで滑り込んだレンジェクト王国の双子の姫は、その日の夜には眠れずにいた。
日付が変わっても寝返りを繰り返す双子の妹ルディアに、姉のアリアスが声をかけた。
「眠れない?ルティ」
「起きてたの、アリア」
「うん」
夜中なので知らず小声になりながら、ルディアは口を開いた。
「今日は、楽しかったけど、明日は分からない。炎精霊はおかしくなってるみたいだし」
「おかしな話よね。苛烈な性分で、そのくせ高潔な炎精霊らしくない。簡単に狂わないもの」
それは良く知られるところで、人と関係が近い炎精霊は、苛烈で契約主が抑えきれず暴走することはあれど、何かに狂わされることは滅多にない。
プライドが精霊一高い種だ。
「嫌な予感しかしないんだよ、アリア。楽しい時間がごまかしにしか思えない」
「大丈夫よ、ルティ。きっと上手くいくわ。きっと明日も楽しいわ。明日の今頃はゆっくり眠っているわ。大丈夫」
双子の姫のどちらも、精神的に不安定になることが多かった。
大抵はそれぞれの契約精霊が側で慰めてくれるが、こんな時間にもなると彼女達は精霊界の自らの住処に帰ってしまう。
そんな時にはお互いに支え合うしかない。
アリアスも不安に駆られて眠れないが、必死でルディアを宥め続けた。
「一緒に寝よう。ルティ」
「うん」
ルディアがアリアスのベッドに潜り込み、お互いの手を握りしめる頃には、不安はいくらか和らいだ。
ほぼ同時に瞳を閉じる頃には、ゆっくりと眠りにつくことができた。
「おはよう。ルティ」
「おはよう。アリア」
ほぼ同時に目を覚ました二人は、早速と言った風情で準備を整えた。
トランクに詰め込んだ鮮やかなドレスや小さなアクセサリー。
他にも女性らしい可愛らしいものばかりだ。
きっと五分もかかっていない準備を終えると、意気揚々と二人は寝室を飛び出した。
「おや、姫様方。今日もお出かけですかな?」
燕尾服を纏った老紳士が二人を見つけ、和やかに話しかけた。
「えぇ!そうですわ」
「フレデリック!お母様とお父様をお願いするわ!」
むろん二人の耳にその声は届いていたが、返事もおざなりに裏の戸口に急いでいた。
残された執事、フレデリックもにこやかに二人に手を振ったが、おそらく見えてはいなかっただろう。
裏の戸口、とは言ったが、別に扉があるわけではない。
表の城門から続く垣根に、人が屈んで通れるくらいの穴を開けただけのものである。
こちらは豊かな草原、向こうは堅牢な石畳とあって、着ているドレスもあまり汚れないのも利点だ。
「さて、アリア。まずは峠の中腹に向かうわけだけど」
「お腹、減ったよね?朝ご飯食べてないもの」
「さっすがアリア!ついでにお昼ご飯も買ってこ!」
そう言って意気揚々とショップモールに歩き出した。
時間は一応余裕があるが、あまり悩んでいられるほど時間はなさそうだ。
ショップモールには朝特有の新鮮な食材が並んでいた。
気前のいい店主がその場でサンドイッチにしてくれたり、果物を売るお姉さんがジュースにしてくれたりする。
アリアとルティも、その恩恵を受けようとしているところだ。
アリアが作ってもらったのは、トマトとチーズを挟んだサンドイッチ、新鮮なオレンジを搾ったジュース。
ルティが受け取ったのは、生ハムとレタスにチーズを散らしたサンドイッチ。飲み物にココアを作ってもらっていた。
他にも昼ご飯になりそうなものを買い込んだ。
「ルティ、一口ちょうだいな」
「いいよ。アリアもちょうだい」
お互いのサンドイッチに一口かぶりつき、峠の麓に着く頃には、二人ともぺろりと平らげていた。
途中の露天で買った林檎をデザートに、峠をせっせと登っているときだ。
「よぉ!姫様方!時間通り、流石だな」
「ジーク!」
背後から駆けてきたのは馬に乗った男性。
昨日に知り合ったジークと名乗る人物だった。
さらに後から、ヴィオンと名乗った男性も駆けてきていている。
ジークが背後から声をかけたことで、ルティが林檎を放り投げてそちらに駆け寄った。
慌てて、アリアが空中に浮いた林檎をキャッチしている。
ため息を吐いて、彼女も彼らのもとに歩いていった。
「よぉ、アリア。おはよう」
「おはようございます」
ヴィオンがにこやかに挨拶したが、対するアリアは無愛想にお辞儀を返す。
ヴィオンも反応は予想していたようで、苦笑いをするだけにとどまった。
「何買ったんだ?その紙袋」
「今日のお昼ご飯」
アリアもルティも抱えた紙袋を見せながら同時に答えた。
「そんなに食べるのか?」
「と言うか料理出来んの?」
二人ともその中を覗いて、驚いたように聞いたが、そのどちらの質問にも頷くだけで答えた。
「お嬢様なのに料理出来るのか」
「乙女の嗜みですわ」
「まぁ必要はないだろうけどな」
「それ言っちゃおしまいじゃない。私たちだって料理くらいするよ」
ぼやきながら歩いたが、すぐに手に持っていた紙袋を奪われた。
「まぁこれだけあれば俺たちの分も作れるか」
「久々にまともな飯が食えるか」
「おまっ!ったく、わざわざ作ってやってんのによー」
「文句言うなら腕をあげるんだな」
「性格わりーの」
軽口を交わし、好き勝手に言う男性二人を、アリアとルティはしばし眺めた。
顔を見合わせて笑ったが、すぐに立ち止まったままの馬に背中を押されて、慌てて走る。
それを見ていたヴィオンとジークも、笑いながらその瞳を緩ませた。
昨日、この四人が出会った中腹には、やはり人はいなかった。
旅人の休憩所として設けられた小屋も、今日は四人の生活スペースとなっている。
「まず、何しようか?」
口火を切ったのはルティ。
ひとまず紙袋の中のものをテーブルに転がしながら、相方となるだろうジークに聞いた。
「まぁあいつを探すのに必要なのは俺と炎に敏感な精霊だからな。まずはハルトを探したい、かな」
ハルトと呼ばれたのは彼の契約精霊であり炎の精霊王。
姿を消した後、発火が相次いで起こっている事は、昨日の時点で判明している。
専らこの日は、その炎精霊王探しに当てられそうだった。
淀みなく答えたジークの考えに異論は無いのか、行動は決まりそうだったが。
アリアはふと答えた。
「私は、ふもとの村以外に発火事件が起きてないかどうか調べたいわ。城下を歩くつもりなのだけど……」
アリアのこの発言で別行動になりそうだ。
彼女についていく、と進言したのはヴィオン。
曰わく「どうせ組合に顔出さなきゃならないんだから調度いい」だそうだ。
「じゃあ別行動だね。アリアは城下、私はこの辺り」
「俺はルティに着いてって、ヴィオンはアリアに着いてく、と」
順当な行動とメンバーの振り分けだが、アリアは何故か浮かない顔をした。
華やかな瞳の色がどこか翳りを見せる。
双子でありながら性格も考え方も違える二人の姫。
しっかり者と言われるアリアと違い、どこか天真爛漫で平和的なルティを心配しているのだろう。
姉であるアリアが妹ルティを心配するのはしごく当然のこと。
目ざとく彼女の変化を見つけたヴィオンはその胸中を察した。
「さぁ、それじゃ行こうか。アリア」
だがヴィオンは何も言わずその肩に呼びかけた。
放心していたようだが、華奢な肩が反応すれば、すぐにアリアはこちらを向いた。
ヴィオンにとって人の胸中を察する事は容易だ。
大した時間もかけずにその考えを読み取る。
だがその後の事は、彼にとっては何よりも苦手。相手の望む言葉をかけるのは、少なくとも自分ではない、と。
だから誰かを心配する人に、何も言わない、何も言えない。
「えぇ、今行くわ。それじゃあルティ、あとでね。お昼には戻れるようにしましょう」
知ってか知らずか、アリアも何事もなかったかのように小屋を出た。
外に待っているヴィオンと合流し、馬を伴って道を下るのが見える。
多分、アリアは馬に乗るのを拒否したのだろう。微かな声だが問答が聞こえた。
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