精霊輪舞〜姫君見聞録〜
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さて、その片割れの妹。
レンジェクト王国、第二王女ルディア・ティルード・レンジェクト。
こちらは、既に落ち着いているらしく、山道を宛もなしに歩いていた。
「逃げるとは行ったけど、どこに逃げればいいんだろう?」
あまりにも周囲に人の気配がないので、かなり不安に感じるルディア。
近くに良く見知った存在を感じるが、生憎、それは人間ではない。
『とりあえず、麓まで降りてみる?ルディア。』
今、ルディアの後ろに現れた女性が、その存在である。
彼女の名は、スィリーセイ。ルディアの契約精霊、そして水精霊王。
アリアスが契約するセイレーンとは友好属性に値する精霊種だ。
「う〜ん、せめてアリアがどこにいるか分かればいいんだけど。」
『探してみましょうか?セイレーンの気配が見つかれば、アリアス様の居場所も分かると思うけれど。』
スィリーセイが、空中をゆらゆらと揺れながら、提案した。
多少、露出の多い神秘的な水色の衣装もそれに伴い揺れた。
「う〜ん、そうね。お願い。」
顎に手を添え、三秒ほど考えたルディアは、考えが着いた後、すぐにスィリーセイに告げる。
『えぇ。』
スィリーセイも穏やかに了承。
彼女は瞳を閉じて、サワサワと流れる風に身を任せた。
『私の力の源よ。契約者たる者の探し人、アリアス・フィティーナ・レンジェクト、その者の居場所、私に教えて。』
一度、冷たい風が吹いた。
それは、本来風に存在する風精霊とスィリーセイの精霊種である水精霊が混ざった風だった。
「わかった?」
そう問うてから、ルディアはしばらくスィリーセイを見上げていたが、返答がないので、体をずらして顔を見ようとした。
そうした途端に、少し浮いていたスィリーセイの体が、ガクンと地に降りてきた。
「わっ!スィリ?どしたの?」
ルディアは驚いてから、慌ててスィリーセイの体を支えた。
『ルディア。アリアス様は今、雷精霊の気配と共にあるわ。』
グッとルディアを見上げ、スィリーセイは言った。
その目は何とも言えない焦りの色をしていた。
「雷精霊って、セイレーンとか貴女とは最悪の相性じゃない!どういうこと!?」
『分からないわ。でも、確かに感じたの。それもとても強い。』
スィリーセイの答えを聞いたルディアは、同じように焦りの表情を見せた。
ルディアの双子の姉、アリアスはわざわざ相反属性の精霊種と行動を共にするほど馬鹿ではない。
それどころか精霊知識の豊富さは、ルディアの何倍も上を行く。
相反属性や友好属性の属性関係から、精霊王達の名前、力、性格等、知的探求心のあるアリアスは、幅広い分野の知識がある筈だ。
属性関係を頭に叩き込んでいる彼女が、自ら雷精霊に近づくとは思いがたい。
それを踏まえると、雷精霊と契約した者がアリアスを誘拐、と考える事が出来た。
それらの可能性を瞬時に打ち出すと、ガクンッと足から力が抜けていくのがわかった。
立っているのも辛くなるぐらいに、足が震える。
それでも、しっかりと立っているのは、最早、意地だ。
「もし、そうなら助けなきゃ…!」
『ルディア?』
スィリーセイが怪訝そうに聞いたが、ルディアには届いていなかった。
過去、誘拐等は何度も起こったし、起こりかけた。
王族の娘、王女と言うだけで、そうなったのだ。
目的は金や、貴族ならば自身の地位。
先程会った男たちもそんな目的の為かと思ったので、すぐに逃げたのだ。
アリアスやルディアが、無事にここまで生きていられたのは、自身達の膨大な知識、そして精霊の力が何より大きい。
五年前からは、スィリーセイやセイレーンが助けてくれている。
また、幼い時から精霊と接触出来た二人は、五年前以前、近くにいた精霊に助けを求めていた。
とは言え、さすがに一番最初に誘拐された時は、数ヶ月間は城から出してもらえなかった。
今も、年齢はそれなりなのだが、外に出ることも許されず、公の場や謁見でしか外には出られなくなっている。
まぁ、当然だった。
それがあるべき姿なのだと人は言う。
それでも彼女達がこうして、精霊契約士として城外にいるのは、スィリーセイやセイレーンの為。
契約の条件を果たすためだった。
今、ルディアはそれどころではなく、自分の半身とも言えるアリアスを助け出そうと必死に考えていた。
アリアス程ではないが、ルディアも非常に博識で、且つ柔軟性も持ち合わせていた。
特に発想力に長け、トラップや仕掛けを考えるのが上手い。
考えを巡らせて、心配そうな顔でルディアを見ていたスィリーセイに、笑顔を見せた。
「行こう。スィリ。アリアを助けなきゃ。もし誘拐じゃなくても、無事を知らなきゃ行けないし、アリアスの気配を追って!スィリーセイ!」
『分かったわ。行きましょう。』
そうして、もと来た道をルディアは駆け出して行った。
自分の片割れの姉、アリアスの無事を祈りながら……。
人間の王女は、ただ逃れようとしていた。
しかし、王女達は互いの存在に依存している。
別々になるはずだった王女達。
再び引き戻される。
それを誘いしは、人間の青年。
時を同じくして。
人間の青年と契約せし、狂った精霊王。
再び、動き出す。
精霊史 第一章 第四節 「出会いからの逃走」
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