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精霊輪舞〜姫君見聞録〜
〜四滴 逃走姫君〜


姫君は出会いから逃れようとした。


しかし、互いの存在がひどく弱く感じたために、再び、出会いと遭遇する事となる。







「〜四滴 逃走姫君〜」








レンジェクト王国、第一王女、アリアス・フィティーナ・レンジェクト。

金の髪をざっと流し、ローライズ峠の中を走り抜けた。
裾の長いスカートが木々に引っ掛かるのもいとわない。

むしろ折れた木々から出てくる緑精霊の方が気掛かりだった。

『アリアス。炎精霊の気配が消えました。』

不意に、背後から声を掛けてくるものがいた。

濃い青の端麗な女性。
彼女こそ、アリアスの契約精霊にして海精霊王、セイレーンだった。


セイレーンの声を耳にしたアリアスは、足をぴたりと止める。

「良かったわ。上手く撒けたみたいね。」


彼女の必死な顔が、いつものおっとりとした優しげな顔に変わる。
すると彼女は何を思ったか、いきなり近くの木に登り始めた。


「よっと。」

意外にも呆気なく、しかも危なげなく登り終えた。

それなりの距離を一望できる高さにいると、地上にいた時以上に精霊の気配を強く感じた。

「こんにちは。貴女、緑精霊ね。」

前を通り過ぎようとした、緑色の小さな精霊に声をかけた。
緑精霊は驚いたようだったが、すぐにアリアスに向き直る。

『こんにちは。私が見えるのね。こんな高いところで私が見える人間に会うなんて思わなかったわ。』

その緑精霊は手に小さな果物を抱えている。
横で二つに結ばれたエメラルドグリーンの髪が、彼女が跳ねる度にぴょこぴょこと揺れた。


「ねぇ、貴女。名前は?」

『まぁ、貴女なら構わないわね。教えてあげる。私の名前は、メヌエットよ。』

精霊が名前を教えることは、ときに重大な意味を持つ。

名を縛られると言う意味も持つし、絶対の信頼を込める意味もあった。

その様々な意味の中で、今回の場合は恐らく、これから聞く事を悪用しないと言う意味だろう。

意味は、当事者の思いによって変わるが、不思議なことにお互いでその思いが違えることはないのだった。

「ありがとう。教えてくれて。私はアリアスよ。ねぇ、メヌエット。この近くに強い精霊の気配ってあるかしら?」

『ん〜と、ちょっと待ってね。………炎がいるわ。強いけど、かなり弱い。後は、ちょっと奥に水。えっとそれから………。』

「メヌエット?どうしたの?」

メヌエットはそれきり目を閉じたまま、怪訝な表情をしている。

『………!!やだ!かなり近いじゃない!』

メヌエットはいきなり目を開き、背にある羽をぱたぱたと忙しなく動かした。
動揺しているようで、果物を落としてしまっていた。

「ど、どうしたの?メヌエット。」

アリアスも心配そうに彼女の顔を覗きこんだ。


『ごめん!アリアス!私、帰らなきゃ!ここにはいられない!』

「えっ!?メヌエット?どうしたの?何がいたの?」

忙しなく動いたかと思うとアリアスの目の前に来て、忙しなく口を動かした。
くるくるとよく動く様は、緑精霊にしてはひどく珍しい。
彼女達はとても落ち着いた気質だ。


『雷…雷よ!!奴等が来るの!かなり近い!!』

それだけ言うとメヌエットは、消えてしまった。
残されたアリアスは木に座ったまま、胸の懐中時計を開く。
時刻は、正午を少し過ぎていた。


そして、メヌエットの言う通り、雷の気配を近くに感じる。

空を見上げても灰色は見つからず、雷精霊が来るとは思えなかった。
となると、誰かの契約精霊である可能性が 限りなく高くなる。

アリアスは直ぐ様、飛び降りて地に足を着けた。




再び走り抜けようとしたが、それは叶わなかった。

ある人物に阻まれたのである。



「ヴィオン・ディール!!」

「そんな敵意を丸出しにしなくても。」


ある人物は、先ほどローライズ峠の中腹の休憩所で会った、ヴィオン・ディールと言う男であった。

まさにアリアスは、この男から逃げていたのだ。


底の読めない微笑を浮かべる顔は、寸分の狂いが無い造り。
どこか貴公子然とした、平民の青年。

ヴィオンは、尚も警戒を解かないアリアスにため息を吐いた。

「何も取って食おうって訳じゃないんだ。そんな警戒するな。」

「何の為に私達に近づいたの。」


アリアスに警戒を解く気はないらしく、強い口調で問いただす。

ざわりと風精霊の混じる風が、響いた。


「それを君に言う必要はないね。」

「なら、何故私の場所が分かった?」


いつもの聖母のような微笑みは見当たらず、その表情はあまりに凄絶な印象を持っている。

そして対するヴィオンは、代わりに返された問いに目を丸くしていた。

「あぁ、気付かなかった?おい、キル。」

彼は軽く後ろを向いて呼び掛けた。
一秒と経たない内に、彼の後ろには、紫色の青年が現れる。

ヴィオンよりも高い背丈は、アリアスからすればまさに見上げる程。
非の打ち所が無い美しさは、およそ人間ではない。
紫の装束を纏ったその青年はあまりに無表情だったが。

「その姿は……。」

アリアスが驚いたように一言呟いた。
その後に続く言葉を遮って、セイレーンが姿を表す。


『雷精霊王、キルフェヴォルト…!』

『久しいな。海精霊王、セイレーン。』

最終的に名を口に出したのはセイレーンだった訳だが、アリアスは既にヴィオンを睨み付けていた。


「彼のおかげと言うわけね。」

アリアスの答えに、ヴィオンは満足したように頷いた。
ただそれは、純粋な笑みであったようには思えない。

「流石。彼に君たちの居場所を教えてもらったんだ。強い海の気配は、例え近くに海がなくとも簡単に見つかるからね。」

そういって笑うヴィオンであったが、アリアスはどうにも不信感を拭えずにいるようだ。


「でも、おかしいわ。ねぇ、レーン。彼の方から感知出来たのなら、私達の方からも出来たのではないかしら?」

ヴィオンにはどういうわけか、既に王女であることがばれているので、アリアスは無駄に演技をせずにセイレーンに話しかけた。

『確かにその通りなのだけれど、あの緑精霊が話してくれるまで私も全く気付かなかったのよ。』

セイレーンはごく普通に返したが、これにはヴィオンが驚いているようだった。



「君達、精霊のフーガを知らないのか?」

ヴィオンは驚いた様子で、アリアスに近づいた。
上背があるので、必然的にアリアスは見上げることになる。


「何かしら?精霊のフーガって。」

目線だけをセイレーンに移すが、分からないと言うように首を横に降られた。


「驚いた。本当に知らないんだな。流石は王女様と言うべきか…。」

ヴィオンは笑みを溢す。およそ気持ちの良いものではなかったが。
特に最後の方。


明らかに気を悪くしたアリアスが、憮然とした態度を取るとヴィオンは笑ってアリアスの頬に手を当てた。

「教えてあげようか?代わりに、一緒に着いてきてもらうけど。」

すると、普段の彼女らしからぬ行動で、アリアスは頬に置かれた手を叩き落とす。
そしていい放った。

「私は、このレンジェクト王国の第一王女、アリアス・フィティーナ・レンジェクト。貴女程度の人が気安く手を触れていい体ではありません。」


強い口調は王女たる風格が滲み出ていた。ほんの十六程の女子から溢れる、神気にも似たそれは、ヴィオンにもそれなりのダメージを与えたようだ。

「それはそれは、失礼致しました。王女殿下。」

しかしすぐに、常時の笑みに戻ると、恭しく頭を下げた。

やはりこの男は、どこかで宮廷作法を習ったのだろうとアリアスは心密かに感じた。

不意に目の前の頭が動きを見せ、立ち上がるとアリアスに手を差し伸べた。


「参りましょうか。王女殿下?」



その様子に逆らえなくなったアリアスは、不信感いっぱいに、おとなしく手を取って山道を戻った。






片割れの妹が無事であり、且つ自分も無事に会えることを切に願って。


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あきゅろす。
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