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精霊輪舞〜姫君見聞録〜




辺りを見回しながら、水と海の精霊の気配を探ろうとするヴィオンと黒髪の男性。


水と海と言うのは、ほぼ間違いなくスィリーセイとセイレーンのことだろうが、アリアスとルディアは黙っている。

まだ何者とも知れない他人に、手の内を明かすのは非常に危険な行為に思えた。



「ヴィオン。誰だ?」

やがて黒髪の男性がアリアスとルディアに気づく。
気さくな風に、ヴィオンに話掛け肩に手を置いた。


「ここに来た時にいたんだ。見るからに、かなり高位な身分のお嬢様方だろう。」

ヴィオンは簡潔に告げたが、アリアスとルディアは一瞬ピタッと固まった。


辺りの風は収まらず、その場に集まった四人の髪や服を揺らし続けた。


「お前ら、名前は?」

黒髪の男性は、極力目線を近づけて、興味がありそうな濃紺の瞳を向けた。


最初は戸惑ったアリアスとルディアだったが、まずはアリアスから偽名を名乗った。

「アリアよ。アリア・スイル。」
「私はルティ・アシス。」

本名を名乗れないのはまぁ、当然だ。
王女はそうほいほい外を出歩いていられない。

「アリアとルティね。…そっちが名乗ったんだから、俺らも名乗るべきだよな。なぁ、ヴィオン?」

「もちろんだ。失礼になる。」


黒髪の男性は納得したようで、腕を組んでいたヴィオンを隣に並ばせ、自己紹介をしようとする。

先に話したのは黒髪の男性だ。

「まず、俺からな。俺は、ジーク・レグル。見ての通り平々凡々な庶民だ。」

軽く手を広げ、敵意がないように示す。
気さくな性格であるだろうジークは、次はお前だとヴィオンを促す。


「俺はヴィオン・ディール。同じく庶民だよ。さっきは不躾にすまなかった。」

軽く頭を下げられ、アリアスとルディアは少し困ったように眉を下げた。

「いえ、そんな…。びっくりしただけで。」

ルディアは、何故か必死に意思を伝えた。



と、そこへ姿を消したままのスィリーセイがルディアに話かけた。

『ルディア、彼らから炎精霊の香りがします。』

それを受けたルディアは、同じように心の中で声を返した。

『うそ。本当?間違いないの?』

『はい。間違いありません。』

すっと誰にも気付かれないように、ルディアの瞳が険しく変わる。
アリアスも同じように。


「あの、精霊が動いたって、お二人共、契約士さんか何かですか?」
何も知らない、良家の子女と言った風情でアリアスは聞いた。

城にいるアリアスとルディアは、常に隙がなく非常に立派な王女だが、外に出てちょっと姿形を変えればいいとこのお嬢様となる。

それほどに、二人の演技は凄まじい。


「勘がいいな。アリアさん。さすがだ。」

ジークが隣の、ヴィオンと同じように不敵な笑みを浮かべる。

さすがと言ったジークは、昔からアリアスを知っていたような、素振りだ。


「さすがですって?今、会ったばかりなのに。」

アリアスの聖母のような微笑みが一瞬で消え去り、眉根が寄せられる。


「君達からしたら、ね。ただ俺達は、君らをよく見ている。」

答えたのは、ジークでなくヴィオン。
にっこりとした微笑みは、どこか全てを読まれている気がして、勘にさわる。


「君らが知らないのも無理はない。大切に大切に育てられて来たんだから。そうだろう?王女殿下方。」


ヴィオンが肩膝をつき、片腕を胸に当てる忠誠の礼をした。
それは完璧のものだが、どこか皮肉が込められている。

「「!?」」


当然、アリアスとルディアは目を見開く。
ただ悟られまいと平然を貫こうとするが、それも無駄に終わる。


「何故、ばれたのかって顔だな。」
「仕方がないだろう。俺達が入っても隠されてきたんだから。」

「貴方達は何者なの?!」
「答えなさい!」


二人は思わず声を荒げ、答えを迫る。
王女としての風格がにじみ出ていた。


「俺達は義賊だ。王城にも何度か行った。」
「となれば、君らの顔を見ることなんて簡単だ。」


ジーク、ヴィオンの順で話すことが多く、二人共に不敵で強者な雰囲気を身に付けている。

「まさか、リーグシア?」

ルディアは、義賊と聞いて一番最初に出てきた賊の名を出した。
リーグシアと言うのは、労働組合の名前だがそれと同時に、義賊の名を持つ事もある。
民衆の見方である労働組合としてのリーグシアの考えは、王族の場合ある程度、理解を示している。

横暴な被害を与えるようなら罰するとだけ言われ、リーグシア側もそれを守り通している。

現に、労働組合としても義賊としてもリーグシアにターゲットにされた上流階級の者は何かしら裏がある者だけだ。




王族であるアリアスとルディアも当然、リーグシアの事は知っている。


「ご名答。俺らはリーグシアの幹部的存在だ。」
「それは、労働組合として?それとも、義賊として?」
「「どちらも。」」



声を合わせて、読めない深い瞳を向けられる。



「ところで、フィティーナ様にティルード様?」

ヴィオンが瞳を細めて笑う。


「アリアとルティよ。今はその名で呼ばないで。」

ルディアが、呼び名を訂正する。
その訂正に、ヴィオンは一層笑みを深くした。


「じゃあ、アリアにルティ。君達かな?」

訂正されたことに抗う風もなく、アリア、ルティと呼んだ。

「何がです?」

既に王女の風格を纏ったアリアスは情け容赦なく、語調を強くして聞いた。


「水と海の気配だ。」
ジークが代わりに答える。
水精霊王と海精霊王を連れている二人の二つの気配はどうしようと消せない。


「宮廷精霊契約士なんだろう?身分まで偽って、一体何をしたいのやら。」

「何か、無視できない重要な理由があったりして…なぁ?」


安易に答えを言わず、遠回しに事を伝えようとする。

明らかに、何かを知っている事を察知したアリアスとルディアは、一歩後ずさった。
「逃げるよ。アリアス!!」

「分かっているわ。ルディア!」



弾かれたように、別々の方向に逃走する王女二人。

「足速いな。あの子等。どうするよ?ヴィオン。」

「大した事はないだろう。彼女達からは、強い精霊の気配がある。それを追えば問題ない。」

「まぁ、それもそうか。」

ヴィオンの言った事はもっともで、精霊王を連れているアリアスとルディアは強い精霊の気配がまとわりついている。



「確かに俺達の精霊なら、あの二人の気配が追いやすいな。」

ジークがヴィオンの答えに、それがいかに容易な事かを考えた。

ヴィオンは、それに同意をしめすように顎に手を置き、頷く動作をする。

「そうだろう?キルフェヴォルト。」


新たな名を呼べば、ヴィオンの背後に紫の衣装を纏った、青年が現れた。


その人間ならざるものの気配は、水精霊王や海精霊王と似る。

加えて言うならば、紫は雷を表す色。

ヴィオンの背後に現れた青年は、名をキルフェヴォルト。
世間で認識される雷精霊王だ。


『確かに容易い事ではあるが、正直、水と海には関わりたくないのだが。』

眉間に寄せられた皺が濃紫の視線を鋭くし、端正な造作に陰をつくる。

「ふざけるな。キル。容易いのならやれ。」

『契約したのだから、探すには探すがな。見つけた後で後悔しても我は知らんぞ。』

ヴィオンよりも遥かに背の高いキルフェヴォルトは、略してキルと呼ばれ、幸先を不安にさせるような事を言って、姿を消した。



「ヴィオン。キルって何であんなに無気力なんだろうな?」

「知るか。お前…それはそうと、ハルトは見つかったのか?」

「それが見つかんないんだよ〜。ハルト〜どこいったんだよ。」

大切な者らしいハルトと言う者。
ジークは地面に手を付き、嘆くようにしている。

「仮にも炎王だろう?お前も。炎精霊王ぐらい管理しておけ。」

ハルトとは、炎精霊王 レーンハルトのことだ。



「わぁーってるよ。今日の午後にでもまた探しに行く。」

「それじゃ、俺は昼ごろに彼女達を探して来ようか。」




ジークは既に起き上がり、二人は目を合わせる。
その瞳には、強い輝きが満ち溢れていた。










レンジェクト王女、アリアスとルディア。


リーグシア幹部、ジークとヴィオン。




全く身分の違う四人が、引き合わされた。













精霊の王を従える人間の王女


運命となる出会いを果たし、世界を思う



精霊の王を従える人間の青年


運命となる出会いを果たし、世界を知る






全てを導きしは、全てを司る精霊の王






精霊史 第一章 第三節
「世界の鍵」

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