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神子色流れ
黄の国 正体



「女王陛下ー?そろそろお時間が……って、あら?」

凰蘭を呼びに来た、ふわふわした声の雛綾が、部屋に飛び込んできた。

対峙する三人を見ると、不思議そうに声を上げた。


「……あらあらあら、あらいやだ。せっかく不穏な空気にならないようにあなた達に任せたのに、まだでしたの?」

声は、いつもと変わらない。
雰囲気や仕草にも、あまり変化はない。

だが、 確実に、何かが、違った。


「ちっ……、依頼人登場か……」

菖波が忌々しげに呟く。
蘭化も渋面を浮かべていた。

優雅にふわふわと歩いてくると、遥かに長身の菖波の顔を覗き込んだ。

「うふ、役立たずさん。せっかく里を立て直せるお仕事だったのに、駄目な人ですねぇ」

言い返せないのか、悔しげに菖波の顔が歪んだ。
鋭い眼光で雛綾を睨み付けたが、どこ吹く風で今度は蘭化に近づいた。

「貴方もねぇ、団長閣下を追いやったのは良かったんですけど、その後に逃げられたんじゃあ、意味もないですねぇ。貴方も所詮は古き里のただの若者。ただの役立たずですね」

その声は異様に柔らかく、しかし辛辣だった。
蘭化が俯くのを、子供を叱る母のような目で殴る雛綾を、凰蘭は遠く感じていた。

何かの冗談だと言い聞かせた。
すぐに、「ごめんなさい、驚かせて。ちょっとした芝居の練習なんです」とか言って、笑ってくれる。
兇手と繋がっているなど、まして依頼人が彼女自身だなどと、絶対に信じない。
信じられるわけがない。

凰蘭はせっかく構えた長刀が下がっているのにも気づかず、ことの成り行きを見守った。

やがて、くるりと、雛綾がこちらを向いた。

「申し訳ございません女王陛下。私、最初からこっち側で。もうちょっと段取り良く進む筈だったんですが、ちょっと歯切れが悪くなりまして、お詫びに一思いに終わらせるので、許して下さいましね」

言い切って、雛綾は菖波の長剣を実に華麗に動かし、貫こうとしていた。
反射的に、凰蘭の手も動いた。

「冗談、でしょう?雛綾。貴方は私の、大切な筆頭女官ですもの。私を、殺そうとなんて、する筈もありませんわ」

途切れ途切れなのは、涙が溢れているからに他ならならない。
凰蘭がその理性を崩したのは、かつて父が無くなった時以来だ。

しかし雛綾は、興味なさそうに言った。

「何を言っているんですか?冗談なわけないじゃないですかぁ。私が女官やってるのも、命令ですし。もう終わるんですけどねぇ」

剣劇を繰り広げているとは思えないほどの落ち着きぶりだった。
それに着いていく凰蘭もなかなかではあったが、もともと消耗していたのもあって、剣筋がかなり乱れている。
いつ弾かれてもおかしくはない。

そしてその時が、彼女の命の切れ目である。

「もう、なぜみんな私の周りからいなくなってしまうの!?信頼していた人も、遠い存在だった人も!誰も彼も私を一人にする!!……もう、たくさん。私を、置いていかないでぇ!!」

その切っ先は、凰蘭が取り乱すごとに乱れていった。
あっけに取られて見ていた二人の兇手でさえ、その姿に哀れみを持つほどに。

「大丈夫です。女王陛下。すぐ楽にしてあげます」

凰蘭が完全に動きを止めたとき、雛綾も動きを止めた。

非道な手ではあった、だが、それでも彼女を殺すのに抵抗がなかったわけではない。
長く一緒にいた。他愛ない話もした。
ただ、出会った時代が、酷く悪かっただけだ。
お互いが悪かったわけではない。


凰蘭も、この期に及んで彼女を嫌いになれずにいた。
今まで、散々に裏切られ続けた。
何もかも、神の思い通りに、と人生を投げ捨てた考えを持つまで、そう長くはかからなかったのだが。

今更誰に裏切られようが殺されようが、悲しまないし悔いなどないと思った。
だが、兇手の刃が自分に向かったとき、強烈に生きたいと願っていた。
雛綾の真実を知ったとき、目の前が真っ暗になるような感覚に襲われた。


何より、こんな状況であっても助けに現れない自分の近衛騎士に、酷く、絶望を覚えた。
怖いときにはいつも一緒に居てくれた。
疲れたときは支えてくれた。
危険な目に遭えば、必ず助けてくれた。

こんなにも、あの男に惹かれていたのも知らず、これは素直になれない自分への、我が国の守護神からの罰なのだろう。
かの輝夜が時の王と別れるときも、こんな気分だったのだろうか。

「私も貴方が好きでしたわ。穏やかでお美しい、けれど誰よりお強く、それゆえに弱さを知らない、私の愛しい女王陛下。私の本当の主君が貴方だったなら、きっと未来は違ったのでしょうね」


「……大切な人のいない世界なんて、生きる意味も、ない。……私を、殺して」









『させないよ』








振り上げられた剣が落ちる刹那。
窓硝子が割れ、凛と声が響く。


床に降りた青年は、金の衣に金の長い髪、曇りのない輝きを宿した、橙の瞳。

『凰蘭姫。あれだけ言霊は使うな、使うなら慎重に、って怒鳴ったのに。忘れたね。貴方が馬鹿みたいに使ったお陰で、完全に僕に力が戻った』

しかし、当の凰蘭は完全に放心していた。
金の青年を見てはいるようだが、彼が誰なのかは、気付いていないらしい。

彼は苦笑い気味に、表情を崩した。

『遅くなってごめんね、姫様。もう、大丈夫。僕が、守るから』

姫様、と。彼女を呼ぶ人は一人しかいない。
凰蘭は目を見開いた。

目の前に佇む青年は、待ち望んだ騎士、黄鈴雅染その人だった。

佇むその姿に、凰蘭はただしがみついた。
怖かった、などと死んでも口にしないが、それでも溢れた恐怖心はどうしようもなく、涙が後から続いた。

泣きじゃくる子供を抱くように、雅染も凰蘭を抱え上げた。
何も言わずにされるままにしている凰蘭を見て、軽く安堵を覚える。
突っぱねられたら正直かなり落ち込む。

なにせ、彼女が生まれた時から守り続けているのだ。

『私は、この月翔国の守護神。名を「輝夜」。天空にて汝らの行く末を見守るかの国の絶対なる守り。私に挑み、勝機を見出した者はかかってくるといい』

剣を弾かれた雛綾と、すでに腰を抜かした蘭化、一人彼を凝視する菖波を見つめて、雅染、否、輝夜は言った。

「輝夜……。千和千鳥を守護する、守護神の一人。まさか、本当に……」

言ったのは蘭化。
元上司がそんな存在だったとはちらとも思わず、ただ凝視するばかりである。
とは言え、神と言われ伝説の一つとなる守護神が、まさか人の世界に加わりまして宮仕えをしているなど誰が想像できよう。

「騎士団長閣下、ですか?本当に?」

「あの、守護神、だと?伝説じゃ、なかったのか?」

他の二人もどうしようもなさげに、ただ黄金に輝く輝夜を見つめた。

戦意は喪失したようだと見計らった輝夜は、抱えていた凰蘭を下ろすと、彼女の中に幾許の力を分け、自らは再び人の姿に戻った。

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あきゅろす。
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