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神子色流れ
黄の国 襲撃


凰蘭が部屋に戻ってからお呼びが掛かってないとすると、未だに大会は続いているらしい。

すでに飽きたように一人書物を捲って、静かに過ごしていた。


絶世の美姫やら深窓の姫君やら、あらゆる麗句ではやし立てられる美貌は、静寂にある事で限りなく美しいが、顔色は少々優れない。

凰蘭は勢い良く書を閉じると、虚空に向かって一言投げかけた。

「隠れているその者。卑怯にも背後から狙おうとせず、正面から挑んでは如何ですか?」

「……流石であるな。国妃」

現れた姿は、赤髪に黒装束の男。陵迅菖波。
今回の大会で、優勝候補と言われる男だった。

「うちの国妃様は、博識でいらっしゃいますから」

もう一人現れたのは、まだ少年だった。
だが、その姿は、近衛騎士の中に、幾度か見たことのあるものだ。


「菖波殿は予想通りでしたが、貴方は予想外でしたわ。央蘭化」

央蘭化。それが少年の名だった。
少年はあどけない顔立ちに、肩には長大は槍を背負って、にっこり笑った。

「すいません。実は、ずっとこっち側でした。上手く団長も騙せたんで、国妃様も大丈夫かと思ったんですが、こっちも予想外です」

その答えに、後ろを振り返り、凰蘭は満足そうに笑った。
全て得たりと言った笑みだったが、しかし底抜けに明るい。
奇妙にしか見えないその表情は、何があっても刃を向けられている娘の顔ではない。

「殺す、つもりですね。私を」

近くの羽扇で口元を隠しながら、目元でにっこり笑った。
変わらず、彼女の笑みは明るく、嘘くさい。

「刃を向けられてまだ余裕でいるとは。気概な人間か、それともただ諦めただけか?」

「あら、嫌だ。諦めてなんかいませんわ。まだまだやりたい事もありますし。死ぬわけには、参りません」

その瞬間、笑顔が消え去った。羽扇の下の唇も、無表情かあるいは歪に歪められているかのどちらかだろう。

羽扇を取って現れたのは、氷のような無表情の方だった。

「第一、私は自分の時間を邪魔されるのが、この世の何よりも、大っ嫌いなんです」

ここまで感情を露わにするのはかなり珍しくもあったが、二人の兇手は特に気にせず、一人は素早く背後に回った。

「俺ら二人を相手に助かるなんて思ってませんよね?頼みの団長閣下は疲れてたみたいで、俺が寝かせましたし」

背後にいる蘭化に気を付けながらも、長剣を構える菖波も見つめ続けた。

確かに彼らは強い。
だが、自分を相手に殺せると思っているなんて何たる傲慢。

凰蘭は再びにっこり笑って、一言。

「貴方がたこそ、私を相手に助かるだなんて、思っていませんよね?ましてや暗殺などと。身の程を知った方がよろしいのでは?」

言ってから、二人の反応を見ると、眉間に深く皺が刻まれていた。
さすがに挑発に乗るような短絡的な思考ではなかったようだが、何故にそこまで余裕なのかと疑問が瞳に宿っている。


「やって御覧なさい。私の言った意味が、分かるはずです」

すぐに動いたのは背後の蘭化。
長大な槍が腹を貫く寸前、それは何かに阻まれたように止まった。

蘭化が目を見開いたのを見て、菖波も長剣を手に凪払おうとしていた。
しかし、同じように首を飛ばす寸前で剣が止まる。

次いで、動かなかったそれがバシンッと弾かれた。
互いに長物で戦っているせいで、反動を大きく受けた。

得たり、と凰蘭は笑っている。

「さぁ、私を殺せると言うなら、許しましょう、どうぞやって御覧なさい。無論、出来るならば、ですが」


それから何度やっても、二人は凰蘭に傷を付けられなかった。
止められて、弾かれる。
それが繰り返された。

幾度かは凰蘭も愉快そうな笑っていたが、やがて飽きたのか欠伸をし出す始末。

二人の兇手もここまで屈辱的な事はなかったのだろう。
その表情には疲労と恨みが隠っていた。

「あぁ、もういいです。飽きました」

無視をしたり書物を読み出したりしていた凰蘭だが、飽きて二人に向き直った。

疲労の為に息を切らせていた二人だが、まだやる気はあるらしく、戦意は一向に薄れていない。

「もういいですから、帰って下さい。私も暇じゃないんです。第一、貴方がたも疲れたでしょう。また日を改めて……」

などと言うものだから、ついに二人の怒りが爆発した。
容赦なく、長剣が振るわれるのが分かった。

「はぁ……。だから、止まりなさい」

ため息のあと、言えば長剣はぴたりと止まった。
右手を翳して、その長剣をやはり弾き返した。
反動で後ろに下がる菖波だったが、彼女が口にした事で、今までの無為な打ち合いの秘密を知った。

「貴様……、言霊使いか」

「それも、かなり重い言霊です。私のものは生まれつきですが、この年になってその強さは増した。だから、貴方がたに私は殺せない。そも、私に届く刃が無いのだから」

凰蘭はめんどくさげに机に肘を着いて答えた。
使い続けるのは疲れるもので、実際かなりの消耗をしていた。

しかし事実が分かれば、二人もとっとと適わないと見て帰るだろうと思った。

「ならば、話は早い。それだけのものを使い続ければ、最早貴様は立っていられない筈だ。大した事はない」

そう人生甘くはなかった。
心の中で落胆した凰蘭は、ちゃんと言い付けを守って小出しに使ってれば良かったなぁ、などと無為に考えて、仕方なく最後の手段を取ることにした。

「まぁ、好きにしてもらっていいですが、いずれにしても、私を殺せはしませんよ」

実際消耗は並のものではなかったが、ハッタリと多少の時間稼ぎになら、その分くらいは持つ筈だった。

恐らくもうすぐ、優勝者の試合になって、誰かが呼びに来る。
そうなるのを信じて。

凰蘭は力を振り絞って椅子から立つと、傍らの埃を被った長刀を手にした。
さすがに二人は驚いた。
腕力があり、身長もある男でなければそう扱えない武器だ。
それを所有しているだけでも驚くのに、使うと言うのか。

凰蘭はすらりとそれを抜いた。
鞘と柄が埃を被っていたにも関わらず、手入れはしっかりされている。
それに、構える凰蘭のそれは、確かに演技でも、付け焼き刃でもなかった。


ここからがようやく本番かと思い、二人が構え直したその時。



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