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神子色流れ
黄の国 対峙


仮眠室で雅染は眠っていたが、あまりに深い眠りであったわけでもない。
さすがに外でやんややんやと騒いでいるのに、そう長く寝ていられるはずもなかった。

そうして、十分ほど眠ったあと、彼はすぐに目を覚ました。

「あー、ねっむ。下手に寝んじゃなかったな。余計眠いわ」

目頭を押さえながらも、傍らにかけた剣を手にする辺りは、彼も武人なのだ。

物腰柔らかな様は、他国の同僚と比べれば確かに貴族的だったが、強さに関しては引けを取らない。

寝直すつもりは毛頭なく、諦めて寝台を降りて外の様子を伺いに行った。




どうやら試合は佳境に入っていた。
こうなれば自分の出番も近いだろう。

そう思って、会場に足を向けた。


だが、途端に身体が動きを止めた。

故意であれば、すぐに別の動きがあったのだろうが、まったく微動だにしないところを見ると、どうやらそうではないらしい。

腰に差した剣を取ることさえ出来ず、自分の意思で動かせる場所である眼を使い、相手を確認しようとした。

生憎と姿は隠れていたが、自分の影と相手のそれが繋がっていることを、かろうじて理解する。

「……影結び、ね。随分と古い手法だ。まだこんな技使うのが居たとは」

「よく知っているな。流石は博識だ。まぁその破り方までは知らないようで幸いだよ」

相手が男なのは理解できた。
口布を着けているのか年の頃はよく分からないが、感じる身のこなしはかなりの熟練者だ。

雅染は知らず汗を流した。
危険な状況なのは重々承知している。
だが、それでも口元には笑みが浮かんだ。

「この回廊、柱のお蔭で影が沢山だからね。君のそれも使いやすいってわけだ。ところでさ、君、忍者?確かこれ、山奥の修行僧と忍者しか使えないよね?」

まるで世間話でもするように話しかけた。
飄々とした雰囲気に皺を寄せた感じがあったが、さして気にもしなかった。
そして雅染は尚も続けた。

「雰囲気からして修行僧じゃないと思うんだよね。ときどき荒法師っているけど、君の殺気はまんま暗殺者のそれだし。そもそも忍者って暗殺稼業が専門でしょ?だから、忍者かなって思ったんだけど、違う?」

ペラペラと流暢に喋り続ける雅染に、男はさらに眉間に皺を寄せた。
もちろん雅染に見えはしないが、どうやら感づいたようではある。

「あぁ、図星?さすがだね、僕って。姫様の話を熱心に聞き続けた甲斐があったよ」

「貴様、どこまで知ってる?」

ようやく発した言葉には、多少の後悔があった。
相手を甘く見すぎたと思ったのだろう。
下手に姿を現すべきではなかったのだ。

「さぁねぇ。どこまでかって言われたら、僕が知ってるとこまでだけど。そうだな、例えば……この影結びの破り方、とか?」

言うが早いか、動けなかったはずの雅染は剣を抜き取った。
勢いよく下の影を斬りつけ、完全に呪縛を解き放つ。

すると、気味の悪いことに、しゅるるっと影が縮んでいった。
それが相手の影の形に戻ると、何事も無かったように男の動きに付いていった。

「君らの影結びは個人差がある。時間の長さや距離にね。時間が近づけば、少しずつ身体が自由になってきて、最後は斬りつければおしまい。時間を待ってもよかったけど、それもつまらないしね」

肩に剣を抱えながら、余裕そうにそれを揺らした。
金色の瞳は楽しそうに細められている。

「流石は騎士団長だ。その名は伊達じゃないらしい。いっそ殺すのは惜しい」

「あれ、僕を殺せると思ってるんだね。凄いよ、中々の精神だ」

笑い声を上げた雅染だが、男は挑発にも乗らなかった。それにも笑みを深めたが、しかしその瞳には確かな殺気が隠っていた。

「君、なかなか面白いけど、僕に時間ないし。仕方ないからまた会おう。またね」

言った瞬間、雅染は一歩を踏み出し、男の至近距離まで近づいた。
一凪で首を飛ばせるくらい。

そして肩の後ろに構えられたら剣は確かな狙いを首に定めていた。

次の瞬間には首が飛んでいるかと思いきや、横に流れるはずだった切っ先は唐突に下に向いた。

床を強く削り、今まさに繋がった二つの影をぷつんと切り裂いた。

「あぶな。確か、結ばれたまま掛けた方が死ぬと、そのままなんだよね。誰かが切ってくれるまで。って事はだ、捨て身で僕を足止めしようとする理由があるって訳だ」

「だったらどうする」

「もちろん、聞き出す」

十分に距離を取った状態で、二人は対峙し続けた。

遠くでは喧騒が続いている。

「教えるわけがない」

「なら、吐かせるまでだよっ!」

お互いに構えた剣を幾度か交差させ、鍔迫り合いを繰り返す。
男は確かに強く、体力もあった。
だが雅染にも体力はあり、技術も高い。

「さて、理由は?」
「言うわけないと言ったろう!」

空中での鍔迫り合いが終わったあと、さらに雅染は重ねて聞いた。
同じ答えを、男も返す。

同じ問答が繰り返された。

「もう、いんだけどさ。君、僕には勝てないよ?当然殺せやしないし、逃げられもしない。本気を出してないから、君はまだ生きてる。教えないと、ほんとに首飛ばすよ?」

四回くらいの問答のあと、呆れたように雅染は言った。
再び肩に剣をやり、とんとん、と小刻みに叩く。

「口を閉ざしたまま死ぬならそれも本望だ。貴様の暗殺には失敗したが、こうしているのも、もう一人が終わるまでの時間稼ぎにはなるさ」

男の方はすでに肩で息をしていたが、雅染はそんな素振りはなかった。
その時点で負けを認めた男は、それでも強気な態度を崩さない。

「そっか。なら、もういいよね。僕にも、時間がない」

言った瞬間、足が一歩踏み出されていた。
途端に、辺りにうっすら這っていた殺気が爆発する。

気分が悪くなりそうなほどの殺気の中、男はそれでも気丈に雅染を見つめている。
一気に間合いを詰め、気づいたときには懐に入り込んでいた雅染を見て、男はうっすらと笑った。

そして、悲鳴も無く、命が絶たれた。


張っていた肩の力を抜いた雅染は、愛剣を払い、血脂を飛ばす。

絶命した男を見て、自分が殺したにも関わらず、悼むように瞳を閉じた。
自嘲に笑んでそれを止めたが、ため息は禁じ得なかった。

「ちょっと、まずいかな。あんまりもの斬るべきじゃないんだよね。これ」

その剣を眺めながら、刀身をゆっくり撫でた。
かすかに曇った銀のそれを見て、やはりため息を吐く。

「嫌なら、騎士になんてなんなきゃ良かったんだけど。でも、一番姫様を守れる仕事だし」

ぼやきながら既に歩き始めた雅染は、試合会場とは別の方に向かっていた。

男から何か聞き出せたわけではなかったが、自分に情報を知らせてくれる存在は、彼には五万といた。
ざわつくそれらの声を聞きつければ、なんとなく予想は着く。

勘と、その騒がしい声、自らに渦巻く繋がりが、予感を確固たるものに変えていく。

彼は、守るために歩を進めた。


彼の本分は、『守る』ことにあるのだ。




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