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神子色流れ
黄の国 試合


雅染はと言うと、学会での護衛の後、半年に一回行われる御前試合の観戦兼、国妃の身辺警護に当たっていた。

今回の試合は二回目のもので、前回優勝したのは気まぐれで出場した彼自身だ。
確か、今回の優勝者と対決するはずだが、時間はまだかなりある。


この御前試合は誰でも参加できるとあって、勇名を馳せる猛者から一般の民衆まで、出場者は様々だった。
もちろん女性の姿もある。
基本的に民衆や女性はすぐに敗退してしまうが、稀に運の良い人が決勝まで行くこともあった。

一度あったのは、賞金を狙って出場した農家の女性が決勝まで勝ち上がり、そのまま優勝していた。
壇上に上がった恰幅の良い大らかそうな女性と、筋骨隆々の戦士を見たときは、正直危険だと思ったが。
心配していたのが馬鹿馬鹿しくなるぐらい女性が強かった。
農業で鍛えた足腰と女性の精神的強さを舐めてはいけないと、男達はまざまざと思い知った試合だった。

もともと穏やかで落ち着いた性格の人が多いため、普段は争いごとを好まないが、この日は憂さ晴らしとばかりに騒ぐのだ。
通例で犯罪も増える。
姿を現した国妃を狙う輩もいる。
この時は、近衛騎士も門番も国軍兵も関係なく警護に当たるのだ。
当然、中には出場者もいるが。

「ねむ……。さすがに夜警の後のこれは辛いなぁ」

雅染は柱に寄りかかりながら試合を見ていたが、前日の夜警もあって寝不足になっていた。

体力があるとは言え、彼も人間だ。
眠気を取り払えないのは仕方がない。

「団長。夜警明けですか?」

後輩の騎士で、彼よりも五歳ほど若い少年がこちらを見上げていた。
肩には大仰な槍を背負っているが、人より低い身長と少々不釣り合いだ。

「ん?あぁ、そう。ついでに、朝から学会の警護もしててね。眠いったらない」

「あー、分かります。学会の警護は眠くなりますよね。かと言って寝るわけにもいかないし」

「さらに御前試合の警護だし、可愛い女の子の声援ならいいけど、ムサい男の雄叫び聞いてても萎えるだけ」

「……気持ちは分かりますけど、団長って結構欲望に忠実ですね」

少しの会話だが、団長として周囲から好かれているのは理解が出来る。
見た目も良く国妃の覚えもいいとなれば、若い女の子だけでなく少年から憧れを抱かれるのは当然だ。

「団長もう少しで交代でしょ?少しなら俺達同僚だけでも補えるんで、早めに休んでていいですよ」

少年は駆け寄ってきた自分の同僚に気がついて、そう声をかけた。

すでに半分は寝ぼけ眼になった雅染は、さして考えもせずにこれ幸いと頷いた。

「そう?じゃあ、お願いしようか。あとで美味いものでも持ってっとくよ」

「どうせなら給料上げて下さいよ」

「それは無理」

それじゃあね、と軽く手を振りながら、雅染は立ち去った。
少年は共に残った同僚とそのまま持ち場を守っている。








「さすがに飽きましたわ」

試合の様子がよく見える高台の玉座に座った凰蘭は、近くに誰もいないのをいいことに、ぼやきだした。

「御前試合なんて見てるだけでつまらないし。どうせなら私も参加したいわ。柳弦の国妃様みたいにお強いなら、勝てたりしたのかしら」

「不穏な事を仰らないで下さいな」

誰もいないと思っていたが、水差しを取りに戻っていた雛綾が帰ってきていたらしい。
手には宣言通り陶器の水差しがあった。

朝方はもう涼しいが、昼間はまだ暑い。
冷茶を作ってあったので、それを持ってきたのだ。

「柳弦国の女王陛下は少し特別なのです。お生まれも武家ですし。女王陛下は今のままで充分ですわ」

「そう。まぁ、所詮は叶わね戯言ですから。どうか適当に聞き流して」

凰蘭は冷茶が注がれた茶器を口に当てた。
冷えた温度と香ばしい茶の香りが口に漂う。

「美味しいわ」

「ありがとうございます」

ゆっくり腰を追った雛綾は、やはり笑顔だった。
果たして彼女が笑んでいないときはあるのだろうか。


「ところで、あと何試合で終わるのかしら?」

「えーっと、十二試合、くらい?」

聞いた凰蘭はあからさまにため息を吐いた。

「最後は前回の優勝者、騎士団長閣下と今回の優勝者の対決ですよ」

話を聞きつけたらしい年嵩の女官が人の良い笑みで凰蘭に言ってきた。
雛綾と話しているうちに、出払っていた女官たちが周りに戻ってきていたのだ。

「……それだけ見ようかしら」

こっそり呟いたがその女官には聞こえたらしく、品良く声を上げて笑った。
どこか子供をあやしているような雰囲気だ。
そうなると子供の役は自分だろうか。
聡い凰蘭はそう考えて、少し複雑な気分になった。


「おや、ご覧下さい、女王陛下。今回の試合の優勝候補と言われている殿方ですわ」

言われて、凰蘭は下の壇上を見た。
高すぎない位置にある玉座からは表情も分かる。

周りに女性が多いのを見ると、おそらく端正な顔立ちで相当に強いのだろう。
雅染の相手になるかも知れない、と、少し興味があったので、凰蘭はしばらく様子を見ていることにした。








「東は勇名轟きしは海の向こうまで!前回大会の予選覇者!方劉我!」

司会らしき男が相手の名を叫ぶ。
声援も多い。

「西は今大会の優勝候補!謎に包まれた黒き剣士!陵迅菖波!」

優勝候補と言われた男、菖波は、確かに全身を黒い衣服で包んでいる。
端正な顔立ちに揺れる長い赤毛が、風に呷られ背に流れた。

女性からの声援が断然多い中、その試合は始まった。



「見かけない顔だな。あんた」

剣を繰り出す前に、相手の劉我は慎重に声をかけた。

「俺もこの大会に参加し始めて長いが、お前みたいに圧倒的に強い奴はそう居ねぇ」

すると、菖波の方は答えることもなく剣先を閃かせた。
劉我も舌打ちをして応戦する。

火花が散った。
重い一撃で果敢に挑む劉我と、冷静に交わしながら急所を狙ってくる菖波。

確かに、どちらも強かった。


「私の目的は、この大会で優勝することではない」

突如、剣劇の合間に菖波が言った。
一撃を剣の腹で受けながら、劉我も確かにそれを聞いた。

「あ?何だと?」

「私の悲願は、この国の騎士団長と戦うこと」

一度剣が離れ、同時に二人の距離も離れた。

壇上で十分に距離を取って言葉が交わされる。

「確かに、前回の優勝者は騎士団長閣下だからな。今回勝ちゃ、あの人と戦える」

「そう、そして彼を負かした後、もう一つ目的がある」

右足に重心が掛かる。
明らかな攻撃の意思だ。

途端に、菖波な姿が掻き消える。


「……ある人物の、暗殺だ」

劉我が気づいたときには、腹に深々と剣が突き刺さっていた。

血を吐いて、その場に倒れそうになる。
瞬間に剣が引き抜かれ、反射的に傷口を手で塞いだ。

「楽しかったよ、劉我。君もなかなかに強かった」

だが、と前置きされ、再び剣が振り上げられた。

「これで終わりだ」

白刃が閃く。
瞳を強く閉じた。


「そこまで!」

しかし振り下ろされた直後、審判の男が止めに入った。

死者を出してはならないと言うのがこの試合の決まりだ。
致命傷を負った人物も過去にいたが、誰もみな死んではいない。

そして劉我も致命傷を負った一人だが、こちらは余裕そうだ。

「勝者!西の方!陵迅菖波!」

司会が声を張り上げると、歓声が上がった。
待機していた医師団によって劉我は運ばれ、そのまま治療に移るだろう。

その様を見送った菖波は、一度だけ凰蘭のいる高台に視線を投げ、ゆっくりと壇上を降りていった。







「確かにお強い。これは本当にあの方が優勝してしまうかもしれませんね」

年嵩の女官が笑う中、凰蘭は勝者の男を剣呑に見つめていた。
こちらを一度だけ睨み、壇上を降りる。
一瞬だったが、確かな敵意が視線に含まれていた。

「女王陛下?どうなさいました?」

ずっと眺めたままなので、雛綾が心配そうに覗き込んできた。
金の瞳とかち合い、凰蘭もはっと我に返る。

「ごめんなさい。ちょっと、疲れてしまって」

「まぁそれは大変。今日は日差しも強いですし、きっと熱にあてられたのですわ」

聞いた雛綾は、屋根を広げるなどの動作をしていたが、ふと何か思ったのか、それ以上は止めてしまった。

「少し、中で休まれますか?騎士団長閣下が出られる際にはお呼びしますから」

それはもう、凰蘭にとっては願ったりな申し出だった。御前試合だと言うのに、御前たる国妃がいないのでは意味がないと懸命に出席していたが、やはり面倒なものは面倒だった。

「えぇ、じゃあお願いするわ」

一も二もなく了承した凰蘭は、玉座を立ち上がると、跪く女官達を横に、一人でゆっくりと城内に戻っていった。

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あきゅろす。
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