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神子色流れ
黄の国 準備


月翔国は資源が豊富だった。
月と言う輝くものが国名に掲げられる影響か、しばしば黄金郷と呼ばれたほどだ。

もちろん資源豊富なのは、この国の特性である学問にも多大な影響を与えている。
お陰で研究は着々と進むし、国民の学習状況は非常にいい値を示している。

それでも余りあると言われる資源は、こうして城に動いてきた。

凰蘭が浸かる白木の湯船は、まさにその産物だ。

背を丸めて温かな湯に浸かれば、ずっと纏わりついていた眠気もすっかりなくなった。

さて、この白木の湯船は定期的に変えなければならない木製の湯船で、馬鹿馬鹿しくなるくらい税の限りを尽くしている。

そもそも湯浴み自体が贅沢なものである。
湯を使えると言うのは、国妃の立場上、ある意味権利だとも言うが、凰蘭は幼いころからこの贅沢を体験してきた。

もともと上流貴族の出だ。国妃となるべく育てられた麗しき姫君。
産まれたときより託宣を受け、申し分なく美しく育った。
今でも「輝夜に愛されし姫よ」と、持て囃される。
それが嫌と言うこともないが、気に入らないとは言える。
別に人生において全てが美しく潔白であったわけではない。
むしろ、かの輝夜姫が何故に自分を選んだのか、今では見当もつかない。昔は喜んだりもしたが。

確かに幼いころから贅沢を知っていた凰蘭だが、そうでない生活を知らないと言うわけでもなかったのだ。

かつて暴君たる帝王が君臨し、尚も領土を広げようした愚かな時代。
それから続く王位争いに、凰蘭は瞬く間に巻き込まれた。

その時に、自分がいかに幸せであったかを学んだ。聡明な少女はすぐにその事実を掴んだのだ。

と言うのに、今また贅沢に暮らしているのは、どうも釈然としない。
いまだにかつての傷が残る国は、完全に安定してはいないのだ。
もとにあった貧富の差は開くばかり。
やらなければならない事は、まだ沢山残っていた。

「女王陛下?」

雛綾が厚手の布を持って湯殿に立っていた。
いつの間に時間が経ったのか、すでに出る時間になっていたらしい。

「ごめんなさい。今、出るわ」

戻った声で言えば、やはり雛綾は笑った。
よく笑顔が似合う。

湯殿を出れば、数人の女官が手早く着付けを行った。
手慣れたものか、朝に着ていたものより重厚になろうとも、すぐにそれは終わった。
濡れた髪を拭われ、各所に貴石や宝玉が取り付けられる。

その様を見て、ふと思い当たった。

「あぁ、今日は御前試合があるのでしたね」

「はい。すでに護衛の方は準備も整っています。あとは女王陛下が美しくなるだけですわ」

女官の一人が答えた。
彼女は結われた髪に簪を差しながら、鏡面に映る凰蘭を見て満足そうに笑った。
他の場所を飾り立てる女官も同様だ。

髪、首、腕、足、指に至るまで輝きを纏うと、なるほど確かに、それは付け焼き刃の気品ではない。
教育された者の輝きだった。


「さぁ、女王陛下。参りましょう」


雛綾の一言で女官たちは膝を付いて凰蘭を見送った。


確かに今日はいつもとは違う始まりだが、それでもいつもと同じ時間が流れるのだ、と漠然と感じていたのだ。



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あきゅろす。
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