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神子色流れ
〜第五章 世界の動乱〜
やがて、時代は激動時代へと流れ始める。

神子は憂い、全てを正した。
そしてそれが、「黒髪五色神子達の歩みの物語」となった。




「〜第五章 世界の動乱〜」




鏡華帝国から帰って来た桃凜は、例によって例のごとく、サボりにサボりまくっていた。

「さぁ、みんな。今日は何をして遊びましょうか」

桃凜の前には、四歳から六歳ぐらいまでの子供が数名。
彼女がそう聞くと子供達は、我先にと口を開いた。

「桃凜様。今日は薔薇姫様のお話をして」
「ダメよ。今日は絵本を読んでもらうだから!」
「桃凜様!今日は剣術を教えてよ」

桃凜は時々、こうして城下に降りて子供達と遊んでいた。
わりかし頭の良い彼女は子供に勉強を教えてもいたが、子供達が専らせがむのは、遊ぶことばかりだった。
普通の国妃はこんなことをしないだろうが、この行為のお陰で、朱鸞国の妃は国民には大変な人気があった。
当然、彼女を担ぐ国の指導者達は良い顔をしなかったが、それでも桃凜の政治的手腕に黙らせられた。

「はいはい。じゃあ順番にしましょうね」

桃凜は笑って、この国で有名なお伽話。「薔薇姫の伝説」を語り始めた。
子供が聞きながら育つ程の馴染み深いものだ。

「昔々あるところに……」

昔話でありがちな口上を述べ始めた。
子供達も美しい声に耳を澄ませる。

「桃凜!」

だがその瞬間、よく響く低い声が、その場を打った。

「茜雅。どうしたの?」

茜雅は桃凜の身辺警護を仕事とする近衛騎士団長だ。
彼女が国妃でなかった時は、幼馴染みの立場だった。

常に落ち着いている彼が、息を切らしているのは大変に珍しく思えた。

「直ぐに、朱華城へ戻れ!鏡華帝国から急ぎの使いだ」

口調が普段のものに戻っているのを見ると、かなりの速さで駆け抜けたのだろう。

「鏡華帝国から?」

桃凜は腰かけている岩場から、すくっと立ち上がり、少し上を向いて、茜雅と目を合わせる。

「分かりました。すぐに向かいます」

話の展開が見えない子供達は、桃凜が立ち上がったのを見て、驚いていた。

その中で、一番年長の獣桜が、周囲の子供達をなだめ始める。
獣桜は大変落ち着いた男の子で、その雄々しい名前に沿って武官になりたいと、よく桃凜に剣術指南を申し出て来る男の子だった。

「ごめんね。みんな。今日はもう帰らなきゃ」
「え〜」
それぞれが口々に文句を言う。
どうしたものかと思案したが、あまり考える必要もなかった。

「ダメだよ。みんな。桃凜様はお忙しいんだから」

獣桜が子供達を優しく叱った。
年長でお兄さんの立場にある彼に言われれば、子供達も渋々了解した。

「行ってきて下さい。桃凜様。また来てくださいね」
「勿論。その時は、茜雅も連れて来るから。彼に剣術指南してもらってね。獣桜」

寂しがる子供達に手を振って、一頭の馬に乗る。桃凜の愛馬、琳宮だ。
女性ながら、彼女の馬術は中々の物で、騎士団の中でも桃凜の速さについてこれる者は少ないらしい。
さすがに茜雅は、騎士団長らしく桃凜よりも少し先を走っていた。

そうして見えてきたのは、朱塗りの屋根だった。




城は異様な雰囲気に包まれている。
鏡華帝国から急ぎの使いなど滅多に来るものではない。
しかもその内容は必ずと言っていいほど朗報ではないのだ。

桃凜は自室にいた紫花を見つけ、簡易な妃千服から、少し壮麗な形の物にしつらえをかえた。

「紫花。一体何があったの」
「さぁ、私にもさっぱり」
「……」

玉座へ向かう途中、桃凜は筆頭女官紫花にそんなことを聞いた。彼女の表情には僅かながら陰があったが、この時はさして気にも留めなかった。


玉座に着いて暫く待っていると、桃凜の好む千鳥装飾の扉が開く。

鏡華帝国の使いと名乗った中年の男は、恭しく桃凜に挨拶を告げた後、おもむろに本題を切り出した。

「朱鸞国妃様におかれましては、ご健勝の事と存じます。私がこちらへ出向きましたのは、朱鸞国妃様に急ぎの文をお届けにあがる為にございます」

桃凜は表情に出さずに固唾を飲んだ。
相変わらず瞳は使いの男に向けられ、静かに見据えていた。

「その文を読み上げてください。紅千」

紅千と呼ばれた、見たところ若年の男性は、文官筆頭、つまりは宰相の男性だ。
その表情は若いが、実は三十路を過ぎている。

「失礼致します」

彼は文を受け取って淡々と読み上げた。

「要件以外は、省略させていただきます。「この文の内容は何とぞ、極秘のものとさせていただきたく存じます。先日、正確には夏楓の月六日に、我らが鏡華帝国第十代帝王、白 泉涼様がご逝去なされました。原因は未だに解明されておりません。この事につきましては、帝王妃であらせられる白 蓮鏡様が事後処理に回っていらっしゃいます。再び黒髪五色神子の皆さま方に集まっていただき、今後の行く末をご検討くださると共に、追悼の祈りを捧げて下さいますよう、お願い申し上げます」とのことです」

紅千はあくまで淡々と告げたが、内心は相当な衝撃を受けているのが見て取れる。
彼が文を桃凜に渡すと、彼女はざっと目を通し、その事実を改めて確認した。
文の一番下に捺された判は菊花の紋。間違いなく、鏡華帝国からのものだ。

「泉涼様……が?」

桃凜も事実を受け入れられないでいる。
小さな呟きだったが、それにどれだけの思いが詰め込まれていたのだろうか。

「悲しいことでは、ございますが。文にもありますが、もう一度黒髪五色神子の方々に集まっていただきとうございます。何とぞよろしくお願いいたします」

桃凜は一つ目を伏せ深呼吸を繰り返すと、ゆっくりと返答した。

「……分かりました。他国の国妃とも話して、日程等を検討しましょう。私も本日は、祈りを捧げる事に致しましょう」




鏡華帝国の使いが帰った後、桃凜はふらふらと寝室に向かい、光が入るように置かれている柔らかな寝台に身を預けた。

目を閉じれば浮かんでくる。
鮮明に思い出せるのは、九代目帝王 白 煖浪の時代。

地獄と言われた、あの時代のこと。
桃凜が国妃となったあの時だ。


元々、国妃は、鏡華帝国が治められなかった土地、現在の五国を治める地方領主の事を言った。

いつの間にか国となった、朱鸞、柳弦、月翔、青藤、黒海の国妃は、当然、鏡華帝王より身分が低い。

それ故、国妃となった時でも、あの時代は満足に過ごせなかった。

虐げれて、蔑まされて。
一国の女王に向ける態度では無いものも向けられた。
それは、どの国妃も同じだろう。

その地獄から彼女らを救ったのが泉涼だった。
比喩ではない。
少なくとも、彼女らはそう感じているはずだ。

「まさか、あの人がね」

わずかに漏らした悲しみの嗚咽を、扉に手を掛けられずにいた茜雅は、薄い扉の前に立ち尽くして聞いた。
悲しむ女王と見守る騎士。
二人を隔てるのは一枚の扉のみ。
だがそれを破るのは酷く困難だった。




柳弦の国妃も朱鸞の国妃となんら変わりなかった。
涙こそ流さないものの、気丈に振る舞う姿は痛々しい。

「頑張り過ぎなんだよなぁ。あの人は」

緑瀞双源。いつもふざけているこの男でも、この時ばかりは、憂いを帯びた呟きを溢した。

元々、整った造作をしている双源は、普段の明るさが無くなると、それが際立つ。
印象が違う分、強調されやすいのかもしれなかった。

彼が見つめているのは、政務に負われている柳弦国妃、緑流だ。
筆頭女官、扇麗から運ばれてくる書類を片付けている。
その姿はいつもと変わらないように見えて、どこか違っていた。

「あ〜!もう!何でこんな馬鹿みたいに多いんだ!!」
「仕方ないでしょう。柳弦国は環境がいいわけではないから、国民の話を聞くって言ったのは貴方なんですよ?ただでさえ今は、鏡華帝国の泉涼様がお亡くなりになられて、大変だと言うのに……あっ」

扇麗は言って口を滑らせたと思い、袖で口を押さえた。

あからさまに悲しそうな顔の緑流を見て気づいたのだった。

「……失礼。失言を致しました。私は、お茶の支度をして参ります」

しかし、扇麗はあえて慰めることはせず、それだけ言って退室した。

どっちも不器用なんだよなぁ、と双源はため息を零した。

「……双源」

しばらくの沈黙の後、名を呼ばれた双源は、凭れていた壁から身を起こす。

「しばらく、一人にしてくれ」

予想通りの言葉と絞り出すような声音に何も言うことは出来ず、ただ退室する直前にこう言った。

「頑張り過ぎも体に毒ですよ」

わざとおどけたように言ったのだが、功をそうしたらしい。
緑流の表情が僅かに 、柔らかくなっていた。




ふと気配を感じて、凰蘭は瞑っていた眼を開ける。

「雅染。どうかしましたか?」
「気配なく、入って来たはずなんですけどね。……まぁ、特に用は無いんですけど、大丈夫か心配になったんで」

一瞬、目を丸くして凰蘭はまたくすくすと笑みを溢した。

「何が大丈夫なんです?」
「泉涼様が亡くなったので。……それに、初めて会った時のような、明るさが無いんで」
「昔の明るさ……ですか。……泉涼様のことなら大丈夫ですよ。さすがに衝撃ではありましたけど、悲しんでも帰って来てはくれませんもの」

凰蘭は泣かなかった。否、泣けなかった。

全てに見切りを着けた彼女は、悲しくても泣く事がなかった。
冷酷なのではなく、ただ泣けないのだ。
その事にさえ、見切りを着けた彼女はどうでも良くなっていた。

それを憂いているのは、雅染の方だ。
そうなってしまったのは自分のせいだと。何も語りはしないが、彼は何故か自分を責めた。

「大丈夫ならいいですよ。じゃ、僕はこれで」

軽い会釈をして、退室した雅染の背中を見つめて、凰蘭は疑問の呟きを漏らした。

「初めて会った時って、私、そんな明るかったかしら」




「泉涼様。安らかにお眠り下さいませ。青藤国妃、聖薔。心よりご冥福をお祈り致します」

青藤国妃、聖薔。
彼女は、青羅城の神殿で、恩人である泉涼に祈りを捧げた。

神子らしさを兼ね備える青藤国の最高指導者の聖薔は、端から見れば冷静に事の事実を受け止め冷酷とも思える程に、普通だった。
内心どんなに傷心していようと、表面には何も変化なかった。


祈りを終えて神殿の大きな扉を開けると、目の前に、見上げる長身があった。

騎士団長、嵐華だった。
常に背負っている鎌は無い。
無表情に見える顔は僅かに翳っている。

「嵐華。どうかしましたか?」
「……何故、そこまで」

滅多に口を開かない嵐華がその低音を響かせた。

それに返した聖薔の言葉は、強い響きと弱い響きを含んでいた。やはり内心は傷を受けていたのだ。

「嵐華。貴方が気にすることではありません。わたくしは青藤国妃。このような事で、動揺してはいられないのです」

そのまま歩き出して行こうとした聖薔の手を、嵐華が強く掴んだ。
「       」
「分かっています。大丈夫ですよ」

強く掴まれた腕を一瞬驚いたように見つめたが、小さすぎるほとんど聞こえない嵐華の声に聖薔は言葉を返した。


彼女が歩き出して行ってから、嵐華は自分の手を額に当て、自嘲的に笑った。

だが聖薔はそんな事には気づかず、自室への帰路の途中、笑みを零している。

「まさか、嵐華にあんな事を言われるなんて。……無理はするな……だなんてね」




黒紗。彼女にとって、泉涼の存在はとても大きなものだったのだろう。
帝王逝去の話を受けてから、黒紗は寝台に突っ伏して泣いていた。

その様子を見ていた灰菖は、扉を閉めて深い溜め息をついた。

そのまま踵を返して、帰ろうとした時、目の前に筆頭女官の刻永をみとめる。

「黒紗様は……」

少女と言う印象が抜けない声で、不安そうに告げた。

灰菖が返したのは、首を横に振るだけだったのだが。

「黒紗様に何か温かい飲み物でも持ってきてあげて下さい」

目を俯かせた刻永を見て、灰菖はその後にそう言った。

「あ、はい。分かりました」

すると、少し明るくなったように、厨房へと戻って行った。

灰菖はそれを見て、銀髪を揺らめかし、彼女とは反対方向へ歩みを進めた。
どの騎士もそうであろうが、彼も変な違和感が覚え、心の靄がとれないでいる。

歩いて行く灰菖に、ただならぬものがあった事を気付いたのは、一体、どのくらいなのだろう。





後の、物語となる運命。

知られざる国妃の全貌。

明かされた事実。


物語は、深淵へ

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