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神子色流れ
緑の国 戦い


「覚悟!」

先に走ったのは扇麗。
格闘と槍と言う間合いの異なる手法は、果たしてどちらが強いのか。


扇麗はこの国でもかなり強い部類の女性だ。
だが、双源は近衛騎士団長で、しかも男だ。
力で叶う筈はない。

上手く懐に潜り込んだ扇麗は、重い一撃を双源の腹に叩き込む。
しかし、息を詰まらせたのは一瞬で、構えた槍を大きく凪ぐ。
強風とも言える風が巻き起こった。

そのまま飛びすさった扇麗に向かって、速い一撃。
一度当たれば致命傷の武器だ。
長い時間を戦い続ける為にも、傷を負うわけにはいかなかった。

槍の柄を受け止めた扇麗が、そのまま槍を女性とは思えない力で後ろに放る。

力の流れに耐えきれず、槍ごと双源の身体が宙に浮いた。
だが、それでやられるほど、彼も甘くはない。

地面に着く直前に扇麗の背中を蹴り上げる。
当然、衝撃にその身体は前へと倒れる。

瞬間に、双源の槍が彼女の脇腹に突き刺さった。
残酷に、その血が滴る。

「扇麗っ!!」

気づいた緑流は、力の入らない足を動かした。
抜けた力では双源に適わないが、そのまま見捨てる事ができる筈もない。

「来てはなりませんっ!!」

扇麗が傷を押さえながら叫んだ。
喋るだけでも痛いだろうに、彼女はそのまま続ける。

「来てはなりません。女王陛下。……私は、筆頭女官。貴方の生活を、お助けすると共に、私は、貴方をお守りする役でも、あるのです。……長らく使っていない、武術の腕を、どうか、貴方様の為に、使わせて下さい」

絶え絶えの台詞の中で、彼女は腹に刺さる槍の刃を掴んだ。
危機迫る様子が、緑流に足を出す勇気を与えなかった。

「貴方は、こんなところで、いなくなるべき人では、ありません。この場所を、より良い国に、しなければなりません。……私なぞ、一人、いなくなろうとも、対した損害は、ありませんもの」

掴んだ槍を徐々に離し、脇腹から徐に抜く。
つらそうな表情の中に、かすかな笑みが浮かんでいた。

「この男に取られ続けた、貴方を守ると言う役目。今だけ、私にお与え下さい」

既に緑流の瞳には大粒の涙が浮かんでいる。
その様子を見つけた扇麗が、安心させるように笑んだ。

「泣かないで、下さい。女王陛下。主君を泣かしたとあれば、父に叱られます」

「……っ扇麗!」

とうとう彼女の瞳から涙が流れた。
決壊した水路のように後から後から、絶え間なく零れ落ちる。


扇麗は再び双源に向けてその拳を繰り出した。
先ほどよりも大分力がない。
傷を受けた影響で血が流れ、恐らくそれが不足しているのだろう。


双源にとって、その状態の扇麗を殺すことなど、赤子の手を捻るよりも簡単だった。
近衛騎士団長になるほどの実力者で、しかも今は情け容赦がない。
とてもじゃないが、扇麗の勝利が有り得なかった。

「……なぜ、そこまでする」

扇麗の体術を受け流しながら、双源は言った。
変わらず猛攻は続けているが、先ほどよりも彼女の動きが洗練されて来ている。

不可思議だった。
思いの力だとでも言う気なのか。

「今、ここで私と戦っている、貴方には、きっと、分からない。あるいは、とうの昔に、忘れたものなのでしょうね」

槍を避けながら、扇麗は笑った。
危機的状況であるにも関わらず、一度決心を口にした事で心に余裕ができたようだ。

「誰かを思う力だとでも言う気か」
「そうですね。似たようなものです」

再び対峙した二人は、戦時の戯れのように言葉を交わす。

時間はない。
月は西に傾いている。
長い夜の明けが近づき始めている。
遥か向こうの世界では既に朝なのだろう。

そして、扇麗の身体にも限界と言う時間が近づいていた。

傾ぐ彼女の身体。
狙ったように動く、双源の槍。

その身体を貫く刹那、女王の足は弾かれたように動いた。


「止めろっ!!」


片手に愛刀。もう片手は強く握りしめていた。
両手を広げ、地面に伏した扇麗を守るように立つ。

「……殺される覚悟が出来たか」

変わらず、その声は双源のものとは思えない。
紛れもない彼の声なのに。

「そんな覚悟、もとより決める気もないっ!」

震える手足。
広げた両手を愛刀に添え、切っ先を真っ直ぐ双源に向ける。
カタカタと震える度に、刀もかすかに音を立てた。

「止めろ。傷付けるな。傷付ければ、痛いんだ。両方とも。身体は痛くなくても、心が傷付いてる。……私を殺さなければならないなら、殺せ。だが、それで終わりにしろ!これ以上、誰かを、自分を傷つけるな!」

身体は震えていた。
有り得ないような殺気と威圧感を前にして、彼女は必死に、泣くまいとして耐えている。
普段なら簡単に扱える刀が、とても重く感じた。

「人が二人いれば、仲良くなるのが普通なんだ!気が合わなくて、喧嘩して、それでも最後は、友人になれる筈だ!お前も扇麗も、傷つけ合う為に出会ったんじゃないっ!」

月が、陰り始めた。
遠い東の空が、微かに、輝きはじめる。

「私達は同じ人間だ。同じ種が殺し合うなんて、そんな馬鹿な事があるかっ!……頼むから、私を見てくれ!目を覚ましてくれ!双源!」

説得しようとしていた声が徐々に悲痛な叫びに変わる。
耐えていた涙も、絶え間なく流れ出した。

「双源……、頼むから、お願いだから、元のお前に戻ってくれ……!私を呼んで、笑い掛けて……!お願い、だから……!」

身体がついに崩れ落ちた。
手にあった刀も地に転がり、両手は顔を覆う。

凛々しさも何もない、ただの少女が、そこにいた。

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