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神子色流れ
緑の国

自由を奪われたなら

変貌を許されないなら

物語は続かない

あぁ、誰か……


「〜第十章 道化師の叫び そして解放〜」


現在そこには、甘くも爽やかな香りが漂う。

果たしてその香りが、緑流のものと気付く者は何人か。



さて、夜も開けて、今は城でも町でも朝の喧騒が起こる時間であるが、緑流はその寝台からなかなか身を起こさない。
呻き声が時に響くが、それだけである。


そうしていると、部屋の扉が盛大な音を立てて開く。

部屋に入ってきた人物は、沓を鳴らして緑流の寝ている寝台に近づいた。


「起きて下さい。女王陛下」

実直な、いかにも仕事の出来そうな若い女性の声が緑流を揺らす。

彼女は、緑流付きの筆頭女官であるが、毎度毎度この寝起きの悪い女王に手をやいている。

そんな訳で、筆頭女官の峰 扇麗。
毎日のように強行手段に打って出るのであった。


白い纎手を高く上げて降り下ろし、寝ている主人の頬を思いっきりひっぱたいた。

パチンと小気味いい音が響くと、もう一度同じ音が、今度は逆の頬から鳴った。

ようやく、言葉にならない声を上げながら緑流が起き上がる。


「あぁ、おはよう、扇麗」


まだ半分は夢の中か、はたまたほとんど夢の中か。
寝ぼけ眼の緑流の印象はそんな感じだ。


「あぁ、おはよう、じゃないですよ!女王陛下!今、何刻だと思ってんです!?」

盛大に怒鳴り散らす扇麗の声も、この城では最早、日常茶飯事である。

千和千鳥一、怒鳴り声が絶えないのは、間違いなく、十人いれば十人とも、この国だと答えるはずだ。


「さぁ、早く着替えて仕事してください」

潔く寝台を降りた緑流だったが、いまだに足が覚束ない。

ふらふらしながら、鏡台まで歩いて行ったかと思えば、突っ伏して再び眠りに落ちた。


「ふふふ……。女王陛下、どうやら私を本気で怒らせたいようですね」


なにやら妖しい笑みを浮かべる扇麗だが、そんな事も気にせず眠りこける緑流なのだった。

そうかと思えば、扇麗は緑流が座る椅子を蹴倒した。
盛大に音がなり、緑流が倒れる。


「いった!な、何だ。何が起こった!」


ようやく覚醒したようだが、その慌てぶりもまた見ものだ。

扇麗でさえ肩を震わせて笑いを堪えている。

彼女は一つ咳払いをして、緑流に向き直った。

「ようやくお目覚めになりましたね。さ、とっとと動いてくださいまし」


「せ、扇麗か……、椅子を倒したのは」

倒れた椅子を見て、緑流は一つため息を吐いた。

「それが何か?」

その返答を聞いても一つため息がこぼれた。

そもそも、主君の座っている椅子を蹴倒す従者がどこにいようか。
現に、ここに居るわけだが。

不敬罪だと喚くことも国妃の最高権限を持ってすれば簡単だが、生憎と緑流は床に放り出されたくらいでそんなことをするほど、馬鹿でも短気でもない。

第一、経験則から自分に利がある時の扇麗には、何を言っても絶対に勝てない。
そして、今は扇麗に利がある時なのだった。


「わかった。仕度するから、とりあえず服だけ出しといてくれ」

あっさりと従者に負けた緑流だが、ちゃんと彼女の怒りの止め方は心得ている。


「半刻には、お仕事の方を用意しておきます。それまでにはお仕度を済ませて下さいませ」


案の定、扇麗は怒りの一端も無くなり、軽やかに一礼して退室した。


「はぁ」

緑流は通算三回目のため息を漏らした。





さて、彼女は緑流の部屋を辞した後、ある人物のもとに向かっている。

「やはりここにいらしたのですね」

やがて足が止まり、ある一つの扉の前で、その奥の人物に声を掛けた。

「誰も気付かないとは、大したものです」

鋭い眼光が閃き、扉の奥の緊迫感をより増幅させた。


「……」

「貴女が何をしようと構いませんが、あの方に危害を加えるようなら、私とて容赦はいたしませんよ」

喋ることをしない扉の向こうの人物に向かって、扇麗は鮮烈に言葉を投げる。

「それだけは、覚えておいて下さいまし」

それを言い残すと、足早に扉の前を通りすぎた。













真夜中、すでに草木も眠り始める頃だと言うのに、柳永城の中庭にはまだ人影があった。


勢いよく振られた剣が、月光を弾く。

その銀光を辿れば、それが収まる手はひどく華奢で、まだ若い女性のものだった。

人影の正体、緑流は、まるで羽根でも持つかのように、その刀を振るった。


不意に、軽い口笛が聞こえる。

「流石っすね。緑流さん」

「双源か」

中庭に植えられた竹林の蔭から、自身の愛槍を肩に担いだ状態で、彼は現れた。

相変わらずの軽そうな笑みは健在だが、顔に影が入っているせいか、別人のようにさえ感じる。

「お前、明日も早いんじゃないのか?」

一度下ろした刀を再度振るいながら、気さくな様で双源に聞いた。
風を切る音がいやに長く感じる。

再び月光を弾くその刃が、強い煌めきを灯した。
突き刺さるような強い光。

月に陰っていた雲が晴れ、緑流の刀だけでなく、双源の槍の刃部まで強い銀光を放った。

それを諸に受けた緑流は、反射的に瞳を閉じる。
瞼を通り越して感じる光に、またも反射的にその刀を下ろした。


途端に、自分の耳元で風の流が変わる。
反射能力も高い彼女は、すぐに瞼を開いた。

気づけば、極近くに双源の愛槍が刺さっている。

中心の刃を囲うような五つの曲刃が特徴の、見間違う筈もないそれ。

槍に気づけば、それの持ち主である双源が、自分の近くにいる事にも気づく。


いつもの明るい表情はない。
一切の感情を取り払った無表情は、絶え間ない恐怖を彼女に植え付けた。

「そうげん…、何の真似だ……」

知らず声が震える。
突きつけられたら現実に、そう言葉を出せる筈もない。

ただ、自分が信頼していた騎士の名を、聞き取れる限りで呟き、その顔を見つめるだけだ。

「……さようなら。柳弦国の女王さん」

全てが彼のものだ。
声も槍も、顔も。
ただ、その表情と感情だけが全く別人のものだった。

動けない緑流を尻目に、再度双源は槍を構えた。
狙いは彼女の心臓。

後は貫かれるのみとなった緑流は、相も変わらず動けない。

「せめて、一瞬で」

振り下ろされる。その刹那。

急激に、多方面からの衝撃によって槍の軌道が外れた。

舌打ちも乱雑に、一度双源はそこから飛びすさる。


暗闇から現れるその姿は、昼間と何ら変わりのない、筆頭女官扇麗。
この時間ならば、とっくに彼女は就寝しているはずだ。
それがこの場に、しかも女官服でいると言う事は、知っていたと言うのか。
それともただの偶然なのか。

「彼女に手を出せば、容赦はしないと言った筈ですが?」

扇麗が手にしているのは、その辺に転がる石だ。
あれを投げて、槍の軌道を変えたと言うならば、かなりの投擲技術だ。

「生憎と、こちらも仕事だ。何の為に道化を演じていたと思う」

紛れもない双源の声。
ただ、明るさも優しさも、何もない。

「貴方の事情なんざ知った事じゃありません。近衛騎士である貴方が女王陛下の命を狙うと言うなら、私は筆頭女官として全力で貴方を阻まねばなりません」

「ならばこちらも、暗殺と言う任務を完遂する為、邪魔する者には容赦しない」

扇麗は石を捨て、格闘の構えを作る。双源は一度離れた槍を再び構える。

すでに空気が牽制しあい、お互いが動いていないと言うのに火花が飛び散る感覚が走った。

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あきゅろす。
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