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神子色流れ
桃の国 終




「私が、あの方からの依頼を承ったのはごく最近です。」


その言葉に桃凜より速く、茜雅が反応する。
壁に凭れていた体を起こし、先を促した。


「紫花殿。それはまさか…。」


紫花は僅かに笑う。
笑いながらも、表情は暗く重い。


「えぇ、お察しの通り。今回、私が承ったのは、女王陛下、桃凜様の暗殺。果ては、国妃制度廃止の足掛かりとなる物でした。」

「国妃制度の廃止だと!?」


それを聞いた茜雅は桃凜に目を向けた。
驚いているかと思ったが、意外にも桃凜は普通でいる。


「勿論、私も最初は拒みました。ですが、家族を盾に取られて。」

桃凜は静かに瞳を瞬かせる。
月光を受ける桃色の瞳は、さながら黄金のようであった。

「紫花、それは確実ね?」


先ほどまで動揺していた彼女の影は、微塵もない。
真実を確かめるような彼女の瞳は、緩く輝いた。


「?…えぇ、確実です。必要ならば、その時の文書もあります。」

首を傾げつつも、紫花は正直に答えた。
嘘を吐いているようには見えなかったし、何より吐いて利益のある嘘ではなかった。


「今日の昼頃の殺気は貴女のもの?」

「はい。」
紫花は包み隠さず答える。
いつの間にか、桃凜が強く質問をするようになった。

「何故、私に分かるようにしたの?しかも茜雅には気付かれないように。そんな芸当が出来るなら、私にさえ気付かれない殺気を放つことなんて、容易いでしょう?」


僅かに紫花が沈黙する。


「気付いていただきたかったのです。貴女様が、私に気付いて下されば、私は貴女様を殺さないで済む。帝王妃様の計画をお話することが出来る。」


わずかな沈黙の後、細々と紫花が語った。

桃凜は、少し複雑な表情をしたが、表立ってはいない。
逆に、感情を顕にしたのは茜雅の方だった。


「それが、貴女の自己満足だとお気付きですか。」

あくまでも抑えられた声は、やはりどこか感情的に聞こえる。
静かな怒りと言うのはこんなところだろうか。


「自己満足だなんて……、私はそんな……。」

「その様子は気付いていらっしゃらないようで。貴女は桃凜の負担を増やしたかったんですか?彼女を殺すこともいとわないと言うのも困り者ですが、気付いて欲しかったんなら、最初から自分で打ち明ける気はなかったんですか。」

徐々につり目がちの瞳が怒りに燃える。
そもそもの緋い目が余計に緋く見えるのだから不思議だ。


「私は……。」


「例え、桃凜が貴女に気づいたとして、それがどれだけ辛いか、貴女に分かりますか?!信頼している人に裏切られた時の思いは、並大抵のことで拭えるものではないんだ!貴女はそれを気にも止めず、自分が楽になりたくて、行動を起こさなかった!残念だが、俺は貴女を許せない。」

「茜雅!」

茜雅の声の後に、凛とした強い声が間に入る。

それは桃凜の持つ声であったが、どこか複雑な響きを帯びたものだった。

桃凜の強い声に制止 させられ、我に返った茜雅は、はっとなって口を閉ざす。
数秒、気まずい沈黙が現れたが、それは十と経たない内に、桃凜によって崩された。


「茜雅、貴方は今は近衛騎士の身。身分をわきまえろとは指摘しないけれど、気を付けなさい。」

「はっ。…出過ぎた真似を致しました。何卒、お許しを。」

我に返った茜雅は、桃凜の国妃としての注意に、そつなく答えた。

二人の間には、取り決めがある。

それは、「公私をわきまえる」と言うものだったが、これは安易に主君と騎士の立場、幼馴染みの立場を考えると言っている。

こうも成人すると、どこでも、知り合いに会うのが難しくなってくるもので、桃凜達のように成人しても付き合いを続けている者は類稀だ。

桃凜と茜雅は、それが幸せなことであると言うのを知っているため、この取り決めを守っている。
また、さらに桃凜の立場上、信頼を置けるものは少なくした方が良いと言うこともある。

身内に信頼を寄せる人間や昔の知り合い等が、多いに越したことはないが、その中から反逆者が出ることも考えられるのだ。
判断能力を鈍らせることもある。

桃凜の場合の茜雅は、天地が引っくり返っても反逆などは起こさないだろうが。


よって、一番大きな取り決めとして、「公私をわきまえる」が挙げられているのだ。


だから、桃凜もこの時は厳しく茜雅に注意を出した。
それに間違いは無かったようで、茜雅も激情を抑えられている。


「構いません。あぁ、茜雅、悪いけれどお茶をお願いできるかしら?」

「承知致しました。」

完全にいつもの調子になった茜雅は、淡々と部屋を出ていく。


「紫花、家族を盾に取られたと言ったけど、それはどういう事?」

「正確に言いますと……、人質にされたのは家族全員ではなく琉雨……一人だけです。一番、武術に関して無頓着でしたので。」

「琉雨が……?」


久しぶりに桃凜が動揺した表情を見せる。いつもの調子になるまでに、数秒かかった。


「それで、どうなるの……?」

「私が任務に失敗した場合、相手に計画が露見した場合など、条件を満たすと彼女は………殺されます。」

「!?」


これには桃凜も目を見開かざるを得なかった。
しかも条件の量がかなりあるらしい。

紫花は泣きそうになりながらも、話を続けた。


「でも、あの子は気丈で。殺されても、後悔は無いと。ただ一つ、私が殺されるならば、貴女様に会えてよかったと伝えて欲しい……と。」


「全く、あの子は……。」

桃凜は唇を噛み締める。
その全てを行ったであろう蓮鏡に対して、沸々と怒りが沸き上がる。


「しかも、あの子は、自分が殺されることを前提に私に伝言を伝えました!私が貴女様を殺さなければならないと知った時、私に冷たく当たりもしなかった!私は、そんな妹を見捨てられなかった。だけど、貴女様を殺すことも出来なかった。だから、貴女様には花手紙によって知らせようと思いまして。要は帝王妃様に、計画が露見したことが貼れなければいいと。」

「それで、あの花…ね。」

桃凜は部屋の扉近くの花瓶を見やった。
暗くてよく見えないが、そこには花蘇芳、大黄、蕁が入っているだろう。



「はい。ですが、茜雅殿の言う通り、それは私の自己満足でした。琉雨の事があるとはいえ、一方的に助かろうとしたのは、事実ですからね。」

この時の紫花は終始、自嘲ぎみであった。
自分が犯した罪を感じているのか、またそうでないのか。
理由は分からないが、傍目にはそう映っただろう。

不意に桃凜が声を張り上げた。


「そこにいるでしょう?茜雅。」

言えば、扉が開いて茜雅が姿を表した。
手にはしっかりと茶を持っている。

抜群の安定感の片手に支えられる盆は、カタリと音を立てて卓上に身を下ろされた。

その上にある茶を取りながら桃凜が言った。

「聞いていたでしょう?茜雅。」

ただそれだけの問の中に込められる思いは、やはり軽くは無い。

すぐさま茜雅は、椅子に座る桃凜の足下に跪く。

「はっ。心得ております。どうぞ、我等、禁軍近衛院衆にお任せ下さい。」

「その言葉を聞いて安心しました。その場での全権は貴方に委ねましょう。」

「有り難き幸せにございます。お役目、全うしてご覧に入れましょう。」

「全てを、無傷にお願いしますよ。」

「御意に。明朝、発ちます。」



そこまでは形式的な出発の挨拶だったが、その後に二人の態度が急変した。

「絶対に助けて帰って来なさいね。茜雅。傷一つでも付けたら減給だから。」

「お前ならやりかねないな。まぁ、精々、気を付けるさ。それじゃあな。」

そう言って軽い様子で部屋を出ていった。

あまり儀礼的、形式的ではない別れだった。お互いを信頼し合っているような。

とにもかくにも、最初の件から話を理解していない紫花に対して説明をしなければならなかった。



「あの、茜雅殿は何をしに出ていかれたので…?」


「茜雅は貴女の妹、琉雨を助けに行ったわ。前から、監査衆国外専科の一人に調べてもらっていたことがあるのよ。」

「調べてもらっていたこと…?まさか……。」


「そう。多分考えている通り。帝王妃の行動を探ってもらったわ。案の定、出てきたのは裏での行動情報。………その中にね、琉雨のこともあった。前々から、確認が取れたら軍を向かわせるつもりだったのよ。」


それが、こんな形になろうとはね、と桃凜はふわりと笑った。

そこには、自分を暗殺しようとした紫花に対する暗い思いなど微塵も存在しなかった。


「さぁ、この話はもうお仕舞い。帝王妃に関しては後々、各国に伝えて、それから全国で対策を練るわ。」

「じょ、女王陛下!!」

颯爽と立ち上がり、空の茶器を片付けようとした桃凜に、紫花が叫ぶように呼び止めた。


「紫花?」

「お待ち下さい!女王陛下!私に罰をお与え下さい!」


それを聞いた桃凜はキョトンとして紫花を見返す。

「は?どしたの?紫花?」

「私は貴女様に謀反を働きました。その罰を受けるべきです。」

「何を言ってるの。貴女は。」

軽い冗談と受け取ったのか、くすりと笑った桃凜だったが、あくまで本気の顔をしている紫花を見て彼女も顔を引き締めた。


「下らない事を言うんじゃないわ。紫花。誰も貴女が謀反だなんて思う筈がない。」


真面目に言ったが、最早懇願するような紫花は聞こうとはしなかった。

「いいえ。誰が何を思おうと、私は決して許されない罪を犯しました。考えを改めますが、最早、罰だけでは足らないでしょう。どうか、私をこの世から葬って戴きたい!!私はもう、生きている価値がありません。」

桃凜は、いよいよ絶句となった。
罰を与えるぐらいなら、適当に言い渡せば良かったが、殺せとなると少々厄介だ。

主君が謀反のため臣下を切り伏せることは、さして珍しくなかった。
各国の定める約定の中に、死刑に関するものもいくつかある上、実際に歴代の国妃が誰かを殺すことは多々あった。

しかし、桃凜は紫花のことを謀反とは思っていない上、殺すなどと物騒なことをする気は毛頭無かった。
むしろ自分を殺すよいに命じた帝王妃の方を殺したいとも思える。

しかし、相当追い詰めているらしく紫花は、放って置けば自分で死にそうな勢いだ。

「どうか、私を殺して下さい!!」

まるで生きているのも恥と言うように彼女は頼み続けた。

桃凜は一つため息を吐くと、なるべく冷たく言う。

「分かったわ。貴女がそこまで言うなら、殺しましょう。」

桃凜は一度寝台まで戻ると、自身の愛刀を取った。

シュリンと言うような音が鞘と刃の接触面から鳴る。

一糸の乱れもない構えを整えると、刃を紫花の首に向ける。

「首を下ろしなさい。紫花。腕は前に組んで、自身が浄土に昇れるように祈りなさい。」

紫花は言われた通りに目を閉じて、腕を胸の前で組む。

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あきゅろす。
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