神子色流れ
桃の国
自身が放った、手に輝くそれ。
掠りもしなかった小刀は、銀色の刃を曇らせずに、己が存在を知らしめる。
昼を過ぎた辺りだったろうか。
あまりに強い殺気を感じ、手のこれを放った。
桃凜は寝台に転がり、その小刀を掌中で弄ぶ。
部屋の中の照明で鈍く光り、小刀を掲げる桃凜を映した。
「一つも霞がない。当たらなかったんだ。」
瞳を細めて、輝く刀身を見つめる。
そこには、汚れ一つ、ましてや血霧など、全く着いていなかった。
それはこの刀身が、生き物の体に触れていないからだと分かる。
一つ、大きなため息を吐いた桃凜は、隣にある鞘に刀身を仕舞った。
体を起こして、鏡台まで向かう。
その鏡台は、一年か二年ほど前に、どこかの皇子が誕生日の贈り物として贈ってきたものだった。
その皇子の想い自体は見事に踏みにじったが、鏡台の方はかなりの物だったので、有り難く使わさせてもらっている。
城の内装に合う、紅い縁取り。曇りのない鏡。
台に置かれた物は様々で、菓子であったり櫛であったり、果ては刀であったり。
桃凜の生活を、ありありと物語っているようだった。
鏡台の前で、桃凜は髪を下ろす。
最早、踝まで届こうかと言うほどの長髪は、微かな音を鳴らして重力に従った。
留め具を失ったそれは、開け放たれた窓からの風を受けて揺らぐ。
「長いなぁ。」
桃凜は、呆れた風に呟いた。
背中に手をやれば、真っ先に当たるのは己の髪だ。
それは、なかなかに不思議な感覚だった。
勿論それは、昨日今日に始まった事ではない。
だが、今はひどく新鮮に感じた。
根拠は無いが、何かが起きる気がした。
深い考えに落ちそうになった桃凜を引き戻したのは、窓から吹き付ける強い風。
にわかに強くなった気がした。
もう、夜も遅い。
そろそろ寝ようとして、髪を下ろしたのだ。
桃凜は寝台に戻り、掛布に潜った。
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