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神子色流れ
黒の国




既に夜は深い。
言うなら丑三つ時。


暑いような寒いような、でもやっぱり寒さが強い空気が、その部屋を覆った。

原因は窓。
開け放たれている。


部屋の主は、原因の窓の外。


月光を受け、一人で佇む。
いや、一人ではなかった。


部屋の主、黒海国妃、黒紗と対峙するように、それはいた。

鶸色の羽織を被った、白髪の青年。
隠れてほとんど見えないが、月光にさらされている横の僅かな髪が、銀色に見えた。
長身の体躯には無駄な肉は無く、しなやかな筋肉が着いている。

美しい。
何よりその言葉がぴったりだった。



「黒紗。まだ、続けるつもりか?」

紡がれた言葉は、憂いだ月のよう。
返す黒紗の声も、鈴のように感じた。

「…まだ…終わらせられない。…私のこれが知れるまでは……。」

言って黒紗は、頭の薄布に手をやる。
髪が結ばれたせいで出来たふくらみと、それとは別に、二つのふくらみがそこにはあった。


「でも…大丈夫。貴方達は、絶対、守るから。」

背の高い白髪の青年を見上げ、いつもより強い声を返す。


「私達の事は気にしなくとも……。」

聞いた白髪の青年は眉を下げ、遠慮がちに言った。
しかし、それ以上は言葉を紡ぎ出せない。


青年の白髪がにわかに揺らぎ、鶸色の羽織を頭から落とす。

原因は風。
少し冷たい。


鶸色の羽織の下、普通の人間ならば無いはずのものがあった。

白い猫の耳。ふわふわの毛に包まれ、青年の白髪に溶け込んでいた。
同じように時々、銀色に輝く。

この日に限って、月は金でなく銀で、青年はそれを背景にして、なんとも幻想的に映った。


「……綺麗。」

幼い頃、何度も見た黒紗でもそう思う。
人間としては有り得ないが、その耳も幻想としては完璧だった。

「あ、羽織。……飛ばされたか。」

既に近くには見えない鶸色を探したが、どこかに飛ばされたのか、見つからない。

青年は自分の頭に手をやって、考えた。


すると、黒紗が青年の腕を掴んだ。

「零銀。…来て。」

青年の名を呼び、腕を引っ張って、城近くまで連れてくる。

青年、零銀は眉根を寄せたが、されるがままにしていた。


「待ってて。」

言うと彼女は窓から城内に戻った。
身軽な動作。
後には、彼女の薄布がふわりと舞う。


しばらくすると、大きめの布を持って、黒紗は戻ってきた。

再び窓から出る。

「はい。」

そう言って、無表情ながらに渡されたのは、大きな薄布。
彼女の腕に抱かれていたものだった。


広げると、それは男物の羽織で、薄い灰色をしていた。
何故、男物を持って来れたのかは、皆目見当がつかない。


「あぁ、ありがとう。」

これまでに口数が少ない事が分かる零銀は、素直に受け取り、礼を言った。

そして再び、羽織を頭から被る。
頭にある耳を見せないようにするためのささやかなものだ。


「黒紗、この城の者が近くまで来ている。私は、帰るよ。」

零銀は頭を下げ、黒紗の耳元で言った。
ざわざわと風が辺りを鳴らす。

「分かった。…また、来てね…。」

大人しく首肯し、小さな声で、零銀の耳に告げた。


それに零銀は微笑み、ふっと姿を消す。

後には、白い花弁と真っ白な猫の影が残っていた。




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あきゅろす。
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