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神子色流れ
青の国



城の門に差し掛かろうとしたとき、門番の飼っている狼が吠えた。


彼らが吠えるのは、自分たちではない。
よく飼い慣らされた狼達であるし、聖薔も何度か遊んだ記憶がある。
嵐華に至っては、動物によく好かれる質で、門番の狼達の訓練をしていたところを何度か見掛けたこともある。


原因は自分たちではない。
それは聖薔と嵐華の背後にあった。



狼達は低い姿勢で唸る。
水路が引かれた堀は、かなり深く、流れもそれなりに急だった。


門と岸を繋ぐ橋の上に、軽やかな音と共に数個の気配が落ちてきた。



「……何者だ。」

ここにきて始めて、嵐華が言葉を発する。
隠しもしない深い殺気。

長い黒髪が風に乗って揺らめき、それに乗せて嵐華は振り向く。
自身の背後にいた聖薔を再び後ろに隠す。
百九十はあろうかと言う長身に、聖薔はすっぽりと隠れた。


「答える義理はない。」

気配の方も答える気はないらしい。
声で男だと分かった。
「確かにな。」

嵐華は口元に薄く笑みを浮かべると、後ろ手に聖薔へと下がるように伝えた。

それを感じた聖薔は従って狼の群れまで走る。
中心に落ち着いて立てば、近くにいた狼が擦りよってきた。
見掛けよりも、ふわふわの気持ちのいい毛並みが服を通して感じられる。


繋がれたままだった、前の数匹の鎖を外してやると、戦闘開始と言うように、彼らは臨戦体勢を取った。

それを、読み取ると嵐華は背の玉翠を構える。



残忍な輝きを示す鎌は、ため息が出る程、美しい。


「嵐華。殺しては駄目ですよ。後々、面倒ですから。」

ここにきて、段々と本性を表してきた聖薔。
少なくともおしとやかで、勤勉な国妃とは見て取れなかった。


嵐華は耳でそれを受け流しながら、男と対峙していた。

瞬間、どちらからも無く、動き出す。
相手は長槍を使っているようだった。
槍の柄の部分と、鎌の刃がぶつかる。
金属音とも衝撃音とも取れる音が辺りを覆った。

殺傷能力は鎌の方が断然、上だが、槍は急所を当てられれば、一発であの世行き。

手当たり次第に切る鎌よりも正確さは、槍の方が上だった。



嵐華の口元には、笑みが浮かぶ。
男の方も、戦いを楽しむような素振りを見せていた。



嵐華と対峙している男以外は、皆、狼達に手こずっていた。
よく躾られ、鍛えられた彼らの鋭い牙は、人の肉を抉る程の力を持っていた。


「キャウン!!」


不意に一匹が、ある男の腕に飛ばされた。

暗闇の中、悲痛な叫び声を聞いた聖薔は、流れの速い水路へ手を伸ばす。

かろうじて、飛ばされてしまった一匹を捕まえる事が出来た。


「キューン。」

狼はひどく衰弱した様子で、弱々しく鳴いた。
聖薔は、濡れた毛並みを優しく撫でると、この狼を飛ばした男を睨み付けた。


「たくっ!狼一匹に何やってたんだかっ!!」

その男は、狼達と戦っていることが馬鹿馬鹿しく思えてきたらしい。
次々に、狼達を蹴倒し、聖薔に近づいていく。

自分たちは国妃の暗殺を命じられたのだ。こんなとこで、時間を食う訳にはいかない。

「おい、靈臥!そんなデカブツ、とっとと殺して仕事進めんぞ!!」

男は、嵐華と戦う男、靈臥に向かって叫んだ。
焦れたように発せられた声に、靈臥は軽く舌打ちをした。

そして目の前にいる嵐華に語りかける。

「悪いが、この勝負はお預けだ。俺も続けたいところなんだが…。うちの馬鹿が五月蝿くてな。」


「……構わん。この勝負自体は、俺も興味がある。先伸ばしにするぐらいはな。」

珍しく、小さな声ではあるが、嵐華がよく喋る。


「この勝負は…だがな。」

続けられた低い嵐華の声に、靈臥は軽くほくそ笑み、後ろに跳躍した。

嵐華はそれを見てとると、同じく聖薔の前まで跳躍する。


「さぁ、本来の仕事を開始しようか。」


靈臥は手にある槍を再び、美しい型に構え直す。
一寸の乱れもない凄烈な姿は、彼の容姿の端麗さを思わせた。


「靈臥と名乗る者よ。下がりなさい。貴殿方の力は彼には及ばないでしょう。無駄な血を、流したくはない。」
すいっと、聖薔が嵐華の前に進み出て言った。
静かに、しかし強く、清廉な姿を持った彼女は、凄烈で戦慄の姿を持った靈臥と対照的だった。


既に、月は高く昇り、白昼を広げるように、白い光を空で解き放つ。


「もう既に月は高い。女性の申し出はお受けしたいが、残念ながらこちらにも仕事があるのだ。」

靈臥は、高い月が照らす中、口布の下で僅かに笑った。

それを聞いた聖薔の表情が、一変した。

冷徹で、感情を限り無く殺した、恐怖さえ感じるそれ。
最早、昼の彼女とは別人のように思えた。

「そうですか。……残念です。」

言葉への感情はあれど、表情にそれはない。
今の彼女は腕をそっと持ち上げ、胸の前で一つの印を作り上げている。
その一連の動作が、氷のように冷たく冷酷に感じる。


「貴殿方が引かないのであれば、仕方ありません。私の力を以て、去っていただきましょう。貴殿方は、朝日を拝めるように祈りでもしていて下さい。」


ここで聖薔の顔に笑顔が戻る。
しかしそれは、残忍な閃きを含み、およそ穏やかなものとは言えなかった。


「はっ!馬鹿げてるな。何が、朝日を拝めるように、だ。それは、あんたの方だろうが!」

靈臥とはまた別の、もう一人の男が、言った。
彼ら二人以外の人間は全て、狼達にやられ早々に逃げ出したようだ。


「試して、みますか?」

聖薔が艶然と微笑みかける。

いつの間にか、嵐華は鎌を背に戻し、後ろに下がっていた。
腕を組み、全く聖薔に協力する気はないらしい。


「調子に乗ってっと痛い目見んぞ!!」

そう言いながら、男は駆け出した。

隣にいる靈臥も、止める気はないようだ。
むしろ事の運びを見て楽しんでいるようにも見える。


「ふざけるんじゃありませんよ。痛い目を見るのはそちらです。」

笑う聖薔は美しく、昼の儚げな印象は微塵も感じられない。


男は体術使いのようだ。
素早い動きと引き締まった体躯。
並以上の使い手であることは一目瞭然。

それでも聖薔は、余裕を崩さなかった。


「ざけんなぁ!!」

聖薔の言葉は、しっかりと男の怒髪天を着いた。
素早い動きで、蹴りを繰り出そうとする。

それを見て彼女は、ふわりと笑い、手の印を組み直して、言った。

「この地に住まう神々よ。汝らが神子、我に力を。」


くっと、腕に力を込める。
すると、勢いよく水路から水が飛び出した。

濁流のように水は流れだし、男を靈臥の前までに押し流す。

これには、さすがに靈臥も驚いているようだった。
外気に触れている瞳が見開かれている。

男も、水がポタポタと髪から滴り落ち、何かを口にできるような状況ではないようだった。


その場で落ち着いているのは、我関せずと瞳を閉じている嵐華と、いつも通りの笑顔に戻っている聖薔の二人。

「如何です?神の加護を受けた私に勝てますか?」

冷酷な程美しかった彼女は無く、昼によく見せる優しげな笑顔で可愛らしく笑う。

肩を竦めて見せる聖薔は、緊張感を緩めていた。



それを見て、靈臥は我に返り、ふっと笑みを溢す。
次いで、ぷちりと音がし、靈臥の口布が払われた。
現れたのは整った唇と、頬の深い十字傷。

彼の全貌は、精悍な顔をした二十歳過ぎの男性だった。

「いや、今回は貴女の強さに免じて退散しましょう。しかし、いつかは貴女を殺しましょう。行くぞ。封叉。」

もう一人の男、封叉を立たせ、さっさと靈臥は行ってしまう。

封叉も勝てないと践んだのか、靈臥に従い悪態を吐きながらも大人しく帰った。


暗殺者とは思えない程、緊張感の無い後ろ姿を見送ってから、聖薔は嵐華の方を向いた。

「さ、城に入りましょう?って、あら?…嵐華?」


普段なら気づくはず。だが、嵐華は瞳を閉じたまま不動。

「まさか……。」

そう思った聖薔は嵐華に近づく。
思った通りの嵐華の行動に、彼女は溜め息を吐いた。


「……やっぱり、寝てる。」

閉じられた瞳と規則正しい寝息。
完全に熟睡状態だ。
本当にどこでも寝られるらしい。

おそらく朝まで目覚めないだろう。
聖薔は心の中で、何か悪戯でもしようかと企んだが、後々怖いので止めにする。


しばらく眺めてから、起きている時の冷静な印象からは想像も着かない、年齢よりも幾分幼い寝顔を見て再び、心密かに笑った。




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あきゅろす。
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