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神子色流れ
青の国



「もう、かなり暗いですね。」


空が、暗い夜の色を増してきた頃、青藤国の綺麗な泉に、国妃、聖薔は居た。


周囲に人は無く、昇り始めた星月を泉は映し出す。


この湖は国都、水精に程近い「水神百泉」の一つ。名を彗泉。
神秘的な力を持った、極光を見せるような泉は、風も無いのに揺らめいて、水影を作り出していた。



夜空を見て呟いた聖薔は、流石に帰ろうと踵を返した。



夕刻、訳も分からず、この彗泉に来たくなった。
最近、鏡華帝国関係の仕事が増えて、疲れが溜まっていたから、本能的にかしらと彼女は考えたが。

神秘の力を持つこの場に来ては、余計に疲れる気がする。

超越された力は、あまりに重い。
疲れが癒される人もあるが、聖薔の場合は疲れてしまう体質だった。


「本当に、不思議な事もあるものですわね。」

疑問を口にして、さくっと足元の草を踏みしめながら、城への道を歩く。


背が高い針葉樹に囲まれた道は、少し肌寒い。
まだ、残暑が残るとはいえ、流石に夜近くはそれなりに温度が低くなる。


そんなに長くいるつもりはなかったので、今の服装では寒い。


自身の体を抱くようにして、寒さに耐えた。


「流石に、無茶でしたね。ごめんなさい。迎えに来てもらって。」

聖薔は誰もいないように思われる針葉樹の暗闇に、申し訳無さそうに声を掛けた。


すると、木々の間から見上げる程の長身が現れる。
艶やかな暗い闇を思わせる黒髪。
細身でありながら、しっかりした体躯。

整った目鼻立ちは、異性を惹き付けてやまないだろう。
引き結ばれた唇から、甘い言葉の一つや二つでも飛び出せば、世の女性が狂喜乱舞するはずだ。
微笑んでいたら尚更。

全く笑わないし、表情の動きもない。
文字通り無表情の男だった。


「ありがとう。嵐華。」

「……。」

聖薔が男、嵐華に向かって礼を発すると、嵐華は言葉は出さずに首を横に降って応答した。
彼は気にしていないらしい。


夜の闇を思わせる嵐華は、聖薔の近衛騎士団長で、珍しい鎌戦士だ。
彼の背には、鋭い刃を光らす玉翠がある。

古き頃の異国の女王の銘を持つそれは、戦時は美しさ刃を朱に浸し、嘲笑うと言う。
あくまで伝説の域ではあるが。


すっかり日が落ちた森では足元がかなり不安定になる。
踵の高い靴を履いている聖薔は、何度か足を捻りそうになった。

その度に、丁寧とは言い難い動作で、嵐華が彼女の腕を引き上げ、助けあげたりもしていた。

聖薔もそれを咎めるでもなく、ただ美しく微笑んだ。





城から程近いと言っても、彗泉から城まで女性の足で三十分はかかる。

今は暗闇で、かなり足場が悪い。
そのせいもあって城が近く見えるまでに、倍ほどの時間がかかった。





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あきゅろす。
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