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神子色流れ
黄の国



「何を…見てたんです?」

こういう他愛もない話題がぽつぽつと続く。


「少し、街を…。」

一瞬、彼女の顔から笑顔が無くなる。
だが、一秒しないうちにまた、笑顔に戻る。

最近はこの調子だと、雅染は思う。


溜め息が漏れそうになった直後、不自然で不気味な静寂が場を覆った。


だが、二人は落ち着き払っていて、この不自然な静寂に気付いていない訳は無い。


「姫様。こっち来て。」

雅染がゆったりとした動作で、窓辺にいる凰蘭に手を差し出した。

凰蘭もそれに導かれるように、窓辺を離れて雅染の手を取る。



それを合図にするように、窓の硝子が割れて部屋に粉々に散らばった。

次いで現れたのは、黒い着物を着込んだ長身の人間達。

靴下の硝子を踏んでパキッと音が鳴る。


「誰の計らいかは知らないけど、野蛮な客人だね。人は選んだ方がいいですよ?姫様?」

雅染は腰に穿いている剣、琴月に手を当てながら、背後の凰蘭に笑いかけた。


「本人の知らないところで、お友達とみなされては、面倒ですわね。避けられない人付き合いと言う物もあるのですよ?雅染?」


凰蘭は慌てた様子も怯えた様子も無く、静かに雅染に返す。

「確かに。」

くすりと笑いを溢す。
そして、彼は剣を抜いた。
小気味いい音が鞘から鳴り、その筒からは銀刃を持つ美しい直刀が現れる。

凰蘭は何もせず、もたれ掛かるように雅染の背中に居た。


不意に黒衣の長身が一斉に跳んだ。
標的に向かって数人が姿を消す。


そんな状況でも、二人は落ち着いていて、雅染の剣の構え以外に動きはない。


キンッと金属音が鳴り響く。
白刃同士が身体を擦り、銀の残像を残して、何度も何度もぶつかり合う。
それと同時に、金属音も響いた。


「雅染。構いません。お好きなように。ただ、殺してはいけませんよ。」


凰蘭が背後で言った。彼女の口元には、変わらず笑みがある。

打ち合っていた雅染は、それを聞くと軽く微笑み、瞬時に姿を消した。


守るものが無くなった凰蘭に、数人の黒衣が跳ぶ。
彼女はまだ落ち着いていて、動くようすを見せない。


「無駄です。貴殿方の刃は私に届きません。」


彼女が静かに発すると、黒衣の動きが止まる。
故意に止めた訳ではないらしい。
布で口元は覆われているが、瞳は驚愕に満ちている。


その様子に凰蘭は、くすりと笑った。

「分かりましたか?私は、不可侵なのです。お望みならば、どうにでもして差し上げますよ?」


それだけ言えば、興味を失ったようで。
後は雅染の方に目を向ける。


舞うような動きが垣間見える。
常人には、速すぎて全く見えはしない。

その瞬速の攻防が続けられているのだ。

時折、交わされる金属音さえも、舞楽のように思われ、ちらつく火花は花弁のように見える。

激しくも美しい戦いが繰り広げられていた。


既に、下には数人倒れていて、どの人間も致命傷は負っていないように見えた。


「雅染。後、一分くらいでお願いしますよ。」

その戦いを繰り広げる雅染に、声を掛ける。

最後に、キンッと一際高く金属音が響いた。

次いで響いたのは、人が倒れる鈍い音。
そして、剣を鞘に納める澄んだ音。


軽やかな着地音が割りと近くで聞こえると、凰蘭は目を向ける。


すぐ後ろに、彼がいた。
汚れは一切無く、汗が流れることもない。
息も乱れる様子もなく、整然とした立ち姿でそこにいた。


「大丈夫?大事ない?姫様。」


心配するように、力が込められていた顔を緩めた。

凰蘭は答えず、止まっていた黒衣の人間達を一瞥すると、彼らは動けるようになり、各々我先にと逃げ帰って行った。

そうしてから、凰蘭は答えを返す。

「問題ありません。怪我もありません。」


大丈夫だと笑う彼女の顔には色濃い疲労が残っていた。


雅染はそれを感じ取り、大丈夫と言った言葉を無視して、話した。

「全く、言霊なんて使うから。強い言霊は疲労も酷いって知らない訳ではないでしょう?」


「知っていますけれど、無駄に長引かせるのも面倒だったので。」

笑っていながら、息は途切れ途切れ。
立っている姿は妙に儚く見えた。


「とりあえず寝てといて下さい。部屋は片付けときますんで。」



雅染は凰蘭を寝台に導いた。
彼女も大人しく従い、寝台に突っ伏す。
相当疲れていたらしく、一分もしないうちに眠ってしまった。




凰蘭が寝付いたのを見届けてから、雅染は凄惨な状態の部屋を見て溜め息を吐いた。



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あきゅろす。
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