神子色流れ 緑の国 妃城内 その場所は武家屋敷が基盤となった妃城なのだ。 山の中にあり、竹林が近くにある。 夏は涼しく非常に過ごしやすい。 ただ、冬は雪でひどいらしい。 しっかりと整備された城門の中。 道の左右に竹で作られた柵があり、その一本一本に風鈴が取り付けられている。 城門から城の中まではまた、それなりに距離があり、風が一度吹けば、チリンチリンと鳴り響く道は、夏にこそ輝く代物である。 緑流と双源は、整備された石畳を少し早足に歩いた。 「全く、無駄に疲れたじゃないか。」 「あっはは。でも、よくあそこからここまで、全力で走ってこれましたね。いや〜、凄い!流石!」 ぶつぶつと、石畳をかき鳴らす緑流は、どこか非常に男らしい。 後ろに続く双源は、それをどこ吹く風で流し、適当な誉め言葉を掛けた。 「ったく。お前がもっと速く要件を言ってくれれば。」 緑流が文句を垂れている内に、城の玄関に着く。 引き戸の形の扉を開けば、趣を持った木製の廊下が現れる。 部屋の一つ一つは畳であったり、古い時代の寝殿造に似た構造をもっている。 その中でも最上階の 中心に当たる場所が、緑流の部屋であった。 部屋と吹き抜けの縁側を仕切る、窓硝子は無く、割と高い位置にあるためか年中、涼しくもある。 その中に、寝台に突っ伏して微睡んでいるのは緑流である。 筆頭女官の扇麗が、何か用があったらしいが、城に着いて話を聞こうとした時に既に彼女の姿は無く、再び竹林に戻って修行する気にもなれなかった。 仕方ないので、今こうして自室に戻って、うつらうつらとしている訳である。 今正に、眠りに落ちそうになる。 が、彼女の瞼は寸での所で開かれた。 勢いよく起き上がり、辺りを見回す。 今この時は、何の異常も無いが、明らかに不自然な気配が動いた。 これでも女にしては、武術に長けているのだ。 ああも分かりやすい気配を感じとれない訳がない。 緑流はしばらく起きたままで目を閉じた。 今度は、眠るためではなく気配をより敏感に察知するために。 不意に、コンと竹を切るような瑞々しい音が耳を打った。 それに反応した緑流は目を開け、前を見据える。 そこには畳の床に突き刺さり、傾き掛けた日を受け、影を落とす一本の矢があった。 彼女は寝台から立ち上がると、矢に向かって歩き手を伸ばした。 すると、吹き抜けの硝子の無い窓から、数え切れない矢が緑流に向かって降り注いだ。 それは、日を受けて銀色に輝き、放物線に銀の線を残して飛んでくる。 途中、緑流の体に辿り着く前に矢同士がぶつかり、落ちた。 それを放った人間は見えない。 日が沈み始め、反射が起きる中では、日に対して目を向けるのは困難だ。 緑流は咄嗟に反応したが、上手く体が動かない。 避けようとすれば足が縺れて転けそうだった。 もう駄目だ。 そう感じた緑流は来る痛みに耐えるべく瞳を強く閉じた。 何時間にも及ぶ時間が流れたかに思えた。 だが、いつまで経っても矢は降り注がない。 恐る恐る、固く閉じた瞼を紐解く。 空気に若葉の緑が覗いた。 開かれた瞼に入ったのは、新緑の背。 しゃがんだ状態からでは、ひどく大きく感じた。 次に入ったのは、畳に散らばる無数の矢。 そして、新緑の背を持つ者が手にする、白刃の輝き。 「大丈夫っすか?緑流さん。」 最後に目に入ったのは、太陽のような双源の笑みだった。 彼の手には、長槍。 颯嵐と言う銘を持つ白刃の煌めき。 庭に植えられた背の高い深緑の竹と、赤く燃ゆる、夕日の生み出すコントラストの中、彼の新緑は瑞々しい力を持っているように思えた。 「双源…。何故、ここに。」 緑流は、やっとの事で声を出す。 こうも有りがちな状況では、人間は有りがちな台詞しか、発することが出来ないらしい。 「何故、ここにって、もちろん…あんたを助ける為だよ!」 そして相手も、有りがちな言葉しか返さない。 しかし、それは絶対的で圧倒的な強さを乗せて発せられる。 そして、それには精一杯の感謝を乗せて返す。 「双源……。ありがとう。感謝する。」 その言葉に、双源は再び笑った。 彼の頭の上で、白刃が輝き顔に影を落とす。 その笑顔に元気付けられた緑流は、同じく笑顔で立ち上がり、自身の愛刀を取りに寝台に戻った。 それと同時に、再び矢が降り注ぐ。 双源がそれらを叩き落とし、緑流も加勢する。 全てを叩き落とすのに、数秒もかからなかった。 僅かに、静寂があり二人は笑いあった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |