神子色流れ 桃の国 妃城内 朱華城の城門を軽く走り抜け、厩に琳宮と茜雅の馬を連れていった。 桃凜は庭園の裏道を通って、自室の下辺りに来ていた。 そこには見事な桜の木が植えられており、桃凜の部屋に続くように枝が伸びている。 それを見上げた桃凜は器用にすいすいと、木を登っていった。 下では、茜雅が控えている。 そのまま、枝を飛び越え部屋に入る。 それが桃凜の逃亡と帰還のルートだ。 よく城の庭師から、枝が伸びてきたから切ろうかと言われるが、桃凜は適当に、風が吹いた時、花弁が入ってきて綺麗だからと言って断ってきた。 枝が短くなると色々と逃亡が難しくなるのだ。 とんっ!と軽い靴音を立てて、部屋に踏みいる。 「それじゃあ、茜雅、送ってくれてありがとう。そちらも気を付けて下さいよ。」 「承知しました。今日はしっかりと政務に取り組んで下さいよ。」 桃凜は窓から身を乗り出して、茜雅を見送ったが、返された言葉にややげんなりとした。 茜雅が去ってから、桃凜は部屋の中を見回す。 ある一点を見つけて、重たいため息を吐いた。 「ほっといても溜まるだけだし、少しは仕事をしようかしらね。」 文机に乗せられた書簡の束を見て、さすがに諦めたらしい。 大人しく政務に取り掛かった。 そもそも出来ない訳ではないのだ。 本気でやれば、ものの数分だろう。 ちなみに国妃の仕事は様々で、一応は国の王の位置に値するが、当初は神子として作られた地位だ。神事を扱うことも少なくない。 一般の政務の確認から、行政機関の様々な部署から上がってくる書簡に認可を出したり、果ては神事機関に来る民間からの依頼をこなしたり、など部類は限りない。 その中でも桃凜が嫌がるのが、行政関係だ。 元老院と言った位置にいる者を好かないらしく、それらと多く関わることになる行政関係を嫌うのだった。 逆に、神事には割と積極的に取り組んでいる。 彼女曰く、美味しいものが食べれるから、だそうだ。 ややこしくなるが、朱華城には行政機関、財政機関、民法機関、戦軍機関、神事機関と大きく五つに分類された機関がある。 その一つ一つから、いくつかの部署に分かれるのだ。 行政機関には、治部、国部、人事部、決部。 財政機関には、民税部、配税部、貯税部、財界部。 民法機関には、刑部、商部、民部、使部、工部。 戦軍機関には、戦部、軍部、兵部。 神事機関には、式部、教部、神部、仙部。 他にも、桃凜や女官で構成される女麗院衆。 茜雅を筆頭とする、禁軍近衛院衆。 全体を統括する元老院衆。 五つの機関、五羽機関とは別に、司法院衆が存在している。 五羽機関の中の、部署でもさらに細かく委員会として分けられ、かなり複雑な組織なのだ。 果ては、裏組織があり、監査衆、暗殺衆など汚れ役を背負う者もいる。 四香衆五羽機関と呼ばれる組織作りを持つのだ。 そう言った組織の頂点を担う桃凜の仕事量は実は半端ではない。 が、彼女は進んでサボるので、仕事が溜まりに溜まるのだ。 「っと、こんなところかしら。明日にはなんとかなるかな。」 筆を書道具の箱に置き、少し力を抜く。 空はほんの少しだけ、赤みを帯び始めた。 「それにしても、この時間でも紫花が叱りに来ないって言うのも珍しいわね。」 外を見て、帰って来てから未だに姿を見ない筆頭女官を思い出した。 椅子から立ち上がり、部屋の外へ出ようとするが、ふと後ろに気配を感じた。 取っ手に掛けようとしていた手を引き、背後の窓を睨み付けた。 「一体誰だって言うのよ?」 やや苛立ちを込めて呟けば、わずかに気配が揺れた。 桃凜はその隙を逃さなかった。 「そこね!!」 近くにあった小刀を、真っ直ぐに飛ばす。 空を切って進むそれは、桜の木をパシンッて貫いた。 切り落とされた桜の枝から、葉が舞い降りた。 小刀は、もう一本奥の木に突き刺さった。 「ちっ!逃げられたわね。」 気配がふっと消え去り、しばらく静寂が続いた。 軽く舌打ちをした桃凜は、窓に駆け寄って外に飛び降りる。 突き刺さった小刀を取りに行くため歩き出した。 [*前へ][次へ#] [戻る] |