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神子色流れ
桃の国




夏は終わりに近づいて、所謂、残暑が辛い時期。


もう定番化してしまった事が非常に悲しいが、朱鸞国の女王は今日も今日とて立派に、政務をサボった。


サボりを現在進行形にて続ける、黒髪の女性。

神事においては、黒髪五色神子、桃神子、国内外においては朱鸞国妃。

これらの様々な呼び名を持つ黒髪の女性、桃凜はしばらくの自由な時間を思う存分に満喫しようとしていた。



「暑い。私、このまま溶けるんじゃないかしら。どろどろ〜って。」

周囲には誰もいないが、厳しい残暑の気候を空に愚痴ってみる。

桃凜の傍らには、一刀の長刀と二刀の小刀。

長刀は、刀身が弓のような曲刀。

小刀は、どちらも直線で切るよりも投げる事に特化したような、刀身を持っていた。



ザワリと、桃凜がいる小高い丘の上に、熱気を帯びた強風が吹いた。

桃凜は傍らの長刀をパシッと掴んで、背後に注意を向けつつ立ち上がろうとする体勢を作った。
刀を掴んでいない左手に重心を置きながら、腰をくるりとひねる。


先ほどとは違う、はりつめた雰囲気が辺りを包み込んだ。

どんなに熱気を含んでいようが、風は気持ちのいいもののはずだが、今はまとわりつくように風が流れて気持ちが悪い。



数秒、桃凜は背後を睨み付け続けた。
周囲に人が居れば、ひどく長い時間に感じられた事だろう。



やがて、桃凜の位置からは死角になっている場所から、ある人物が現れた。

きょろきょろと周りを見つつ誰かを探しているような様子だ。

くすんだ朱の髪に、紅蓮の瞳。
目にも鮮やかな色素を持ったある人物は、桃凜の存在を視認すると速足で向かってきた。

桃凜も、自分の位置から見えるようになったその人物を同じく視認すると、脱兎のごとく走り出そうと、傍らの三本の刀を手に取った。




「桃凜様!!いい加減に観念して下さい!」

「だーっ!!もう!茜雅、貴方も大概しつこいですね!」


桃凜が走り出したのを見て、茜雅と呼ばれた人物もそれを追いかけた。

二人して叫びながら、丘の上を追いかけあった。


この千和千鳥では、二人とも既に成人した年齢で、言うなればいい年した大人が外でおいかけっこをしているのだ。

恥ずかしい事極まりない。
その上、一人は一国の女王であるのだ。
国民はどう思うのだろうか。



「はぁ、仕方がない…。」


しかし、その内に茜雅が肩にあった弓に手を掛ける。


茜雅は朱鸞国妃付き近衛騎士団の団長だ。詰まるところの護衛役であり、国妃付き筆頭女官に次いで、国妃に近しい存在である。

成人年齢十六歳から、僅か一年しか経っていない十七歳である茜雅は、見事な弓の使い手で、国内外に聞こえる才能を持っているのだ。


弓矢の一本を背中の筒から抜き出し、弓にそれをかける。
キリキリと弓を引き絞る音がしてから、ヒュン!っと小気味いい風切り音を立て、桃凜に向かって真っ直ぐに飛んだ。
もちろん、手加減済みだ。




弓矢が放たれた一瞬後、桃凜は体をひねり、長刀を鞘ごと後ろに凪ぎ払った。

弓矢の木製の部分に当たり、強い力に負けてその部分から二つに割れた。


左手には指に挟んで小刀を二本持ち、続いて飛ばされてきた弓矢に当てて打ち落とした。


「茜雅……。手加減したわよね?」

「もちろんですよ。」


実際二割、三割は手加減したらしいが、桃凜はそうは思えなかったらしい。
釈然としない表情で、茜雅に向かってすたすたと歩いて来た。



「この暑い中で、無駄に走り回ったら倒れるじゃないの。とっとと戻りましょう。」

さすがに、暑さに観念したのか茜雅を伴って丘を降り始めた。
さほど高低差がない丘だったので、ものの数秒で地に降り立った。



「しかし、桃凜様。私が来たとき、なんであんなに警戒なさっていたんです。私は、気配は消してても殺気を出していたつもりはないですよ?」


丘の下にいた愛馬、琳宮に乗った桃凜に、茜雅はそう問いかけた。


「分かっているわよ。そのぐらい。警戒していたのは貴方じゃないわ。」

桃凜は琳宮の栗毛の首を優しく撫でながら、横目で茜雅を見て返した。

「それならば、誰かが居た、と?」

鋭い目を向けられた茜雅は、訝しげに眉をひそめる。

それを見た桃凜は、傾いていた上体を起こし走りだそうと琳宮の腹を軽く蹴った。
それに伴い緩やかに琳宮は、走り出す。
後に茜雅も続く。


「そうね。居たんだと思うわ。貴方には、気配を感じさせず、私には、ほとんど位置を特定させないほどの手練れがね。」

ゆっくりと歩くように走る二頭の馬を、二人は巧みに操り、小さな林を抜けた。


「しかし、そこまでの手練れなら貴女にも気配を感じ取らせないようにすることも出来たのでは?」


確かに、桃凜は気配を感じるのがひどく上手い。
その点においては、茜雅以上だ。

かといって、茜雅は気配を感じるのが下手と言うわけでもない。
単に、桃凜が上であると言うだけで、世間一般の騎士と比べれば相当なもののはずだ。

ちなみに、世間一般の騎士のレベルが低い訳でもない。


よって、茜雅に気取られないように出来た手練れなのだから、桃凜に気取られないようにする事も、容易いはずなのだ。

二人のレベルは、大幅に離れているわけではないのだから。



「そう。そこなのよ。仮に相手が弱かったとして、私が感じ取れた気配を茜雅が感じ取れないはずがない。確かに、気配を読むのが上手いと言われる私だけれど、決して茜雅が下手なのではないのだもの。
相手に何か思うところがあるのかは知らないけれど、単なる暗殺者じゃない気がするのよね。」



林を抜けて速くなった馬の手綱を何気なく操りながら、背後にいる茜雅に桃凜は淡々と返した。



(………暗殺者、か。)


茜雅は桃凜の話をゆったりと聞きながら、友である騎士の話を思い出していた。


本人の前では死んでも言わないが、友の騎士、柳弦国の騎士団長、双源は情報将校も務めるかなりの切れ者で、彼の情報収集能力は目を見張るものがある。

その双源から、鏡華帝国で感じた殺気のことを聞いたのだ。
鏡華帝国の暗殺部隊の者で、それも幹部に近い者の殺気だと。

最後に会った時、国妃五人が鏡華帝国へ行く日程を決めていた時だったか。
その時には、後一旬する頃には、と言っていたが、あれ以降、連絡は入ってこない。


(まぁ、実力はあっても、かなりいい加減な奴であるから、忘れているだけかも知れないが)


「茜雅?」


しばらくの間、物思いに耽っていた茜雅は、桃凜の呼び掛けにより、意識を戻された。

見れば、琳宮を反転させてまで、こちらの様子を伺っている。


「どうしたの?」

再び問われた質問に、首を降って意思表示を返した。

「いえ、何でもないですよ。」



桃凜もそこまで気にしていた訳ではなかったのか、ならいいけど、と琳宮の向きを変えた。



「それじゃあ、茜雅、速く帰りましょう。また紫花の説教が飛ぶわ。それに暑いし。」

確かに昼近くなって気温が上がっている。もともと涼やかな気候が多い千和千鳥では、なかなかに珍しい気候だった。

桃凜は、そう言うと琳宮の腹を強めに蹴って勢いよく走り出した。


「といいますか、怒られることが分かってるなら、逃げないで下さいよ!」

茜雅も怒鳴りながらそれに続く。
強い風が吹いて気持ちがよかった。



相変わらず茜雅の手綱捌きにしっかりと着いてくる桃凜は、妙な対抗心を燃やして速く行こうと、スピードを上げたりしていた。






そんな他愛もないやり取りをしながら数分、馬を走らせれば、朱鸞国都の花鳥に佇む、妃城、朱華城が見えてくるのだった。




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