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神子色流れ



「なぜ、桃凜なのです!!鏡華帝国は、まだ十にもならない子供を親から引き剥がすのですか!!」

普段は静かで、霰善と対照的な蘭声が珍しく声を荒げていた。
その必死さには、いくらか使いを黙らせるものがあったが、彼らも怯みはしない。

「帝王陛下のご命令です。逆らうことは許されない。もし逆らうならどうなるか、貴方の方がよく分かっておいででしょう。お父様を、それで亡くされたのですから」

「黙りなさい!!私など、どうなろうが最早構うまい。帰って悪逆非道な帝王に伝えるがいい!私は貴様などに屈しはしないと!!!」

凄まじい怒号だった。雛雪の住民も彼女とは長い付き合いだが、ああも怒りを露わにした事はない。
その気迫は、何も寄せ付けないような気高さに満ちあふれていた。

怒り心頭だが、まだ冷静な霰善が、蘭声の耳元で小さく囁く。

「蘭声。落ち着け。今、琉雨に知らせに言ってもらってる。村の人達も脱出の準備をしている。だから……」
その声に、蘭声も弱々しく頷く。

「分かりました。貴方がそう言うのなら、我々も帝王陛下に」
「お待ち下さい!」

使いの男の声を遮り、その場を凜とした声が打った。
当然、全ての人が声の主を見やる。

「遅くなりました。雛雪村宗主の娘 鷹姫 桃凜です」

蘭声や霰善を初め、当然村人は全員驚いていた。それだけではなく、使いの男達もだ。

桃凜は村人に微笑むと、次は使いの男に目をやった。
その先頭の男性は桃凜に何か言われる前に、口を開いた。

「お久しぶりです。桃凜様。つつがなく御成長され、森羅万象の祝福を受けられているようで何より。燃えるような桃色の瞳。貴方こそ、不死鳥の加護を受けるこの国の妃に相応しい」

男はゆるく腰を折り、かなりの手練れの様を見せた。

「貴方もお久しぶりです。五年ぶりでしょうか。性懲りもなくやってくるとは思いませんでした」

突如一つ暴言を吐いたが、男は顔色を変えはしなかった。
桃凜はその様子を見やると、さらに笑みを深める。

「私を次期国妃に、と言うのでしょ?喜ばしい事です。次期国妃ゆくゆくは朱鸞国妃。その役目、慎んでお引き受け致しましょう」

城下ではしゃいでいた時とは打って変わって、高貴な雰囲気を出している。
まるで、私こそ次期国妃に相応しいとでも言うように。

「桃凜。何で……」

蘭声が震える声で聞けば、返ってくる声は、強い響き。

「ごめんなさい。お母様。私、人が死ぬの嫌いなんです」

一人称も"あたし"から"私"に変わって。
その言葉一つで、村人は悟った。
『嗚呼、この子は、私達の為に言ってくれたのだ』と。
今、自分たちの目の前にいるのは誰だ。本当にあの桃凜かと。

「それからお母様。ちょっと歯ぁ食いしばって下さい」
「は……?」

桃凜が笑顔で言ったかと思うと、間髪入れず蘭声の頬をひっぱたいた。
さすがにこれには全員が目をむいた。
叩かれた蘭声も、目を瞬かせたままだ。

「ちょっと話を聞いてましたが、自分はどうなろうが構わないなんて、言わないで下さい。貴方が掲げた雛雪の誇りは、自分を犠牲にする事ではなかった筈です」

琉雨と茜雅に言ったように、桃凜は身を持って蘭声に言った。
意味を理解した蘭声は、娘に諭されたのが少々恥ずかしいように、柔らかく笑った。

「待ってて。お母様、お父様、茜雅、琉雨、村の皆。私が国妃になったら、この国を変えてあげるから」

琉雨の呼び方が変わって、それぞれの名前に噛み締める思いを詰めて、彼女は言った。

「さぁ、使いの皆さんも分かりましたよね。私は次期国妃。その時になったら、呼んで下さい。そして、それ以降、雛雪村には近づかないでください。私が朱鸞国を、ひいては鏡華帝国を変えるまで」

その隊長らしき人が膝をつくと、後ろの何人かの大人も膝まずく。

「仰せのままに」

整然と立つ桃凜はとても九歳とは思えなかった。
またも、村人は『彼女が国妃なら国は変わるかも知れない』と、そう思ったそうだ。

「そんなことより、お母様。わたし、お腹が空きました」

くるりと振り替えって無邪気に笑うと、村人全員が涙した。

彼女は変わっていないのだ。何一つ。彼女は始まりの時から、変わってはいなかったのだ。

「よし!!じゃあ、今日は村人全員で夕飯作るか!!」

霰善が声を掛ければ、おぉーー!!!と賛成の声が上がる。
その日はお祭り騒ぎで、皆外に出たまま寝てしまっていた。


夜、茜雅が酒臭い大人達から抜け出してみれば、桃凜は茜雅といつも剣の練習をしているところにいた。

「やっぱり、ここにいたか」

岩場に腰かけている桃凜の横に茜雅も同じように腰かける。
滝は変わらず水を落としていた。

「何か、考えてたか?」

「……しばらく皆ともお別れだなって。もう国妃になるのが嫌なわけじゃないけど、やっぱりお母様とかお父様とか。それに茜雅と会えなくなるのは、寂しいなって思って」
「お前、決断は変えないからな。俺が何言っても、止めるなんて言わないだろ。あんな啖呵切ったんだし」
「それは、そうだけど……。それでも、寂しいものは寂しいんだよ」

国妃になることは、それまでの人生の縁を全部切って、国の為に全てを捧げることを意味していた。決断したとは言え九歳の少女にとって、辛い経験だろう。

「お前、そんなこと言うんだったら、あの時、逃げてれば良かったじゃないか。迷ってはいたんだろ?」

「そうだけど。でも、駄目。私、人を犠牲にできる程、ひどくないもん」

「ははっ、違いない。……お前、国を変えるんだろ?だったら、弱音なんて吐いてらんないだろ。しっかりしろよ」
「下手な慰め方……」
「ほっとけ」

それでも、辛いことはいくらか和らいだ。
さすがは幼なじみだけある。

不意に、茜雅が桃凜の頭を撫でた。

「なぁ、お前が国妃になる頃、俺も側にいてやるよ。騎士団長になってさ」
「あはは、なれんの?……じゃあさ、あたしが町で買った首飾り、茜雅が持っててよ。その、騎士……だっけ?それになったとき渡して。約束」

シャラ、と音を立てて、茜雅の手の中に落とす。

「あぁ、必ず」

その首飾りの桃汐が月の光を受けてキラキラと煌めき、その宝石の中で小さな物語を奏でていた。



そして次期国妃は、名前を朱鸞桃凜と改め、十三歳の若さで国政に腕を奮った。

その中で、鏡華帝国の帝王が第十代帝王白 泉涼に代わり、千和千鳥は黒髪五色神子を戴く、幻想時代へと発展した。

桃凜が即位した折、彩綾 紫花と言う女官が連れてこられた。雰囲気が鷹姫の侍女の琉雨に似ていて、彼女に抱き着いて、泣いたらしい。
桃凜の幼馴染み、桃劉 茜雅は、見事桃凜の近衛騎士団長へと実力で登り詰めた。今や彼に勝てるのは、ほんの一握りの人だと言う。



時は流れ現代。



緋葉館は相変わらず、のどかだと感じる。
これが七年ぐらい前には混乱の時代だったとは思えない。
それだけ、泉涼が優れた帝王だったのだろう。

「ねぇ、紫花。私が朱華城に始めて来たとき、思いっきり泣いてたって本当?」

紫花は桃凜のおろした髪をすいていた手を止める。
幼い頃より伸ばし続けた黒髪は踝まで届いていた。

「えぇ、本当ですよ。泣き止ませるのに苦労しました」
「それは、苦労かけたわ」
「構いませんが、なぜ、いきなりそんなことを?」
「ちょっと昔を思い出してね。私が、朱鸞 桃凜じゃなくて鷹姫 桃凜だったときの話。昔といえば、あの時は紫花じゃなくて琉雨だったのよね。私の世話をしてくれる人。なんか今は、紫花で慣れちゃってるけど」

その言葉に紫花が眉を跳ね上げる。
気配で何か反応した事は分かったが、特には気にしなかった。

「あの、琉雨って……、琉寓の琉と雨の漢字で琉雨、ですか?」
「あぁ、確かそんな漢字だったわね。何で?」
「いえ、琉雨が昔の女王陛下のお世話をしてるとは、思わなかったので……」
「知り合いだったの?」

侍女同士が知り合いなのはよくある話だ。
屋敷や城に向かうのに、侍女や女官は何かと連絡を取り合うため、そうやって仲が良くなる事もあると言う。
故に桃凜もあまり気にしなかった。

「いえ、わたくしの妹です」
「……えぇーー!!」

ぐるんと後ろを向いたので、長い髪が紫花の顔に直撃。
予想外の関係に驚いた為なので仕方ない。

「痛いです。女王陛下」
「あ、ごめんなさい。で、ほんとなの?」
「えぇ、本名は彩綾 琉雨ですよ」
「そう、世間て狭いものね」
「昨日は広いって言ってませんでした?」
「気にしない気にしない」

あまりに簡単に肯定するものだから、桃凜も簡単に信じざるを得なかった。

紫花は再び髪をとかそうとしたが、桃凜は拒んだ。
彼女の手から櫛を取り、寝台の上に落とす。

「ねぇ、紫花。髪とかすのはいいから、ちょっと茜雅、呼んできてくれないかしら?仕事が無ければ、お部屋に戻っても大丈夫よ」
「茜雅殿……ですか。かしこまりました。少々、お待ち下さいませ」
「ありがとう。後で甘い物でも届けさせるわ」

桃凜がそう言うと、紫花はお気遣いなく、と笑って、一礼した後、部屋を辞した。

紫花が部屋を出たあと、窓の近くに置いてある寝台にふらふらと近づいて、倒れ込む。櫛を踏み潰しているが気にしまい。

少し昼を過ぎた時間。沈みかけの赤い太陽が部屋の中を照らす。眠くなって目を閉じると、雛雪村の滝音が聞こえた気がした。
懐かしい記憶に身を任せるのも悪くない。
すっと人が入って来た気配がした。
身を起こすと、思ったとおりに目の前に茜雅がいる。

今日の勤務は終わっていたのか、服装は騎士鎧ではなく、楽そうな赤い浴衣だった。

「何かご用ですか?」
「ちょっとね……、昔、私の名字が朱鸞じゃなくて鷹姫だった時のこと思い出して。それでちょっと顔を見たくなっただけ」
「昔……か」

言えば、茜雅も思いを馳せるように少々遠い目をした。

「そ。私も貴方も変わったなって。貴方、昔は怖い話が大の苦手だったのに、今は国妃の近衛騎士団長だものね。克服したの?」
「ははっ、どうだろうな。そういうお前も、昔は剣を振って町を駆け回っていたのに、今じゃ国妃だもんな」

不思議と、どちらも昔の口調に戻った。


茜雅が近衛騎士団長となったのは恐らく二年前だ。それ以前も彼は騎士になっていたが、二人は再会できたのは彼が騎士団長となってからである。
とは言っても、それは国妃と騎士団長としてであって、幼馴染みとしていられる時間は極端に少なかった。
それでも、桃凜の改革のお陰か、彼女らの家臣は二人に理解を示していたので、全ては上手くいっていた。

「そういえば、漢詩を歌う癖も無くなったよな」
「あぁ、あれね。貴方がまだ、騎士団長じゃない時に、直されたのよ。剣の練習が出来る時間も減ったし」

桃凜の下ろしっぱなしの髪が、寝台の上にたゆたう。
この髪も、共に年月を生きてきたものだとしみじみ感じた。

「じゃあ、今度久しぶりに剣の修行するか?」
「え……。本当?」
「あぁ、彩綾殿に話してみるよ」
「やった!!ありがとう!茜雅!」

笑い方は変わらないと思う。きっと彼女は何年経っても変わらないのだろう。

「それと、もうひとつ。桃汐の首飾り、返してなかっただろう?」

桃凜の手の中に落とされたのは、あの時、茜雅に渡した桃汐の首飾り。近衛騎士団長に茜雅がなった時に返してと、言って渡したものだった。

「あぁ、まだ持ってたんだ」
「約束だしな」

捨てただろうとでも思われたのだろうか。もしそうなら、そんなに薄情な人間ではないと弁明せねばなるまい。

「そう、懐かしいわね。茜雅には、腕飾りをあげたわね」
「あぁ。だからこの前、町で銀鎖をもらった時は、なんか昔に通ずるものを感じたよ」

茜雅も桃汐の腕飾りを見せながら言った。
それも持ってたのね、と桃凜は笑った。

不意に、桃凜が漢詩を歌い始めた。
子供の時より艶のある声は、今の黄昏時によく合った声だ。

歌いながら桃凜は、紫花に言って、琉雨に会わせてもらおうとか、今度お母様達に手紙でも書こうかとか、そんな他愛ないことを考えていた。

ただ、二人の手の中で、彼女の声を受けた桃汐がきらきらと、歩みの物語を奏でていた。



生まれて来た子供はすくすく育ち、朱鸞 桃凜とされた名前に恥じぬような、最高の妃となりました。
混乱の時代を見事立て直し、幻想時代へと誘ったのでした。


その先は、また別の物語。



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