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神子色流れ

ある一国。小さな小さな農村にその少女は生まれました。





「〜外伝 奏桃汐〜」



可愛らしい赤ん坊の鳴き声が、ある小さな農村に響きました。
雛雪村と呼ばれたその村の村長、鷹姫 蘭声とその夫、霰善は、この国、朱鸞国を統べる姫となる存在をこの世に産み落としました。
生まれた子供は桃凜と名付けられました。



「せんが〜。こっちこっち〜」
「おい!待てよ、とうりん!」

桃凜は災に見舞われることもなく、すくすくと、綺麗な黒髪と澄んだ桃色の瞳を持った、女の子に育っていった。
ただ少しばかり、お転婆が過ぎる。

「も〜。せんが、おそ〜い。いつまで待たせるの?!」
「お前がはやいんだよ!」

桃凜の側には、茜雅という彼女よりも一つ年上の、男の子の友達がいて、彼は鷹姫家の一つ下の家柄、桃劉家の子息だった。
くすんだ朱い髪と少年らしい精悍さに満ちた表情は、すでに風格らしきものを備えていた。

「で……なんだ?」
「うん、あれみて」

桃凜は小さな指で村の入り口を差した。

「あれは……、お城の家来の服装じゃないか?」
「だよね。何でこんなとこにいるんだろう?」

雛雪村は山中にあった。桃凜と茜雅がいるのは村の近くの川だが、こんな奥深い場所まで、余程の用事がなければ来る人はいなかった。
まして城の使いなど彼女らは一年に見るか見ないかの確率だ。
二人が訝しげに思っていると、後ろから声を掛けられる。

「桃凜様!」

くるっと後ろを振り向くと、そこには桃凜の良く見知った顔があった。
薄紫の長髪を靡かせた、痩身の女性だ。

「ふうさん」

ふうさんと呼ばれた女性は鷹姫家の侍女。本名は琉雨。
桃凜がまだ舌ったらずなので、名が上手く言えないでいるのだった。

「急ぎ、お屋敷にお戻り下さい!母上様と父上様がお呼びです」

「おかあ様とおとう様が?」

小首を傾げて、茜雅と顔を見合わせてみると、茜雅は一度入り口の方を見やり、先に今いる岩場から飛び降りた。

「そうしゅ様が呼ばれてるんだ。はやく行ったほうがいいんじゃないか?」
「うん、そうだね」

素直に頷いて、足早に家に向かって走って行った。




「どういうことですか」

鷹姫家の屋敷では、朱鸞国都の花鳥にある朱華城の使いと、雛雪村宗主、鷹姫蘭声、その夫の霰善は向き合っていた。
その表情は硬い。

「ですから、貴殿方の御息女、鷹姫桃凜様を我が朱鸞国の国妃にと申し上げているのです」
「馬鹿なことを仰らないで頂きたい。桃凜はまだ四歳ですよ」

霰善は声音を厳しくして、使いに抗議した。
女性宗主の婿養子である彼だが、決して力量がない訳ではない。妻を支える姿は強く感じられた。

「だからこそです。幼いうちから、そう仕付ければ、やがては完全なる存在となられます。確かに辛い事もございましょうが、彼女も将来は良かったと思う筈です。我々も彼の姫君を買ってご提案しているのです」

「あなた方のそれは提案ではなく押し付けですわ。田舎の宗主、それも女と思って、甘く見ないでいただきたい」

蘭声も本来ならば、家の奥で淑やかに暮らす立場だった。
その女性が宗主として認められるだけの威厳と力を持っていたのだ。

冷たく言い放った蘭声に言い返そうとした、空気が緊迫するところに、静かに襖が開かれた。
侍女である琉雨が、隣の桃凜と共に正座で礼をした後だ。

「宗主様、桃凜様をお連れしました」

彼女も、外にいたときとは違う雰囲気が出される。
桃凜の世話を任せられるだけあり、有能な女性だった。

「桃凜。こちらへ」

蘭声が、先ほどとは違う真珠のような声で言うと、外にいたときの服とは違う服を纏った桃凜が入って来る。

「そちらが、御息女、鷹姫桃凜様でいらっしゃいますか」

桃凜が母親の隣に座るのを見て確認をする。
使いの表情も、いくらかは和らいでいた。

「はい。わたしが、おうき、とうりんです」

その確認に桃凜自身がつたない口調で答える。
まだ四歳で、大人の中に入って接するのは、相当の緊張が伴うだろう。
だと言うのに、その口調以外は至って冷静で、その年の女の子と比べれば、大人びた様子だった。

「我らは朱華城のものです。この度、貴女様を国妃に迎えいれたくこちらまで伺いました。どうか、お考えを」
「?」

いくらか言葉を和らげて桃凜に語りかけたが、四歳の頭には難し過ぎたようだ。
頭に疑問符を浮かべている。

「すぐにお返事を出されなくても結構です。現国妃の退位まで、猶予がありますからね。五年後ぐらいにはご決断を。」

桃凜の様子に笑った使いの男は、やはり蘭声と霰善にそう言い残した。
立ち上がった彼らを見て、琉雨が出口まで案内する様子が横目で見て取れた。

部屋に残ったのは、頭に疑問符いっぱいの桃凜と難しい顔をした両親だけだった。

「桃凜」

やがて母に呼ばれ、小首をかしげる。

「はい。なんでしょう?」
「……貴女は……。いいえ、やはり何でも無いわ」
「?……。あのぅ、それよりもお母様。わたし、おなかが空きました。」

この場の空気に似合わない頓珍漢なことを言うものだから、蘭声は目を瞬かせ、霰善は豪快に笑い出した。

「あっははは!そうか、そうだよな。たくさん外で遊んできたもんな。よし、今日は俺が作ってやろう!」

そう言って桃凜を抱き上げる。
小さな桃凜は霰善の腕に抱かれて嬉しそうに笑った。

「ほんと?!うれしい!ありがと!お父様!!」
「おう!」
「霰善」

そのまま部屋を出て行こうとする霰善を蘭声が制止させる。
その声色は硬いままだ。

「今考え無くても良いだろう?まだ時間はあると奴等は言った。第一、四歳の自分の娘とその友達がいるところで話す話題じゃないさ」

蘭声がふっと襖の方を見ると、茜雅が立っていた。
父親に抱き抱えられて、きゃっきゃっと楽しそうに笑っている桃凜と打って変わって、強張った表情をしてはいるが。

「……そうしゅ様」
「貴方が気にすることは無いのよ」
「……」

彼は先ほどの話を理解してしまったのか。辛そうに言った茜雅に、蘭声は微笑んだ。

確かに、娘の友人にこんな表情をさせるべきではない。
ましてや年若い少年だ。笑っているのが一番だろう。

少し暗い雰囲気になると、そこへ霰善が入り明るい空気を作っていく。
それが鷹姫家の日常だった。

「さぁ、茜雅!お前も手伝え!桃凜のために夕飯作るぞ!」

「はぁ?!ちょっ、待って下さい!だんな様!貴方が作る気ですか?!桃凜に訳わかんないもの食べさせないで下さいよ?!」
「はっはっは!!」

その日の夕食にとんでもない物質が出てきたのは、言うまでもない。
そして言うまでもなく、霰善は料理とは無縁の存在だった。



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