神子色流れ
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柔らかな日の光が入る自室は、黒で固められているのに穏やかで暖かい。
部屋の主の性格が影響しているのかも知れない。
その部屋は黒海国都、灰銀にある妃城、黒麗の一角。
部屋の主は、黒海国妃、黒紗。
十五歳にして国妃の座につくかなりの強者。
本人の意向に沿ったものかは別だが。
黒紗は、窓辺に置かれる机の上で静かに本を読んでいた。
そんな彼女の足元に、子猫が擦りよる。
「…どうしたの?」
とても小さく呟いて、子猫を抱き上げる。
ふわふわの黒い毛並みが気持ちいい。
子猫はくりくりした目を開いて、黒紗を見る。
暫く子猫を撫でたり、遊んでたりしていたが、不意に扉から声が掛かる。
「黒紗様……?」
まだ少年の色が残っているが、黒紗よりは低い声。
声の主は、近衛騎士団長、灰菖。
「灰菖?…どうしたの?」
「いえ、昼食をお召し上がりにならなかったと聞いたので、心配で。どこか具合でも?」
細やかな気配りは、ある意味、理想の護衛だ。
こちらも十五歳の若き騎士団長。
「ううん。大丈夫。食欲…無かっただけ。」
「それなら良かった。心配したんですよ。」
ほのぼのとした会話に割り込むように、子猫が今度は灰菖に擦りよる。
黒海国の住民は何故だか、動物に好かれやすかった。
灰菖は子猫を抱き上げ、直も続けた。
「刻永殿も心配しておられました。後で、軽い食事を持っていくと言っていましたよ。」
「そう…。ありがとう。」
そう言いながら、黒紗は灰菖から子猫を受けとる。
日に当たったのか、暖かい。
その時、黒紗の後ろから、空を切って何かが飛んできた。
「……!」
灰菖がそれに気付き、パシッと手で受け止める。
「弓矢……?」
それも、矢先には紫色の液体が塗られている。
「毒……だね。」
黒紗は至って冷静で、恐らく自分に向かって飛ばされた弓矢を見て呟いた。
「誰がこんなものを……。」
呟きつつ矢の木の部分を軽く握り潰す。
パキッと軽い音を立て、床に落ちる。
下に降りた子猫が、鼻を鳴らして匂いを嗅いでいたりした。
「駄目……。危ないから。」
と言った黒紗により、子猫は強制的に腕の中におさまった。
子猫は少しもぞもぞと動いていたが、その内に静かになった。
「警護を見直しましょう。」
灰菖は厳しい顔つきになり、黒紗に告げる。
自分を狙ったにせよ黒紗を狙ったにせよ、危険な事に変わりはない。
間違って毒矢を飛ばしてしまったなんて事はまず、あり得ないので確実に命を狙われていると思って間違いないだろう。
灰菖は直ぐ様、踵を返そうとしたが、黒紗はそれを拒んだ。
「いい。警護の見直しは…いらない。このままでいい。私、一人でも何とかなる。」
大丈夫だと言う黒紗の顔には、珍しく笑みが浮かんでいた。
しかし、灰菖も身辺警護を仕事とする近衛騎士団の一人。
そう言われて、黙っている訳にはいかなかった。
「しかし、もしもの事があったらぼくは……。それに、身辺警護はぼく等の仕事です。主の危機に、何もしない訳にはいかないですよ。」
危機迫る顔で、重々しく告げる灰菖は十五歳とは思えない程に大人びていた。
開け放たれた窓から入る風が銀の髪を揺らす。
風は黒紗の髪も弄び過ぎていく。
黒紗は、少し高い所にある灰菖の眼をしっかりと見つめて、言った。
「警護を厳しくして、手口が分かりにくくなったら…危ない。
今は、私が感知出来る範囲だから、大丈夫。」
いつもの黒紗なら考えられない程に、よく喋る。
高く通った声は小さく、しかし強かった。
黒紗の言うことも一理ある。
こちらが警戒すれば、向こうも自ずと手を変えてくるだろう。
わざと警護を手薄にしておくのも一種の作戦だ。
灰菖は唇を噛み締め、俯いて了承した。
「わかりました。そのままにしておきます。でも、ぼくは厳しくしておきますから。」
何をとは言わない。
黒紗も分かっているであろうし、そうしてもらうつもりだったから。
「分かった。…ありがとう。」
黒紗は頷き、滅多に見せない笑顔を見せた。とても可愛らしいそれは年相応のものだった。
灰菖もつられて笑顔になる。
「いえ。刻永殿を呼んで来ますね。軽い食事でも持ってきてもらいましょう。」
灰菖は笑って退室した。
残った黒紗は、窓辺に戻り子猫を抱えて、本読みを再開した。
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