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神子色流れ






「黒髪五色神子、青神子の名において願い乞う。
この地に、留まりし神よ。祖よ。我が国を守護せし、高潔なる水龍よ。
汝らが支配する水の恵み。彼の地に降らせたまえ。」


国妃、聖薔が舞を終え口上を述べ終わると、導かれるようにぽつぽつと雨が降り始めた。




青藤国、糸硫の町。
国都である水精から離れたその場所は、飲み水に困っていた。

青藤国は、一つの大河からいくつもの支流に別れている。

その澄んだ河から生活水を取るのだが、急激な人口の増加により、飲み水が不足していたのだ。


糸硫は雨も降りにくい土地柄。
この国独特の泉もこの近くには無く、人間に必要な水が無くてはどうにもならない、と国妃聖薔に話が行ったのだ。


「これで、大丈夫ですわ。守護神様が我々を助けて下さいました。」

聖薔は雨が降っているなか、にっこりと微笑んだ。


もともと、聖薔の得意分野は神事だ。
一番、神子としての印象が強いのは、彼女だろう。

雨乞いの舞を舞うこと等、神僧官の直系家に生まれ、小さい頃からその筋の教養を積んできた聖薔には雑作もないことだ。






「お見事で御座いました。女王陛下。」特別に誂えられた部屋で、聖薔は筆頭女官の珊瑚に話掛けられた。

珊瑚の手には、髪を拭う為の厚手の布がある。

「ありがとう。珊瑚。」

「これで、この町も安泰ですね。」

聖薔は笑って返し、珊瑚は聖薔の長い髪を拭いながら言った。
聖薔の髪は量が多く、真っ直ぐと言うよりは少しうねっている。
「今のところは、と言う感じですね。これから、何が起こるか分かったものではないですし。」

体を温めるために置かれた小さな香炉はパチパチと音を鳴らしている。

聖薔は、茶碗を持ち温かなお茶に口をつけた。
ほのかな甘味がある糸硫名産のお茶は、冷えた体を一気に暖めてくれる。

夏の時期とは言え、雨に濡れれば体温は下がる。
放ったらかしにしておいたら、確実に風邪を引く。
国妃至上主義の珊瑚がそれを許すはずもなく。
少し夏にしては厚手の上着を持って来て羽織らせたりと、実にまめまめしく働いた。

「珊瑚の占でも、結果が出ないのでしょう?」
「はい。お恥ずかしながら。」

されるがままになっていた聖薔は、ぱたぱたと忙がしそうに動く珊瑚に、話掛けた。
対する珊瑚は、動きを止め少し俯き気味に声を返した。

珊瑚は、宮廷占者の任も兼ねる。
他の占者と比べても、珊瑚は非常に優秀な占者だ。
宮廷占者と言う珍しく難しい仕事につけたのも頷ける程に。


古い役職の宮廷占者が、今でも生きて国を助けているのは青藤国ぐらいのものだ。

それと言うのも、占を行える力。星占力を持つものが、ここ数年で激減した事と、単に興味を持つ者が少なくなったことである。

青藤国は国柄、それが他国よりも多かっただけの話だ。


強い星占力を持つ珊瑚が占じても解らなかったと言う程に、国の行く末が読めないのであった。



「貴女が恥じる事ではありません。考えても出ない答えと言うのは、どんなことでもあるものです。
珊瑚、湯浴みの支度をしてくれるかしら?」


ぐるぐると思案していた珊瑚の頭を止めたのは、仕方がないと言う聖薔の言葉だった。
まだ二十歳にもいかない少女が、何故ここまで強くあれるのか。


「はい。畏まりました。今暫くお待ち下さいませ。」

珊瑚はつとめて平静を保ち、他の女官達に指示を出すため退室した。






聖薔がいる部屋は、人を失った事で恐ろしい程の静寂に包まれた。


「駄目ですね。このような手口では。」

聖薔は机に茶碗を置き、口元に袖をやって笑った。
その瞳はどことなく妖しい。



羽織らされた厚手の上着をばさりと脱ぎすて、くるくると部屋の中を動き回った。


自分の持っていた手拭いで、髪につけられた簪を拭いたり、机の上をさっと拭き取ったりする。

ついでに、穏やかな香りを燻らす香炉の火を消して窓を開ける。とうに晴れた空は、悲しい程に青かった。


「これで、大丈夫ですね。」


そうして、動き回っているうちに珊瑚が呼びにきた。
湯浴みの準備が整いました、と言って手には大量の布を持っている。


聖薔はにっこりと礼を言い部屋を後にした。






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あきゅろす。
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