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神子色流れ






廊下でなんともほのぼのとした争いを繰り広げる騎士を他所に、国妃五人は再び話し合いに入っていた。
途中で部屋を辞した黒紗も戻ってきている。




「とりあえず、鏡華帝国へ向かう日にちは、秋鳫の月八日で大丈夫ですね。」
「ええ。」
「構いません。」
「了解ですわ。」
「………大丈夫。」


聖薔の言葉に様々な答えを返した国妃五人。


まずは鏡華帝国へ赴いて、泉涼に最後の別れをするべきだと言う結論に至った。


日にちは秋鳫の月、八日。
秋鳫とは十月の事で、四季が穏やかに移り変わる千和千鳥では、紅葉が美しい時期である。

時間がたっている気もするが、色々と忙しく、全員が集まれる時がなかったらしい。


新年の挨拶のように、大々的に行って大々的に迎えられては、まともに別れを告げられないだろうから、なるべく各国の国民には鏡華帝国へ赴く事を伝えないようにする方針だ。



「それでは、これでおしまいに致しましょうか。」
パチパチと手を叩きながら、嬉しそうに言ったのは凰蘭。

「皆様。今後はいかがなさいますの?」
聖薔は、少しばかり重荷が無くなった様子で、聞いた。

「私は……少しの間、朱鸞国に留まらせて頂きますよ。」
いち早く答えたのは、緑流。
それは決定事項のようで、桃凜も頷いていた。

「………私もそうなる。」
無関心に答えたのは黒紗。
無関心に見えはするが、観光もしたい。と小さく呟かれた。

「せっかくですから、お二人も如何です?今からお帰りになるのも大変でしょうし。」

気遣った言葉は桃凜のもの。
確かに、既に外は黄昏色をしていた。

「じゃあ、お言葉に甘えさせて頂くわ。」

遠慮なく言ったのは凰蘭で、終始微笑んでいる。

「私もそうさせて頂いてよろしいかしら?」

聖薔は一度、窓に目を向け、桃凜に聞いた。

「構いませんよ。とすると、茜雅に言って馬車を用意してもらわなくてはね。」


話していなかったが、ここは朱鸞国都、花鳥ではなく、港町の鷹院。

ここから花鳥までは、小一時間ぐらい。
馬車で戻るのだから、大した時間はかからない。




馬車や荷物の用意が出来た頃、日はかなり傾いていた。

手を降っている鷹院の町民に手を振り替えしながら、馬車は進んだ。

「人徳があるのですね。桃凜様は。」
「そうですか?」
「ええ。そうだと思いますわ。」

馬車内では、国妃五人が椅子に腰掛け穏やかに話していた。

上記の聖薔と桃凜の会話はそこで途切れたが、外を見ていた凰蘭が声をあげる。

「まぁ!」
「何かありましたか?…………これは…!」

声をあげた凰蘭の近くによって窓を見た緑流も声を上げた。

黒紗や聖薔も外に目を奪われている。


馬車は山の中を行っているようで、ガタガタと揺れている。

外は一面を桃色の光が包みこんでいる。
わずかな夕日の光とわずかな月明かりで、なんとも美しい光景がそこにある。


「桃汐と言う鉱物資源です。」
「桃汐とは……?」

桃凜が説明をいきなり始めたので緑流は視線を戻した。
他の三人も同じようにした。


「他国では極光石と呼ばれているらしいですが、光を受けると反射で元々の色を輝かせるんです。それは月明かりであったり夕日であったり。その光の色や、角度で微妙に色が変わるんですよ。」

「そんな珍しい鉱物が?!」
「朱鸞国ではさして珍しくもないのですが。この辺の山は鉱山で、桃汐の発掘がよく行われているんですよ。」

「……用途は?」
「主に装身具の宝石に使われますよ。うちの産業の一つです。それに桃汐は、また珍しい性質を持っていましてね。」

数々の質問に答えながら、含み笑いを溢す。

「珍しい性質と言うのは?」
「よく聞いていて下さいね。」

頭にはてなを浮かべる四人だが桃凜の言う通りに耳を澄ます。

桃凜は、隠れていた手を出して外に向けて一度、手を叩く。

パチン!


……ィン。
…ィン
…リィン。
リィン。
リィン。
リン!


すると、鈴虫の鳴き声のようなものがそこかしこから流れる。

一つの音を合図に、帯状に音が駆け回る。


「桃凜。これは?」
「通称、奏桃汐。この黄昏時から夜にかけての光を放つ間、音を受けて石自体が響くんです。伝導力が高いのでは。と言う見当ですが、詳しい事は分からないんですよね。」



「いい所ね。朱鸞国は。」

聖薔の言葉に、三人はそれぞれ頷く。

「お褒めに預かり光栄です。」
桃凜もにこやかに答えた。



夕日が月に成り変わる中、一時、安らいだ時間であった。






花鳥についたのは、日が沈んだ頃。
夕御飯辺りな時間だった。

その時間になると、女官が厨房を走り回ってるのだが、また今日は一段と忙しそうであった。


「いや、大変だなぁ。」
「そう思うなら、手伝ってこい。」
「俺に料理をやらせたら最後、爆発だぜ!」
「星つけて言うな。馬鹿が。」
「馬鹿は正義だ。」
「おめでたい奴だよ。お前は。」


扉からひょっこり顔を出した双源と、ここぞとばかりに殴る蹴るをしだす茜雅を尻目に、他三人の騎士は寛いでいる。

雅染は蜜柑を食べているし、嵐華は寝ているし、灰菖は本を読んでいる。

「ひほがほおいほね。ひゅうかひょうは。」
「口の中を空にしてから喋れ。いつまで蜜柑食ってるんだ。」

「蜜柑が尽きるまで?」
「まともな答えを期待した俺が馬鹿だった。」
「話、戻すけどさ、人が多くない?」

腰に下げている蜜柑の袋には一体いくつの蜜柑が入っているのだろう。
先程から、五つは食べているのだが。

「そうか?そういないと思うぞ?」
「うちよりは多いよ。」

話す間でも蜜柑を食べる手は止まらない。

茜雅は首を傾げたが、話はそこで切られたようで、持ち越しになっていった。



やがて、部屋に扉の華奢な音が転がった。


「皆さん。夕御飯の支度が出来ました。来てください。」

入って来たのは、桃凜を始めとする国妃の五人。

それぞれ、自分の色を基調とした妃千服を着ているので、五人が並ぶとなんとも、色鮮やかだ。


「分かりました。すぐに行きます。」

茜雅が丁寧に答えると、後ろで騎士が固まる。

それに首を傾げた国妃達であったが、そうもしていられないので、扉を閉じて戻っていった。


「そうだ。忘れてた。こいつ、城の中じゃ敬語だった。」

再び、騎士だけになった部屋で、口元を押さえて双源は言った。
そしてその一言は、他三人の心情を正確に当てていた。







いくつかの卓が置かれた広い部屋に辿り着くと、既に卓には色とりどりな料理が並んでいる。

柳弦国でよく使われる畳の床の部屋は、宴会や祝い事等の時に使われるようだった。

床に正座する形での食事だ。
正座に慣れない双源なんかは足をくずして、胡座を掻いている。


「そういえば、皆さん。お酒は大丈夫何ですか?」

桃凜が聞いた。
千和千鳥の成人は十六歳で、ここにいる大半が酒を飲める年齢だ。
無理なのは黒海国の面々だけだろう。

「私は大丈夫ですよ。強い訳ではないですが。」
凰蘭が言う。
外見から、確かに強い印象は無いが。

「何言ってんですか。姫様。貴女、前にうちの将軍、呑み比べで負かしたでしょう。」

雅染が眉を寄せて言ったことで、その部屋にいた人全ての視線が凰蘭に向かった。


「あら。あの人は大して強くもないでしょう?弱い方では?」
「間違いなく月翔で一、二を争う強さのはずですが。」

納得の行かない顔をしている凰蘭の手には、小さな器があり、その中身は、酒であった。


「私は、あまり……。」

目を逸らしながら緑流が言った。
またも視線が緑流に向く。

「あ〜。緑流さん、滅法弱いもんな〜。ご両親、化け物並みなのに。」
「お前は、この前、父様に勝ってなかったか?」
「気のせいっすよ。」

勝ち負けは酒の席で意味するところの呑み比べのこと。

緑流の両親、柳弦国軍将軍と女将軍は千和千鳥でも有名な酒癖だと言う。
それに勝ったと言う双源の酒の強さも計り知れない。


「皆様、凄いですわね。あらゆる意味で。私は普通ですわ。嵐華は強いですけど。」

そもそも、聖薔の生まれは、神僧官の家。
酒を飲むこと自体少ないはずだ。
騎士は基本的に強いようだが、立場上そうならざるを得ないのだろう。

現に嵐華は無言で酒を飲み続けている。


「そういう桃凜はどうなんだ?」
緑流は行儀よく正座していた足をくずしながら聞いた。

「私は……分からないのよね。」
「……飲んだことないのか?」
「うん。興味なかったし。」

聞きはしたが、自分の事は分からなかったらしい。

双源が茜雅にこっそりと聞いた。

「ちなみに朱鸞の御方のご両親は?」
「奥方が異常だと言う話は聞いていた。旦那様は普通だったそうだが。」

とすると、弱い訳ではなさそうだ。
奥方の血が濃ければ、強い方だろう。

「もっとちなみにお前の両親は?」
「化け物。」

茜雅は即答。双源は沈黙。
思い返してみると確かにこいつは強かった。


「飲んでみないか?反応が興味ある。」
「それは私も思いますね。」
「私もですわ。」

「複雑な気分ですよ。」

好奇の目を向けられやや脱力した桃凜は、凰蘭から、酒の器を受け取った。

器に口を付けて傾かせると、喉がわずかに熱くなる。
ほのかな甘味と、とろみのある酒。然程、酒精が高くない。

凰蘭が渡したのは、そういうものだった。

だが。



「桃凜。どうだ?」

緑流が聞いても、返事がない。
ただぼーっとしているだけだった。

怪訝に思い、顔の前で手を振ってみる。
やはり反応がない。

凰蘭がちょいっと体をつついてみる。


するとどうだろう。
いとも簡単に重力に負け、畳に崩れ落ちた。

頭をぶつける寸前で、緑流が体を支える。

静寂が落ちた部屋に聞こえるのは、乱れがなく規則正しい桃凜の寝息だけだった。


「もしかして、いや、もしかしなくても。」


体を支える緑流が思わずと言った風に呟いた。

「ものすごく、お酒に弱いのですね。」

緑流が切った言葉を凰蘭が引き継ぎ、茜雅の方を軽く見た。

その視線に気付いた茜雅は立ち上がり、緑流が支える体を軽々と持ち上げた。

「ちょっと退室させてもらいます。」

未だに静寂が続く部屋に向かって言うと、そのまま、部屋の外に行った。



暫くすると、紫花が畏まったように入ってきた。

「皆さま方。お食事は済みましたでしょうか?」

「えぇ。大丈夫ですわ。」

にこやかに、聖薔が答える。
先程まで、言葉を紡ぐことさえなかったと言うのに、口を扇子で隠し、優雅に笑ってみせる。

その変わり身はなんとも見事。


「それでは皆様。お部屋にご案内致します。」

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あきゅろす。
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