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神子色流れ
〜第六章 脆弱な真実 完全な嘘〜



真実とは時に残酷である。


世界を支える妃達に容赦なくそれは降りかかる。


支える地盤が無くなった時、世界は崩れ落ちるというのに。


世界と人は何を望むのだろうか。










「〜第六章 虚な真実 完全な嘘〜」









ガタンッ!!




五人の少女が集まった部屋に、物音が鳴る。

五人の内、一人は立っている。
否、立ち上がった。
その人影は、背が低い。

集まった五人の少女の中、一番若い黒海国の国妃、黒紗だった。

「黒紗様?」

水色の服、妃千服を纏った国妃、青藤国の国妃、聖薔が聞く。

丸い机を中心に、聖薔の隣に座す月翔国妃、凰蘭も、怪訝な顔を黒紗に向ける。
同じように、朱鸞国妃桃凜と、柳弦国妃緑流もそれに続いた。



四人の視線を一様に受けた黒紗は何も言うことなく、部屋を辞した。


四人は顔を見合わせるばかり。


「どうかなさったのでしょうか。黒紗さんは。」

独特のふわふわとした柔らかな声音を、凰蘭は発した。
「黒紗様が退室した理由は分かりませんが、少し長い間話過ぎましたね。」

さして緊張感の感じられない声に、聖薔が答えた。

「少し休憩しましょうか。」

桃凜も苦笑いを返しながら、提案した。

その提案を受け入れた四人は、各々に散っていく。








「近い年齢とはいえ、一年に一回会う程度の人と会うのは、さすがに緊張するわね。」

国妃五人で集まった部屋を出て、また違う部屋に移った桃凜は、長椅子にぐったりと崩れ落ちた。

近くには筆頭女官である紫花と、近衛騎士団長である茜雅しかいない。
他の女官がいないのは紫花の配慮。


「同じ立場にあるからこそ余計に、かもしれませんね。」

小さい卓上に、紅茶を置きながら紫花が言った。

「全く、自国だって言うのに城内が緊張しすぎて他国に感じるわ。」



国妃五人が今いるのは、桃凜の国の朱鸞国。

商業の国としてよく知られている朱鸞国は、他国の者をすんなりと受け入れる。
また、貿易の関係で、海への進出にも先立っている。
海軍を所有するのも朱鸞国だけだ。

その航海の技術を利用して、他国妃の出迎えを行った。

話し合いもしやすいだろうと、決まった場所だったのだ。



桃凜は、紅茶を揺らしながらとにかく思案した。

ちなみに、紅茶も貿易により輸入された品物だ。


「国民にならまだしも、私達にさえ泉涼様の死因が明らかにされてないなんて。」

桃凜は、先程の話し合いで分かった事柄を口に出した。


死因が明らかにされていない。

国民にそういった「原因」が知らされる事はそうそうない。

知らされた場合は、自国に都合の良いように塗り替えられたものだったりする。
だから、歴史が個々の国で違う事も、今までの千和千鳥の歴史の中で、珍しくは無かった。

桃凜もなるべく事実を伝えるようには尽力をしてはいたが、象徴としての存在意識が強い国妃では、何を言おうと無視される場合が多い。
故に彼女は、近衛騎士団長の茜雅や、筆頭官吏代理も務める紫花の意見として上方に言っていた。


死因が明らかにされていなくとも国民は悲しみに暮れる。

だが、それが各国の王にまで知らされないとは、一体どういう事なのか。

こう言っては何だが、国民程単純ではない彼女らは悲しむに悲しめない。

自然と桃凜の瞳が細くなり、顔つきが険しくなる。
紅茶を酒のように飲み干して、再び長椅子に寝転んだ。


すると、部屋の扉が二回鳴る。
次いで、蝶番が軋んだ音を立て、扉がひらかれる。

開いた扉から覗いたのは、薄緑の髪をした柳弦国妃、緑流の近衛騎士団長、緑瀞 双源だった。

突然の思わぬ来客に驚いたが、双源の後ろにいた緑流に気付き、声をかけた。

「緑流に双源さん。何かありましたか?」
桃凜が小首を傾げて聞いた。
髪に着けた色硝子の鈴がちりんと音を立てる。

「いきなりすまない。桃凜。少し気になった事があって。」

少し躊躇いがちに口を開いた緑流に、紫花が、持ってきた新しい椅子に腰掛けるように勧める。

やることを済ました紫花は、一礼して部屋を辞した。


「で、気になった事ってのは?」

全員が寛ぎ始めた事で、桃凜も口調を砕けさせる。

「泉涼様の死因が明らかにされていないのもおかしい。それは桃凜もわかっているだろう?」
「えぇ。まぁ。」

曖昧に返事を返した桃凜だったが、緑流はそれは気に止めず、話を続けた。

「今、事後処理に廻っている帝王妃様からの連絡が全くと言って良いほど来ていないんだ。」

桃凜の眉根がひそめられる。

帝王妃、蓮鏡は、あまり良い噂を聞かない。
しかし、政治の手腕は見事でちゃんと仕事もこなしていた。
表向きは、大国の妃に相応しい働きをしていた。

良い噂を聞かないというのは裏側の動きの事で、そもそも裏側の彼女の行動は、確実な証拠がない。
たかが一つの噂に過ぎないのだ。

「忙しいだけ、ということもあるかも知れないし、とりあえずは様子を見るべきだと思うわ。」

今は確実な事実がないと、桃凜は続けた。

それに納得したような緑流は、前のめりになっていた上体を椅子の背に預けた。


「朱鸞国妃さん。」


不意に双源が桃凜を呼んだ。
少し話が終わり、ぼーっとしていた桃凜は我に返り、にこやかな笑みを称える双源を見上げた。

「ちょっとこいつ借りますよ。」

指で示した先は、茜雅がいる。

「別に構わないけれど、何をするの?」
「ちょっと諸事情がね。」

桃凜は首を傾げていたが、それには目を止めず、騒がしく喚いて扉に向かおうとしていた。

終始笑顔でいたので、いつの間にか、茜雅の腕を捕らえていたのに気づかなかった。

同性であれど、茜雅より年が一つ上の双源は、地味に抵抗しようとする茜雅をずるずると引きずって行った。


「緑流。あの人を見るたび毎回思うのだけど、嵐みたいな人よね。」
「返す言葉がない。」
「双源なんて言う、穏やかな名前をしているのに。」
「それを奴に、言ってやってくれ。」

「双源」と言う名の意味は、双つの源。
源が意味するのは、限界のない強さ。強かな事を指す。
双は、二つあること。一閃と言う意味にされることもある。

一閃する限界のない強さ。それが双源の名の意味なのだが。
全くもって名にそぐわない行動である。


千和千鳥ではこうして名前に意味を持たされる事が多い。
漢字一つに込められた意味を全て知るものは極めて少ないが。


その後、桃凜と緑流は紅茶を飲みながら、他愛ない談笑を続けた。









「で、何のようだ。双源。」

一方、先程連れ出された茜雅は眉根を寄せて双源を睨みつけていた。
理由も聞かされずに引きずられてきたのだから、まぁ、当然の反応だろう。


「まぁまぁ。そうカリカリすんなって。」

茜雅の機嫌の悪さをさらりと受け流し、さらに気楽に言ってみせた双源に毒気を抜かれたのか、茜雅は強ばっていた全身の力を抜いた。


「分かったんだよ。」

口元に笑みを称え、ゆったりと双源は言った。

「何が。」
「例の殺気の正体。」

またもさらりと言った双源はこれまでにないほど、真面目な顔をした。

「どうやったんだ。お前。あの殺気は鏡華帝国にあったんだ。そう簡単に正体は分からないだろう。」


新年の挨拶に行った時に感じた殺気。
各国の騎士五人は各々のやり方で、それを放った人間の正体をつき止めようとした。ただ、簡単には見つからなかったのが現状であった。


「俺を甘く見んなよ。一応、柳弦の情報将校でもあるんだぜ?」

一応だけどな。と付け足した双源を、茜雅はまじまじと見つめ直した。


双源は、柳弦国妃近衛騎士団長とはまた別に、柳弦国軍の特別部隊、情報部に所属していた。しかも、情報将校はその中のトップだ。

国軍が発達した柳弦国では特別な部隊が作られていた。


「忘れてた。そういやそんな役職にもあったな。お前は。」
「忘れんなよ。ま、俺が情報将校として動く事は、ほっとんどねぇから、忘れてんのも無理ねぇけどな。」
「それはどうでもいい。で、柳弦国軍情報将校殿。結果は?」

皮肉を込めた呼び名に、思いっきりげんなりとした顔をした双源だったが、一つわざとらしく咳をすると、話始めた。

「結果は案の定、鏡華帝国の暗殺部隊の奴らだ。人間の特定は出来てねぇが、幹部に近い奴らだ。絞り込みは続けてっから、後、せいぜい一旬する頃には、ある程度割り出せてるはずだぜ。」



「鏡華帝国の暗殺部隊…か。厄介と言えば厄介だな。」

ざっと現状を述べた双源は、呑気に欠伸をしていたが、対照的に茜雅は顎に手を当てて考え込んでいた。


「なるほど。そういう事か。」

新たな声が響く。
高い廊下に、朗々と鳴る温かみのある声音だ。

「柳弦国軍情報将校殿が、その重い腰をとっとと上げてくれれば僕らも動く必要なかったのにね。」

「雅染。言葉に棘と言う棘が全てついてるように感じるのは俺だけか?」

月翔国妃近衛騎士団長、雅染の言葉を剣としてグサグサと受けた双源は、心臓の辺りを押さえながら聞いた。

「盗み聞きか?雅染。」
「いや?偶然。」

確かに雅染の言う通りなのだが、さすがに双源が可哀想になったのか、茜雅がため息をつきながら聞いた。

返ってきた答えはなんとも嘘臭いものだったが。

「それに、聞いてたのは僕だけじゃあないよ。ね、嵐華に灰菖君。」

名を呼ばれて出てきたのは、黒髪の青年と銀髪の少年。
黒髪が嵐華で、銀髪が灰菖。

二人が並ぶと偉く凸凹ができる。
かたや190p。かたや155p。
差が激しいので当然だ。


「気付いてましたか。」

灰菖は人の良い笑みを浮かべたが、嵐華は目を反らした。

「茜雅だけに事を伝えるなんて、僕達を信用してない?」
「一番伝えやすいのがこいつだっただけだよ。」

皮肉を言った雅染の腰には彼の剣である琴月が穿かれている。
「双源さんて、あの柳弦国の情報将校だったんですね。ぼく、知らなかったですよ。」
「言ってねぇもん。そりゃ知らねぇさ。」



「柳弦国の情報将校」は、かなりいろんな意味で有名だった。

傍若無人、天下無敵、傲岸不遜、大胆不敵とまぁ、こんな感じに有名であった。
大抵の武人はこの噂を知っていたが、彼の正体を知るものは、一握りの存在だった。

その一握りの中に、灰菖も加わった訳だ。


「気にするな。灰菖。知らなくとも無理はないさ。」
「そうそう。俺の正体突き止めようって奴が馬鹿なんだぜ。無駄無駄。んなもん出来っこねぇよ。」
「自分で言うな!!馬鹿が!!」
「殴るなよ!しかも拳で!痛ってぇよ!」
「黙れ!次は弓で殴るぞ!」
「殴るって言わねぇよ!刺すって言うんだろ!」


茜雅と双源が下らない争いが続くなか、雅染、嵐華、灰菖はそれをずっと眺め、無言を突き通した。


やがて、灰菖が呟く。

「あの二人、千和千鳥で一、二を争う強さなんですよね。間違いなく。」

思わず呟いた言葉は、残り二人の心情を的確に表していた。

それほど、低レベルな争いだったのだ。



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あきゅろす。
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