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神子色流れ
〜第一章 桃と緑〜
今となっては、誰も知らない古い時代の物語。

さぁ、皆様方。古い古い時代の物語、どうぞお楽しみ下さい。





「〜第一章 桃と緑〜」





千和千鳥。
それは遠い時代、幻想時代に繁栄した世界だ。

黒髪五色神子、そう呼ばれる年若い女王達が、後の幻想時代を美しく彩っていた。




「気持ちいい空ね〜」

爽やかな風が吹き抜ける小高い丘で、その少女はいた。

背に流れるは、黒曜の黒髪。
景色を映すは、桃色の瞳。
爽やかな新春の風を思わせる、桃色の妃千服はその少女の地位を物語る。

朱鸞国、女王。桃神子の桃凜。
それが佇む少女の地位。


「は〜、このままどっかに逃げたい」

桃凜は強い風に吹かれながら呟いた。
その呟きも強い風音にさらわれる。




ここは朱鸞国。
肥沃な大地を持つ、千和千鳥の商業国。
治めるは国妃桃凜。

「でも、そろそろ帰らないと、女官の皆さんに怒られるかしらね」

悪戯の色が濃い笑みを浮かべる。
年若く見える容姿に違わず、彼女は十六の身だ。

「まあ、待ってたら迎えがくるわね」

桃凜はそのまま丘にごろんと寝転んだ。


しばらくすると、新緑の影が姿を現した。

「桃凜!どこにいる!速くでてきなさい!」

細い華奢な腰に無骨な剣を携えた少女が、叫びながらやってきた。

「あら、緑流。今回は速かったね」
「あら、じゃない! お前の女官長がまた失神していたぞ」
「それは大変。後でお声をかけてあげなければ」
「桃凜!!」

緑流と呼ばれた少女はその白磁の肌に怒りの表情を写した。
その身に纏うは、優しい緑の妃千服。
緑流もまた女王の一人だった。
武骨な喋りをするこの女王はまたひどく実直で真面目な性分だ。

「さぁ、桃凜。帰るぞ」
「……」

来た道を戻ろうとした緑流は、佇んだままの桃凜を振り返った。
すでに立ち上がっているのを見ると、戻るつもりではあるようだが。

「どうした?」
「空が……。ううん、やっぱり何でもない。行きましょ」
「……あぁ」








「全く女王陛下には自覚というものを持っていただかないと、私共の身が持ちません!」
「分かっているわ。少し息抜きに出ただけですから」

朱鸞国の国都、花鳥。
そこに桃凜の居城である朱華城があった。
朱塗りの屋根が特徴的な、国の文化遺産にも登録されるほどのものだ。

その城で桃凜の筆頭女官、紫花に朱鸞国妃は怒鳴られていた。
俗に国妃と呼ばれる少女達は、各国の女王の地位に居る。
昔の人が付けた名らしいが、あまり本人達は気にしていない。

「緑流様が迎えに行って下さったから良ろしかったものの、また茜雅殿を呼ぶはめになるところでしたわ」

「それは駄目よ。茜雅には茜雅の仕事があるもの」
「そう思うのでしたら、少しは自覚をお持ち下さいと申し上げているのです!」

紫花は前国妃のころから、有能な筆頭女官だったらしい。
彼女が心配するのも分かるが、どうしてもこの堅苦しい感じが我慢出来ない。
桃凜もそれなりの年数を国妃として生活していたが、昔からあまり変わらない。


「失礼いたします。国妃様」

「何でしょうか?」

厳かな声で伝えた女官に同じく厳かな声で桃凜は答えた。
怒鳴りつけていた紫花も、人目を憚って居住まいを正した。

「近衛騎士団長桃劉 茜雅殿が参っております。いかがなさりますか?」
「分かりました。通して下さい」
「畏まりました」

千鳥装飾という簡素だが趣のある装飾がなされた扉が開いた。桃凜が好む装飾だ。


開いた扉の向こうに、端整な顔の青年がいた。

くすんだ朱の髪。
燃える炎のような深紅の瞳。
せいぜい桃凜と変わらぬ年ごろだ。

「何か御用ですか?騎士団長殿」

近衛騎士団を統括する青年だ。名は茜雅。
忠義に厚く、緑流に負けず劣らず、また真面目な性分だ。

「桃凜様……。また勝手にいなくなりましたね」
「あら、ばれてましたか」

「ばれてましたかじゃありません!何度も何度も、何で城を抜け出されるのですか!」
「だって、つまらないんだもの。」
「つまらないって何ですか!馬鹿言わないで下さい!」
「分かりました。それではしばらくは国政に腕をふるうといたしましょうか」
「桃凜様……嘘ですね」
「あら!」
「と〜う〜り〜ん〜さ〜ま〜」

茜雅は桃凜の近衛騎士団長だ。
その上、彼女が即位する前の幼なじみでもある。
御年十七の年若い騎士団長は、やはり紫花と同じように桃凜の説教を始めた。

「でも、しばらくはちゃんと仕事しますから。血圧上がりますよ」
「元凶は貴方様ですよ」

茜雅は腕もたち、臣下の間で将来有望と騒がれている。
が、どうもこの国妃相手にはなかなかそう言った面を見せられない。


見かねた紫花が桃凜に静かに今後の予定を告げた。

「女王陛下、あと少しで新年の挨拶に鏡華帝国に出向く時でございます」

茜雅をからかいながら楽しんでいた桃凜は、それを聞いてほんの少し真面目な顔つきになった。

「そう、ならば少し本気で仕事をしましょう。大国に舐められては困りますし」

「ようやく本気を出して下さりましたか」

後には茜雅の溜め息が続いた。


鏡華帝国と言うのは千和千鳥に存在する六大陸の中心。千和千鳥の実権を握る大国だ。
他の五つの国には桃凜と同じ役目を背負う女王達がいる。
その五人の女王を国妃、あるいは黒髪五色神子と人々は呼ぶのだが、その黒髪五色神子の任命も鏡華帝国の帝王によるものだ。。

新しい年のお祝いの言葉を述べに、元旦の日、各国の国妃は鏡華帝国へ出向く。



「そういえば、緑神子様は?」

ふと思い出したように、桃凜は緑流の行方を聞いた。
緑神子は緑流に値する地位だ。

「お二人が仲睦まじく言い争っていらっしゃった頃にお帰りになられましたわ」
「そう……」

「何かご懸念でも?」
「いえ、何でもありません」

桃凜はそう告げたあと、正式な国妃への礼をする女官達に慣れた様子で横顔を見せ、自分の部屋をあとにした。








朱鸞国は商業都市として栄えている。
各国の物流は、ほとんど朱鸞国が取り仕切る。

同じように、ここ柳弦国は武術の都だ。
各国の騎士を育てる騎士団養成学校もここにある。

この武術の都を束ねる女王は、朱鸞国妃、桃凜とも友好関係にある、緑流だ。


「お帰りなさいませ。国妃様。久しぶりの朱鸞国はいかがでした?」
「ただいま。朱鸞は相変わらず気候も国民性も穏やかだったよ」
「朱鸞国妃様のお力ですね」
「そうだな」

緑流は苦笑いしながらも同意を返した。

柳弦国は奥深い山地に位置する。
険しい山道が多く、武術を極めるもの、極めんと志すものが多く集まる。
その影響でどの国より逞しい国民性が育った。

「桃凜もちゃんと仕事をすれば素晴らしい手腕なのだが」

何分あちらの国妃は飽きっぽいらしい。

「国妃様。騎士団長殿が見当たらないのですが……」

女官見習いをしている少女が遠慮がちに声をかけた。

「またか。こっちの飽きっぽさもなんとかして欲しいものだな」

「あの、申し訳ございません。国妃様……」
「いい。気にするな。誰もあいつは止められないだろう」

呆れたような、けれど優しい瞳を向けられた、見習いの少女は安心したように微笑んだ。

そして、柳弦国妃、緑流は自分の騎士団長を探しに部屋を出た。




「双源!こんなところで何をしてる」

部屋を出て、すぐ緑流妃の騎士団長、緑瀞 双源を見つけた。

「おっ!緑流さん!帰って来たんだな」
「お前、なぜこんな庭の道端で転がってる?」

騎士団長ともあろうものがやる行為ではない。
双源は薄翠の綺麗な瞳に緑流の姿を映した。
快活な笑みの青年が、やはり快活な動きを見せる。

「ちょっと、地面と仲良くなってました」
「アホか!!」

自分の身辺警護を職務とする双源だが、その所行は少々一般人とかけ離れている。
もちろん武術の腕は確かだが。

緑流はともかく仕事をするように双源を怒鳴りつけていた。






桃神子、桃凜と緑神子、緑流。
二つの影はその幻想時代に桃と緑という色を落とした。

その時、黒髪五色神子の少女達は、次代の混乱を知らなかった。





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あきゅろす。
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