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Sky Flower
結末
 ぎぃ──と鈍い音を立ててドアが開きました。

「………っ」

 男の子くんは口をパクパクさせて固まりました。
 それもそのはずです。

「すっごーい! いっぱい、たくさん、色が!」

 そこには、全てが、何もかもがあるように見えました。
 無いものが無いんじゃないかと思えるくらい、無限とはこういうことを言うのかと思わせるくらい、その世界は私の視界を無数の色で埋め尽くしたのです。

「これが空」

 初めて、空というものを見ました。
 色は青だったんですね。
 ところどころに白があって、その白は色んな形をしています。
 手を伸ばせば届きそうな、不思議な存在、空。

「これが花」

 初めて、花というものを見ました。
 なんて綺麗なんでしょう。
 なんて色鮮やかなんでしょう。
 私が知らない色をした花まであります。
 初めまして、私の知らない沢山の色たち。

「あれが太陽」

 眩しくて直視できない光。
 なんだか目がチカチカします。
 だけど温かくて、とても心地いい。
 これが全てを照らし尽くす光、太陽。

 まだまだ、見たことのないものが視野いっぱいに広がっています。
 私の夢は、想像していた世界よりもずっとずっと素敵でした。
 花が一面に咲く、果ての見えないカラフル平野。
 曇り一つ無い、青く澄みきった蒼空。
 食べ物がいらないんじゃないかと思わせるほど美味しい空気。
 来てよかった。
 諦めなくてよかった。
 生きてて、よかったです。

「お母さん、お父さん。私来たよ、外の世界」

 二人にも見てほしかったな。
 ううん、そうじゃない。
 私の両親、男の子くんの両親、そして地下の人みんなに見てほしい。
 この世界を見ないまま一生を終えるなんて、勿体なさすぎます。

「なあ、女の子ちゃん」

「ん?」

 男の子くんは一輪の花を私の髪に簪として刺し、言いました。

「ハナ。そんな名前は、嫌?」

「なまえ?」

「ああ、せっかくだから、お互いここで自分たちの名前を決めようよ。ここは地下じゃない。だから、掟なんか関係ない」

 そうだね、もう私たちを縛るものなんて何もない。

「男の子くん……ううん」

 あなたの名前ならすぐに浮かんだよ。

「ソラ」

「ソラ……俺の名前」

「うんっ! この明るい世界に来て初めてわかったけど、あなたの髪、空の色と一緒なのよ。だから、ソラ!」

「……」

「あの、嫌?」

「ちがう、ちがうんだ」

 男の子くん、いえ、ソラは急に泣き出しました。

「嬉しくて、嬉しすぎて……名前があることが」

「そんなの、私も一緒だよ……うぅ、嬉しいよぉー」

 私も堪えきれずにもらい泣き。
 今度は悲しみの涙じゃありません。
 喜びの涙です。
 二人して、赤ちゃんみたいに声を枯らして泣きじゃくりました。
 当たり前に人一人が持つべきもの、名前。いや、人に限らず、この世の万物は全て名前を持っています。
 私たちは、その当たり前のものを持っていませんでした。
 その現状を、自分たちは世界の一部として認められていないのだと悲絶していました。
 しかし今私たちには名前があります。
 ただそれだけの事実で、世界と一体になったような気がしました。
 ようやく、「生きている」と強く実感することが出来たのです。
 夢が叶って、名前も貰って、嬉しくて、楽しくて、これ以上なにもいらないくらいに満たされました。




















 ──だからと言って、こんな結末は酷すぎるよ。




















「うぐっ!」

「ソラ!?」

 ソラが急に胸を押さえ、苦痛の唸り声を上げました。

「ソラ! ソラ!」

 花の平野の上に倒れ込むソラ。
 一部の花が真っ赤に染まっています。
 綺麗な赤ではなく、どす黒い赤です。
 それはただの赤い花ではなく、ソラが吐いた血で染まったアカい花でした。
 ソラは呼吸のリズムもおかしくなり、四肢も痙攣を始めました。

「ソラ! やだ、死なないで──っうううあ!」

 突如、腹部の方から喉の方に何かが逆流して来ました。
 我慢できず、私はそれを吐き出します。
 血でした。
 それも、ソラと全く同じ色の。

「ハナ……俺ら、死ぬのかな」

 嫌。

「はぁ、はぁ、そんなはずないよ……せっかく新しい世界に来たのに」

 嫌だ。

「だよ……なぁ」

 そんなはずない。

「ここから始まるんだよ、私たちの新しい人生」

 この時二人は悟っていました。
 自分たちは死ぬのだということを。
 だけどそれを認めたくはなかったのです。
 こんな素敵な世界にたどり着いたのに、たったの数分しか堪能していないのですから。
 まだまだ見たいものは沢山あるし、行ってみたいところだって沢山あります。
 それにこの世界を地下のみんなに伝えたい。
 ここの素晴らしさを知ってもらって、外の世界にみんなで住みたい。
 だから、「死ぬ」なんてあり得なくてくだらないこと、考えてはいけないんです。
 だから──考え方を変えるんです。

「少し眠ろっか、ソラ。私走り疲れちゃった」

 そうです。
 死ぬのではなく、眠るのです。
 この暖かい世界で、お昼寝をするんです。

「……」

 ソラが返事をしません。
 もう寝てしまったのでしょうか。

「でも本当に綺麗な世界だよね、ここ」

「……」

 疲れたもの。
 ソラ、沢山走ったもんね。

「起きたら……探検しようね、ソラ」

「……」

 沢山沢山、探検しようね。
 沢山沢山、遊ぼうね。

「約束だよ」

「……」

「じゃあ、お休み……ソラ」

 そうして二人は手を握り合い、ゆっくりと眠りにつきました。
 朗らかに微笑む二人の寝顔を、青空の雲間から射す太陽の光が照らします。

「ありがとう」

 ハナの最後の寝言は、緩やかな風に吹かれ、青いソラへと溶けてゆきました。

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あきゅろす。
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