散桜花録 壱 その土地は深い、雪の中にあった。 四方は山に囲まれており、その里が見つかることは、当時代には無いにも等しい。 里には、雪と同じ白銀の髪を持った人達が大勢住んでいた。 きっと人が見ればこう言っただろう。[鬼]と。 だが彼らと鬼に違いはある。それは頭部に角が生えていない事だ。 ここは、そんな人達が住む。 この日、里一番の大きな屋敷に、産声が響き渡った。 「姫様です!」 辺りに歓声が響き渡る。 「ようやく、姫が生まれたのですね」 四歳くらいの一人の少女が、赤子の母親に近づく。 「ええ。よかった・・・」 先程泣いていた赤子は落ち着いたらしく、スヤスヤと寝息を立てていた。 「・・・刻印は?」 赤子の母親は急に押し黙る。 刻印とは、この村の長の一家に残る痣だ。生まれてすぐに刻印があるか無いかで、少し処遇が違う。 「あるの、ですか?」 「くっきりと・・・」 「北の方様。末子に伝わってしまったんですね・・・」 彼女が今まで産んできた子供三人に痣は無かった。このままだったらどれ程良かったのだろう。まさか自分の子供が、一族更には村人全員の命を預かる身になる。 「せめて、この子の行く先に幸あらん事を祈らなければ・・・」 もう、娘を産んだ事を後悔してはならない。 娘は今から先、一族の長としての教養。そして、女としての生きるための知恵を学ぶだろう。 「貴女には母が教えます。だからどうかそれを役に立たせて生きなさい」 こんな幼子にそんな事を言うのはどうだろうか。 「叶深。この娘が貴女が使える姫様です。きちんと支えなさい。もし、幼いうちに何かあったら、貴女がこの子を守りなさい」 叶深と呼ばれた少女は、両手を畳につき、頭を下げ。 「勿体ないお言葉。・・・若輩ものの私にそんな命を下さるとは−−」 四歳の割にはスラスラ難しい言葉を話す。 「後、この子の友人でいてね。」 「・・・・・・・・・・・・はいっ!!」 叶深は嬉しかった。将来の長に仕えるなど、こんなにも名誉な事はない。 外の雪はしんしんと降り積もってゆく。 何もかも覆い隠すように・・・。 [次へ#] [戻る] |