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おわりまでの予行演習


そろそろ潮時かな、と思う。


「…おーい拓也、話聞いてんのかー」

「あー、ごめん。なんだっけ」

電話口で相手が、おい!ちゃんと聞けよっ!と相変わらずのオーバーリアクションで俺に突っ込む。はは、と笑った自分の声が、どこか乾いてるような気がして気まずくなった俺は、続けて喋り始める。

「えっと、で、なんの話してたんだっけ?」

「来週のお前の誕生日についてだろ!どっか行きたいとこある?」
「…んーいや、特に。心平は仕事忙しいんじゃないん」
「バカ、ほんと聞いてねーなっ!休みとったよ、その当日。」

拗ねたような照れたようなよくわからない口調で言われたその言葉に、思わず眉を顰める。

「いや、大変だろ。無理しなくていいよ」
「別に大変じゃねーもん。好きなやつの誕生日を一緒に祝いたいって思うのは普通だろ」
「…かなあ」
「だろ!誕生日プレゼント何がいい?」
「…何でもいいよ」
「お前〜、去年それ言ってマフラーあげたら趣味じゃないだのもっとあっただろだの、ぶーたれてただろ。でもやっぱ普段使えるものがいいよなあ」
「…だから何でもいいって」

優しい口調を心がけながら喋ってる自分にも気付いてる。早く会話を終わらせようとしている自分にも、勿論気付いてる。

「おまえなー、ったくまた後でないてもしらねーぞっ!」
「去年もないてないだろ。とにかく任せるよ」
「まったく!なんでもいいはなあ、どうでもいいってことなんだぞ!」

「はいはい、そうかもな。わるい、レポート今日までに終らせないといけないから切るわ」
「あ、わるい勉強中か。すまん!またな!元気でな!」

なにが元気だよ、ばか。勿論レポートはとっくに終ってる。俺は電話を切って、携帯をベットの方へ放った。携帯が少し跳ねて沈む。俺もそこにうつぶせで倒れる。携帯がまた跳ねて、壁に当たって沈んだ。

そろそろ潮時だよなあと、今度は、口に出してみる。布団にくぐもってよく聞こえない。

電話の相手、心平とは高校からの付き合いだ。友達だった付き合いが、恋人同士のそれに変わったのは高2の春だった。心平が俺への気持ちをカミングアウトして、半ば興味本位で付き合い始めたのがきっかけだった。
感情表現が豊かで世話焼きで、でもたまにどこか憂いを含んだ瞳をする心平は、今まで会ったことのないタイプだったし、一緒にいて新鮮だったし、いつの間にか自分も心平のことを特別な存在として扱っていた。
高校を卒業して、俺は県外の大学に、心平はそのまま地元に残って機械の部品工場に就職した。進学しなかった理由を聞くと、勉強苦手だからと言っていたが、たぶん、自分の親の為にだろう。
心平の家は片親で、母ひとり子ひとり。元々一緒に住んでた心平の親父は、ある日外に女を作って出て行ったきり戻ってこない。心平曰く、だいぶ立ち直ってきたらしいが、スーパーとかでたまに見かける疲れ果てた顔の母親をみると、とてもそうは思えない。
ショックで未だに塞ぎ込んでいる母を放っておけないのだ、心平は優しいから。

そう、心平は優しすぎるのだ。自己犠牲の精神が強すぎるのだ。どうせ親は先に死ぬし、自分の人生をもっと謳歌してもいいんじゃないだろうか。小さな町で、一回きりしかない自分の人生を古びた町の工場で終らせるなんて可哀想だ。そこが、可哀想で愚かでいじらしい、愛しいとこでもあったのだけれども。

始まったこの関係も2年経つ。お互いの道をすすんだあと遠距離恋愛という状態に自分たちが置かれても、しばらくは、自分たちの中に変化はなかった。いや、しばらくは俺の中に変化はなかった。心平はというと、俺のことを好いているといつも言ったし、今も大切に思ってくれている。けれどいつからか、同じくらいの気持ちを返せてない自分に気付いてしまったんだ。
離れてすぐ頃と比べて、メールの回数が減った。電話の回数が減った。会う回数も、行為の数も、ときめきとかそんなもんはもう随分前から感じてないんじゃないか。考え始めるときりがなかった。転がり始めた石はもう止まらなかった。
心平だってばかじゃないし、きっと気付いているはずだけど、気付かないふりをしているのだ。俺の心境の変化に。
生殺しだよな、ひどいよなと我ながら思う。だからタイミング的にもほんと、このへんで終わりにしたほうが後腐れ無くて済むのだ、きっと。

ついでに言うと、遠距離恋愛の途中で何度か大学のサークル内で告白されたりして、女と寝たりもした。浮気に入るだろう、勿論。心平は俺に好かれてる自信があまりない分、女と俺が喋ってるだけでも正直不安だ、と漏らしていたことがあった。俺は愛情表現がうまい方ではないので、仕方ないのかもしれないけれど、心の中では、そんな心配しなくともお前のこと好きなんだけどねといつも思っていた。でも、自信なさげで不安がっている心平をみると、なぜかすごく満たされた気持ちになって、俺の愛情はなんか歪んでるなとも思った。
…話がそれたかな。まあとにかく、そんな心平が浮気の事実を知ったら悲しむと分かっていても、結局はその場の勢いでなんとなく浮気してしまうのだ、俺は。
無論、女に乗り換えるつもりも二股をかけるつもりもないが、その程度の人間なのだ、俺は。優先順位をつけるとするなら、その他大勢よりも心平が、心平よりも自分が大事なのだ、俺は。


うつ伏せていた状態から、肘をつき、今度は仰向けになって、机に目を向ける。今度面接に行く際に提出する履歴書が急に存在を主張し始める。

大学を卒業したらそのままこっちで就職してしまおうかと考えている。つまりそれはあの小さな町に、心平を置き去りにする、ということなのだ。ひどい言い方かもしれないが、でも考え方によっては、優しい心平を自分から解放してあげられるじゃないかと、強引すぎる言い訳をする。

くぐもった音で電話が鳴る。顔はあげずに、腕だけ音のなっている方へと伸ばし電話をとる。

「はい、もしもし」
「卓也、ごめん何度も。あんさ、やっぱプレゼントのことだけでも聞いといていいか?あとは俺に任せてくれていーから!」
「…だから何でも
「いいは無しな!ヒントでいーからさ!なんかねーのかよー」
「えー、じゃー、食いもん」
「…お前そんな飢えてんのか」

違うけど、形に残んないものがあとあと楽だ。

「うん、腹へってんだよ俺」
「つってもお前来週だぞ」
「それまで我慢するからよろしく」
「飢え死にすんなよ、わかった、りょーかい。またな、元気でな!」

電話が切れた。最後のプレゼントがハムの詰め合わせだったら、それはそれで悲しい気もするけど、これが一番いいだろ。心平がいつもの笑顔でハムの詰め合わせを持っているのを想像して、少し笑った。




誕生日当日の夕方、大学から戻ると玄関に心平の靴があった。廊下を歩いてドアを開ければ、満面の笑みの心平と目が合う。

「おかえり!」
「ただいま。来てたんだ」
「うん、こいつで!」

こいつ?心平の指差す先を目で追うと、机の上に置かれているものを差していた。
「あー、合鍵で入ったってことね。役に立って何より。けどそんなとこ置いてっとなくすぞ」
あんまり心平が楽しそうに笑うので、俺もつられて何となく口の端が上がる。合鍵は、俺の誕生日より半年くらい前にあった心平の誕生日のときに、腕時計と一緒に渡したものだ。そのときなぜか心平は泣きながら喜んでいてやっぱり面白かった。ちなみに合鍵についているキーホルダーは、当時ふたりではまっていたゲームのキャラクターだ。なんかのおまけだったんだっけ、もう忘れたけど

「で、なんか言うことはないの心平君」
「卓也、誕生日おめでとう」

心平が顔をくしゃくしゃにして笑う。元々童顔な顔がますます幼くなる。

「うん、ありがとう」
「で、これ誕生日プレゼント!」

俺の目前に鼻息荒く突き出されたのは一枚の紙切れだった。心平は目をきらきらさせながら言う。

「これ、誕生日プレゼント!」
「えっと」
「いやー迷ったんだけど、食べ物はさすがにあんまりだと思ってさ!」
「これも大概じゃないの心平君」

一生懸命丁寧に書こうとした結果カチカチになっちゃいました!っていう形の男っぽい不器用な文字が並んでいる小さな紙には、『 肩たたき券(10分限定)』描かれていた。

「俺自分の母ちゃんにもこんなものあげたこと無いよ心平君」
「まじで!?俺んち未だに母の日はこれだけど」

聞かなかったことにしよう。予想の斜め上を行かれすぎてうまく反応ができない。まあ、ちゃんとしたもの貰うよりかは幾分もマシか。でも、まさか肩たたき券って、さあ。こいつ俺のことあんま好きじゃねーのかなという疑問さえ湧きそうになる。あまりに不穏な反応しか返さない俺をみて、何を思ったか心平は言う。

「大丈夫!あと3枚あるから安心しろ、な?」
「…んな肩もまれたら俺ふにゃふにゃになる」
「ちげーわ!肩たたき券だけじゃないんだぜー?」
「…次は足か?」
「ばかちげーわ!まあ見つけてからのお楽しみだ!」
「…ん?見つける?」

心平が一瞬目を伏せて、また俺に目線を合わせて微笑む。

「…どした?」
俺の呼びかけに、我に返って、心平が照れながら言う。
「いや、卓也は相変わらず ん の言い方がかわいいなと思って!」
「なんか前もそれ言われた気がする。で、何よ見つけるって」

「おう、見つける!今回はちょっと趣向を変えて、ゲームっぽくしようと思ってさ!普通にあげてもつまんないし、ありがたみないだろ?てことでおれは考えた!考えたね!卓也が学校で勉強している間に、この部屋に残りの3枚を隠しちゃって、見つけてもらおうと!どう?おもしろそうだろ!ゲーム好きな卓也君にぴったりだろ!」
「めんどくさ」
「コラッ!もー隠し終わってるからあとはお前が見つけるだけだ!」
段取りいいな、おい。
「…ゲームだったら制限時間とかあんの?」
「え、あ、うーん、一時間」
「お前今考えたろ」
「では、よーいスタート!」

まじかよと思いつつ、心平の勢いに負けてのろのろと部屋の本棚に近づく。徐に一冊手に取りパラパラとめくる。こんなとこにはいれないか、さすがにと思いつつ、心平の視線を感じたので振り向く。俺も心平も喋らないので、お互い無言で見つめ合う形になる。なんだこれは。
「心平君はそうやって高見の見物しとく感じですか」
「…ん?いや…外出るよ!視線とかでばらしちゃいそうだし」
笑いながら言うと、鞄をもって玄関に向かう心平。何となくあとをついていく俺。

「……」
「わっ!なんだよきもちわり!びっくりした!」
振り向いてすぐ俺がいたから心平が驚いて後ずさる。そういや、よくトイレのドアの側に立って心平を驚かしたな。ちびるかと思ったと、ムキになるヤツがおもしろくて、つい。
「おいお前がこうしてる間にも刻一刻と時間は過ぎてんだぞ!」
「…てか制限時間の意味ってあんの?もし時間内に見つけらんなかったら罰ゲームとか?」
「罰ゲーム…うーん罰ゲーム、よし見つけらんなかったらそんなおたんこなすとは、別れてやるっ!」

意気揚々と心平は言う。なんだこいつ、今日テンションがおかしいぞ。しかもばか、おまえ、わらえねー冗談を言ってんじゃないよ、…今度俺が言いにくくなんだろ。俺は渋々といった表情を作り、また心平君がへんなこといってるよーと言いながら頷く素振りをする。

「よし!そしたら頑張れよ!元気でな!」
「はいはい」

ドアが閉まる。俺はまた踵を返して部屋に戻る。さて、と

「どこに隠したーあいつ」





ない。ないのだ。
優しいあいつのことだからそんな難しいところに隠すわけがないと思っていたのだが、なかなか見つからない。この部屋の中って言ったからには玄関とかにはあるまいし、本棚も机の下も引き出しもベットの下もテレビの裏も調べたのに一向に見つかる気配がないではないか。かれこれ30分は過ぎた。やばいんじゃないのかこれは、いや一旦落ち着こう、うん。制限時間が迫ってきたが、ちょっと休もうとベットに腰掛ける。何気なく目に入ったベットの引き出しに手を伸ばす。そこには、いつも常駐してあるコンドームの箱と、この前うちにきた女が忘れて行った(置いていった)花のかざりのついたピアスと、見覚えのない白い封筒があった。

明らかに量の減ってるコンドームと、女物のピアスに気付かれただろうかと思いつつも、白い封筒を開ける。小さな紙が入っていた。封筒から取り出してみる。

『全部ゆるす券』と書かれている。
目と口が点と線で書かれた単純な形の棒人間にはふきだしがついていて、そこにはオコッテナイヨ!と書かれている。棒人間はおそらく心平で、心平が言ってるような感じで書いたつもりなのだろう。おそらく、いやきっと、心平はわかったのだろう。自分が隠し通すつもりだったことがまさかこんな形でばれるとは。あいつ、やっぱ悲しかったのかな、笑ってたけど。
うわまじか、ばれたのか。

これ以上考えるととまらなくなりそうだったので、次を探すことにする。
その券が、肩たたき券みたいな方向じゃなくて、そっち方向でくるとするなら、きっとつぎも、俺たちふたりに関わる場所に封筒はあるはずだ。
本棚にもう一度目をやる。アルバムが目に入る。高校のやつだけ、実家から持ってきてたことを思い出す。俺はとびつくようにそのアルバムに手を伸ばした。

…あった。

出席番号は近くなかった俺たちが、ページのレイアウトの関係で偶然上下並んだ、照明写真のページだ。例のごとく白い封筒が挟んであった。急いで封筒を開ける。

『これからも、ずっと、卓也のことを好きでいる券』
またもあの絵心のかけらもない棒人間がなにか言っている。
ダイスキダー。

「…ほんと、絵心ねーなあ」
あいつのイラストと、書かれている言葉のあたたかさに思わず笑顔になる。さっきの、ゆるす券の前に書いたのか、後に書いたのか、わからないけど。

ふと、過去のことを思い出す。心平んちの親父が出て行ったとき、一回だけあいつ俺の前で泣いたときがあったんだ。ずっと学校でも元気無くて、作り笑いが痛々しくて、でも何ていっていいかわからなかったから抱きしめたんだ。そしたらあいつ泣いた。
「俺なんかを好きになってくれてありがとう」
「俺、ずっとこれからも、なにがあっても卓也が好きだ」
って言いながら泣いたんだ。俺、卓也があんまりいじらしくて愛しくて、
「おい、鼻水たれてんぞ」
って言ってごまかしたんだっけ。かっこわりー。


背の低い棚に置いてる時計を見る。あと10分。
時計の横に目を移して、置いてある写真立てをとる。文化祭のときの写真だ。俺と、くまの着ぐるみをかぶった心平の、写真だ。最初現像された写真を心平に貰ったとき、

「着ぐるみの頭外してから撮ればよかったのに、最早だれかわかんねーぞ」
と言ったら、心平が言った。
「だれかわかんなくていいよ、そのほうが、誰にその写真みられても大丈夫だろ」

付き合いたての頃は今よりももっと、この関係が誰かにばれることを、自分が特殊な人間だと思われることを恐れていた。たぶんそれが心平に伝わってたんだろうな、そう思いつつ、写真立ての裏をみる。

白い封筒がテープで貼付けてあった。

「…クリアじゃん」

心平が悔しがる姿をみたい気もするが、この一枚を見つけられなかったふりして、心平がどんな行動をするのか、さっき言い放った罰ゲームをどう回収するのかもみたてみたいものだ。

また意地のわるい考えが頭に浮かんだが、もう先にみてしまおう。
今日くらい、あいつの笑った顔だけみておきたい。
そう思い、白い封筒を開ける。


さっきまでの券とは違って、何度も書くのをためらったのか消しゴムで繰り返し消したのか、随分紙がよれている。カチカチの文字、文字の最後がぶれている。

『あほ卓也と別れてあげる券』
棒人間は、シアワセ二ナレヨ!と笑っていた。

券を持ったまま、震える手で携帯を手に取り、履歴からダイヤルする。
無機質な音声案内が、持ち主のいなくなった電話番号について説明する。
もう一度、もう一度、繋がる筈はない電話番号に俺は電話をかける。
机の上に置かれたままの合鍵、床に散らばった安っぽい紙切れ、呆然と突っ立つ俺。叫びだしてしまいそうだ、と思った。






別れ際の「元気で」は悲しい予行演習だった。












あきゅろす。
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