なかよし 窓を開けたら、いつもより空が広くて。 わりと近い山は、普段見ている姿よりも小さく見えて。 窓は大きくはないのに、すごく解放された気分になった。 息がしやすくて、心地がよかった。 「高いね。」 隣の彼女は窓枠に掴まったまま下を見ている。 「そうね…だから空気が綺麗よ。」 私は部屋の中で両手を広げて深呼吸をする。その時、反対にある窓から風が入り、私の長い髪と彼女の短い髪、それから二人のセーラー服を揺らした。 すると、彼女が「あっ」と小さく言った。何かと思えば、手に持っていたハンカチを窓から落としたようだ。 「はぁ…取りに行かなきゃ。」 ここは9Fの一室。1Fまでエレベーターで降りるとしても、少し時間がかかる。 「あとででいいじゃない。」 「風で飛んで行かないかなぁ?」「誰か拾ってくれるわ。」 「…それもそうかな。」 私は彼女を引き止めようとする。 「明日はこうしてられないんだね。」 何気ない彼女の一言に、私の耳はピクりと反応する。 明日私はここにはいない。引っ越しなんてよくある話だけど、子どもにとっては結構な出来事。こうした日常を崩してしまうのだから。 「…今日で最後なんだから、もう少し楽しそうにしてほしいわ。」 「遊びに来てくれれば最後じゃないんだから、最後とか言ったら駄目だよ。」 私の言葉に、頬を膨らませる彼女。その姿を微笑ましく思いながら、再び外を眺める。 しばらく他愛のない話をして、気がつけば6時のチャイムが鳴っていた。 「そろそろ帰らなきゃかなー…。」 「そうね。」 私の返した言葉を聞いて、帰り支度を初める彼女。私はその姿を見続けている。 「…よしっ!ハンカチも取りに行かなきゃだし帰ろう!」 鞄を持つと、さっと立って入口まで走る彼女。 ドアを開けようと、ノブに触れたとき、私が後ろにいないことに気づいた。 「あれ?帰らないの?」 彼女はとても不思議そうにしている。大きな目でこちらを見て、首を傾げて、顔の動きに合わせて髪が揺れる。 その姿は本当に、本当に…。 「帰るわよ。」 「じゃあ、早くおいでよ。」 私はため息をついて、彼女の方を向いて、窓枠に手をかけてから、窓枠に足を乗せた。窓枠は私の身長にぴったりで、横幅も丁度よくて、真っすぐ立つことが出来た。 「え、危ないよ!何してるの!帰ろうよ!」 彼女はびっくりして、体全体をこちらに向けて叫んでいる。私の心配をしている。 その姿は本当に 愛らしい 彼女は私だけ見ていればいいのだ。明日から誰かを見続けるなんて許さない。 その時、また部屋の中に風が入った。 きもちいい風 そう感じた瞬間、私は窓枠から手を離した。 後ろに向かって倒れている感覚。 髪の毛がばさばさと舞い、視界を狭める。 ちらりと彼女を見れば、青ざめた顔でこちらを見ている。 ばいばい 私は彼女に向かって手を降った。手も足も窓枠から離れ、私は風に包まれながら落ちていく。 空が広くて、空気が綺麗で、とても気持ちがいい。 落ちながら目を閉じて想う。 彼女は、私を見ていてくれてるだろうか。 彼女は、私を忘れないでいてくれるだろうか。 彼女の心に、私は居続けられるだろうか。 一生、忘れられない傷として残ることが出来るだろうか。 そこまで考えてみたところでバカらしくなって、ふっと笑いながら目を開ける。 だいぶ下まで降りたようだ。 建物の窓で今の高さを確認する。 4Fの窓… 3Fの… 2F… 1… おわり |