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小説
海の上
先ほどの兵士が勢いよく扉を開いた。遠くで、波音の間に何か、叫ぶような声が聞こえる。女は扉の外に飛び出そうとし、兵士に止められた。女は兵士をにらみ、兵士もまた、女をにらむ。
「行かせて。頼章。私は行かなければ」
兵士−頼章は少し困ったように女を見て、それでも首を振る。
「蠱雕が出ました」
女は絶句した。
「失礼を承知で申し上げます。私どもに貴女様の警護をさせるおつもりですか?蠱雕は二羽。やつらは、船の中に多くの人がいることを本能的に知っています。小型船が半分に減ったとはいえ、これほど大きな旅団です。小型船には、ばらばらに散るように命令を出しましたが、逃げ切れるかどうか分かりません。巧の領海まであと少しなのです。この船だけでも巧に戻らなくては。ご辛抱ください」
ぱんっ、と小さな部屋に音がこだました。女は頼章の頬をたたいた。
「自分の身くらい、自分で守れるわ」
 頼章は、女を冷めた目で見つめた。
「以前、迷惑をかけないと、そうおっしゃられました。今が、そのときです」
女が反論しようとしたとき、船が大きく揺れた。
ぼくは二人の間をぬって、扉の外に出た。

佐蓉は、ふ、と目を覚ました。ぐわり、と船が揺れた。両手で体を支える。そこでようやっと、ずっと握っていたはずの小さな手がないことに気付き、血の気が引いていくのを感じた。名を呼ぶ。この人ごみにまぎれているのではないかと思ったのだ。何度も呼ぶが、いっこうに子が現れる様子が無い。隣にいる女が、迷惑そうに、佐蓉を見た。
「あんたが連れていた子供なら、さっき外に出て行ったよ」
声にならない叫び声をあげ、佐蓉は部屋を飛び出した。上の子と違い、いつも言うことの聞かない子だった。泣くなとあやせば泣くような、そんな子だった。それでも、手を離さず、此処まで来たのだ。あと少しなのよ、そうつぶやいた。
看板に出てみれば、多くの兵士が何事か叫んでいる。ゆれのせいで安定して歩くこともできなかった。看板の中央で指揮を取っていた兵士に子供を知りませんか、と聞けば、それどころじゃないと一喝され、早く部屋に戻れと、背を押された。
「母さん!」
叫ぶような声がして、振り向くと、大きな鉤爪が、そこにあった。
「−秋鈴!!」

ぼくは、看板への扉を開けると同時に、頼章という兵士に捕まってしまった。頼章は、ぼくを捕まえたまま、上を見上げ、来るぞっと叫んだ。ぼくも上をみる。父を殺した妖魔がそこに居た。
看板の中央に居た兵士はびくりと体をゆすり、その大きな体を横にずらしたので、その大きな体の後ろにいた女の後姿が見えた。
「母さん!」
ぼくは叫んだ。母が振り向いたと同時に、視界を鳥の姿をした妖魔にさえぎられてしまった。頼章は、ぼくをより強くつかむ。
「−秋鈴!!」
母の叫ぶ声と、頼章の、馬鹿やろうと、小さくそうつぶやく声が聞こえた。
妖魔は兵士の放った矢をすり抜け、上へと飛ぶ。視界が開けると同時に、見えなくなる。涙をぬぐった、あの白く、やわらかい手が、ぼくの目を覆っていた。
頼章が、女が、なにか叫んでいる。何を言っているのか、ぼくには理解できない。ただ、理解するのに必死だった。この現状はいったい何なのか。これは、現実なのか。
母の叫ぶ声が頭から離れなかった。

船は緩やかな波の上を進んでいた。妖魔はもういない。巧に入ったとたん、妖魔は追撃を止めた。兵士たちは脱力するように、その場に座りこみ、頼章は、ぼくをつかんでいたその手の力を緩め、女は、ぼくの目を覆っていたその手を看板へ振り下ろした。
何度も何度も、女は看板へこぶしを振り下ろすが、その固い板はびくともしない。頼章がその行動を止めさせようと、手をつかむが、今度は、別の手で、頼章をはたいた。頼章は、何も言わず、目を瞑っただけだった。
「小型船はどうなっているの?」
女は、肩で息をしながら、問うた。頼章は片眉を引き上げ、後ろを振り返る。一人の兵士が、頼章に耳打ちした。
「先ほど、一艘沈んだそうですが。・・・残ったほうでしょう」
女は、小さくうなずき、きびすを返し、看板から去りながら、頼章に声をかけた。
「すべきことは、何?」
頼章はにたりと笑った。
「一人でも多く、巧の土地を踏ませることです」


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