小説 昼食まであと数分 黎翔の私室へと向かう途中で、夕鈴は思わず足を止めた。 窓から、ふと外を見ると、気持ちのいいくらいの青空だった。 夕鈴は、それを眩しそうに眺め、今の自分の心境との違いに小さく溜息をついた。 かつてないほど、私室へ向かう足が重たかった。 だが、行かなくては。 昨夜見た、黎翔の笑顔を思い出し、夕鈴は、重い一歩を踏み出した。 思考が、昨日の夜へと戻っていくのを感じながら。 *** 「夕鈴、明日って時間ある?」 「明日、ですか?」 椅子にゆったりと腰掛ける黎翔は、小首をかしげながら夕鈴を見た。 夕食後のお茶を黎翔に手渡し、夕鈴もその側に座る。 「明日は、特になにも。張老師のもとに行こうかしらって思っていたくらいで・・・」 夕鈴がそう答えると、黎翔はにこーと人懐こい笑顔を見せた。 「良かった!じゃあ、明日お昼、ぼくの私室で食べない?」 その笑顔に思わず夕鈴も笑顔になる自分を感じた。 「いいですよ。お昼をご一緒だなんて、久しぶりですね」 「うん、そうだねー。夜じゃちょっと都合が悪いんだ」 都合が悪い?夕鈴が首をかしげ、そう呟くと、黎翔は笑顔のまま頷いた。 「うん。夕鈴に会って欲しい人がいるんだ」 「・・・え?」 「三人でお昼ご飯食べよーね」 黎翔が本当に楽しそうに、笑うので、夕鈴は戸惑った表情を隠して笑顔を返すしかなかった。 その夜、布団の中で、とうとうこの日が来たのだと、自分でも不思議なくらいの気の重さに夕鈴は戸惑った。 陛下はきっと、本当の花嫁となる娘を連れてくるのだろう。 そう考えて、悲しくなる自分に驚いた。 正直、会いたくないとさえ思った。 仮病を使えば、会わないでおくことも可能だろう。 しかし、「会って欲しい人がいる」と言った黎翔の笑顔を思い出し、絶対に会わなければとも思った。 夕鈴は、そんなことをぐるぐる考え、眠れないまま、布団に包まっていた。 *** 夕鈴は黎翔の私室の前で、自分の頬を軽く叩いた。 暗い気分で会う必要など、なにもないのだ。 陛下に本当の花嫁が来るなら、それはとても喜ばしことだ。 そう自分に言い聞かせる。 扉の中から、黎翔の笑い声が聞こえた。 後宮でよく聞く笑い声を、王宮で、聞くことなどほとんどなかった。 黎翔は、気を許す相手と共に、中にいるのだと考え、それが夕鈴の気分をいっそう重くさせた。 それでもノックし、勢いづけて中に入る。 どんな可愛らしい女の子だろうか。 どんな子だろうと、笑顔で会おうと、昨日の夜決めていた。 最初に目に入ったのは、黎翔だった。 にこにこと笑っている。 陛下が『素』になっている。 『狼陛下』じゃない。 それにまず驚いた。 そして、黎翔から視線を動かし、次に目に入ったものを認識した瞬間。 「男の人!?」 そう思わず叫ぶくらい、驚いた。 黎翔の目の前にいるのは、夕鈴の予想に反して男だった。 夕鈴の大声を聞き、夕鈴に顔を向けた男は、黎翔とはタイプが違うものの、端正な顔立ちをしていた。 目も口も、ぱかりと大きく開けた夕鈴を見て、黎翔が目の前の男に向かって笑みを深くした。 言ったとおり可愛いでしょと、男に向かってにこにこと笑って言う黎翔の場違いな発言が呆然とする中で聞こえた。 [次へ#] |